目を開けると、そこは鍾乳洞だった。何とも言えない、澄んだ空気が流れている。あちこちが砂まみれで頬に触れるとじょり、っと小さい粒子が肌を傷付けた。軽く払って、身体を起こす。
辺りを見渡したけれど、あの烏の姿は何処にもなかった。まさか流れに巻き込まれて、別の場所に墜ちたんじゃ無いか――そう思って、首を横に振る。あの烏がそんなヘマをするようには思えなかった。おおかた気まぐれでどこかにいったか、飽きたのだろう。ジゼルはゆっくり立ち上がった。もしかしたら、ジゼルが思っているよりも長く気を失っていたのかも知れなかった。
鍾乳洞の中には、様々な色の鉱石が生えていた。実にいろんな形をしているそれらは、透き通っていたり、半透明だったり――中には激しい色をしたものもあった。そしてその表面を、無色の鉱石がコーティングしている。名前を探ろうとして、ジゼルはそのどれもを知らないことに気付く。よく見ると、それらの鉱石は、【ひとつとして同じものがなかった】。まるで、"人間のように"。
そこまで考えて、ふとジゼルはもうすでにここが第三の扉の先――記憶を閉じ込める工房であることに気付く。驚くほど静かなこの場所には、ただひたすらに鉱石が生えているだけで、後は何も無い。教会の中のような神聖な雰囲気に、ジゼルは息を呑む。
ただ、ジゼルの足音と砂が地上から落ちてくる音だけが聞こえていた。
この場所のどこかに、彼らをコーティングする透明の樹液があるはずだ。ジゼルは辺りをくまなく探す。それさえあれば多分ジゼルはこの鉱石達のように、自分の記憶を取り出し、結晶化させることができる。たくさんの鉱石の隙間をくぐり抜けていくと、ふと、ひかりに照らされた小さな鉱石が目に入る。どうしてか、ジゼルはその石から目が離せなかった。鉱石の前で立ち止まり、ジゼルは座り込む。
「……その石の名前、知りたいカ?」
どこからか、烏が飛んでくる。ジゼルは彼の方をみずに、ただ薄灰色をかぶった透明な石を見つめていた。まるで霧の中のような色だった。ミルク風呂よりも悲しくて、朝靄よりもたしかな色。
「それは極めて難しい【魔女】の標本だヨ。【人間】だったラ、他の宝石のような大きさで保存することができたんだけどナ。やっぱり魔女であるかぎり、小さくなることは避けられなイ。むしろこうやって形になるレベルで保てたことが奇跡といってもイイ」
――今、なんて?
ジゼルは顔を上げて、その時宝石烏を見た。薄荷の瞳は、静かに薄灰色の鉱石を見つめていた。
「記憶の標本とはすなわち、命の標本。人生の最期。この世界の創世記の伝説は、流石のオマエでも知らないダロ」
烏が笑う。けれどもその微笑みは、いつもの馬鹿にしたようなそれではなかった。まるで愛を囁くみたいなその表情に、ジゼルは驚く。
「教えてやるヨ。何も知らない温室で生きているオマエに。この世界の全てを」
そう言って、烏はジゼルの胸に飛び込んでくる。驚いたジゼルは彼を突き放そうとしたけれど、金色の嘴は深くジゼルの胸に刺さり――彼の身体は、"まるごとジゼルの中へ入っていった"。
瞬間、視界が真っ白になる。ジゼルはそのまま、意識を失った。
セカイ
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