大切な物は、ある日突然、まるでもう最初からそこに無かったみたいに失われる。
 そのことに私が気付いたのは、大好きだったお母さんが死んだときだった。

 魔法が終わったんだ。
 母が亡くなった時、私の祖父はそう呟いた。魔法が終わった。その言葉は私に向けられた母の死の説明であり、祖父が自分に向けたひと言だったんだろう。自分の娘の死という孤独と悲しみを、落ち着かせるための呟き。
 私は何も言えなかった。魔法が終わった。それが多分全てで、私は祖父の言葉で納得してしまった。
 母は魔法使いだった。
 魔女だった。
 私にとって、たったひとりの魔女だった。魔女であることを理由に、この標本室を引き継がなかった彼女は、誰よりも宝石標本士という職業を愛していた。母の腕から作り出される記憶の結晶は美しかった。まるでこの世のものではないような、美しい欠片を生み出す彼女を、私は心から愛していた。
 私は世界を憎んだ。
 大切な物は、ある日突然、まるでもう最初からそこに無かったみたいに失われる。
 頭の中を、悲しい言葉が埋め尽くして、私は陸に引き上げられた魚のように、呼吸を失う。

 母が死んだのは、私の誕生日。
 母は私の前から姿を消した。永遠に。

 最後に母と交わしたのは「大好きだよ」という言葉だった。
 私は私のその言葉をいつか忘れてしまうのが怖ろしかった。
 大切な物は、ある日突然、まるでもう最初からそこに無かったみたいに失われる。
 そして、私の言葉だっていつかは古ぼける。母を大好きだと言った唇は、いくつもの日常を重ねていく。言葉を発していくたびに、母への「愛してる」は遠ざかっていく。
 それなら、と思った。それなら、私はもう二度と、母以外の人間と会話をしない。
 母へ向けた「大好き」の言葉を最後に、もう永遠に言葉を発することをしない。
 そうすればどれだけ時が経っても、私は私の中に母との「愛してる」を保存し続けられる。

 だから。
 だから、私は辞めた。言葉を発することを。
 もうこの先一生、誰とも口を利かないことを、神さまに誓った。

 この世の中に、神さまなんていやしない。

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