まどろみのなかに声が聞こえる。その声は自分にとても似ていて、けれども決定的に異なる声だった。肩が強く揺さぶられて、ぼくのからだは地震が起きたかのように揺れた。ぼくは目を擦りながら「もうあさなの」とまわらない舌を上手く使いながら訴える。瞳はなかなか起きない。アルカ、ともう一度ぼくをよぶ声が聞こえる。声はとても非難に満ちていて、ぼくのことを責めていた。アルカ。アルカ。ばらばらのリズムでくりかえされるぼくをあらわす記号。ぼくはすこしだけめをあけてみた。白いひかりのなかにまじって、鮮烈な赤色が踊っている。ふわふわふわふわとクラゲのようにただようそれには、見覚えがあった。だいたい、ぼくをこんなにさわがしく起こしに来る子など、たったひとりしかいないのだ。
「オルバ」
ぼくは双子の姉を示す記号をくちにした。ぼくをゆらす手はさっきよりも力を増していた。服が引きちぎれてしまうのでは無いかとぼくはあらぬ心配をした。
「まったくいつまでねむっているの?冬眠にはずうっとはやいわよ。まだ秋なのだから。おきなさい、アルカ。おとうさまときょうは三人でピクニックにいくといったじゃない。この愚図」
穏やかな夜の瞳とはかけはなれた、あらあらしい言葉が彼女の口からとびだしてくる。あさのひかりをすいこむオルバの色彩はうつくしく気高い。ぼくはぼくがオルバとおなじ色彩をもつことを誇りに思っている。オルバの瞳の色は、ぼくの髪の毛の色。オルバの髪の毛の色は、ぼくの瞳の色だった。
「しっているよ。だからぼく、きのうは上手にねむれなかったんだ」
「うそおっしゃい。私よりもはやくねむりについていたじゃないの。あなたがだらしなくよだれをたらしながら寝ているの、私見たのだから」
「うそだ!」
「あら、どの口がうそだというの?うそをついているのはアルカだわ」
「オルバだよ」
ぼくがいうと、あきれた、とオルバは肩をすくめてベットからさっさと降りてしまった。さっきまで彼女が執着していたぼくの肩はあっという間に自由になる。シャツはのびていたけれど、いつものことだった。ぼくはおおきくあくびをこぼして、オルバにつづいてベットをあとにした。
「おとうさまは」
「おとうさまは裏の小屋にたまごをとりにいったわ。もうすぐに帰って―――」
くるとおもうわよ、とオルバが言おうとしたとき。「ただいま」という声と一緒にドアが開く。
おまたせ、これ、たまご。もってきたよ。低すぎない声が響いて、アルカは顔を上げて部屋に入ってきた男を歓迎した。
「おとうさま!」
ぼくが腰に足に抱きつくと、おとうさまは「アルカ。おはよう」とぼくのあたまを撫でた。おとうさまの手はうつくしい。おんなのひとの手のようにすらりとしているのに、骨がしっかりとしているからおんなのひとには思えない。ちゃんとおとこのひとの手であるのにうつくしいおとうさまの手が、ぼくもオルバも好きだった。ぼくは大人になったらおとうさまのような手になることが目標だ。
「おとうさま、おはよう、ではないわ。ねぼうしたのだから、アルカにひとこといってくださいませ」
オルバはぼくがおとうさまに頭を撫でられているのを見て、不満を口にする。
「この子ったら、なあんにもまなばないのだから!誰が毎日おこすとおもっているの」
オルバが目を三角にして怒ると、おとうさまはくすくすとわらった。窓からさしこむ朝日がアルカの瞳、そしてオルバの髪の毛にそっくりな髪と瞳をきらきらとかがやかせた。
「アルカ、あまりオルバに手間をかけさせてはだめだ」
「はあい」
ぼくは素直に返事をするけれど、実際のところあんまり考えていなかった。
それを感覚で掴んだのか、オルバはこちらをじっと睨み付ける。双子というのは意識でつながっているとよくきくけれど、ぼくたちもそうなのかもしれない、とこういうときにおもう。
「おまえはほんとうに母親に似ているね。聞いているようで、俺の忠告などひとつもきいていない」
その言葉に責める響きが無いのを感じ取って、ぼくはふふふと笑いを零した。
たくましいが、決して太くない腕が伸びて、オルバの手にたまごを落とす。ひとつ、ふたつ、みっつ。オルバは上手に受け取って、あっというまにたまごを割って中身だけをフライパンの中に流し込んだ。みっつたまになっている黄身がじいっとこちらをむいていた。
「その笑い方もそっくりだよ」
「ねえおとうさま!私は?」
「おまえは俺にそっくりだよ、オルバ」
オルバはうれしそうに笑うと、半熟になったたまごをみっつに等分してお皿に盛りつけた。
「ぼくたち、うまくおとうさまとおかあさまに似たものだねえ」
「良いから顔を洗ってきなさいアルカリオル。今すぐそのふにゃふにゃの顔を冷水で洗わなければ、あなたのお昼はもれなくジョゼフのものになりますからね」
オルバが半熟になったたまごを床に置こうとすると、どこのへやからかもの凄い勢いで黒い物体が飛んでくる。ジョゼフだ。ぼくはぼくのご飯を狙おうとする黒い犬をだっこすることでたまごから遠ざけると、そのまま洗面所に向かった。ジョゼフは抵抗するように後ろ足を持ち上げて、ぼくの手を蹴り飛ばした。
ぼくは暴れるジョゼフを解放して、綺麗に顔を洗うと、鏡の前に立って、おかあさまに似ているとよく褒められる髪の毛に櫛を通した。おとうさまとオルバはくせっけだけれど、ぼくはお母様と同じで真っ直ぐな髪の毛をしている。 するりするりと櫛が通って、ぼくの髪の毛はつやを増した。
リビングに戻って、たなに飾られる白い花と、傍らにあるつきのいしのゴムを見つめる。コップには今日もおとうさまが毎朝つくるレモネードが入っていて、いいかおりがした。しゃしんのなかで、ぼくとオルバそっくりに笑うおかあさまに笑みを返す。 「おかあさま、おはようございます」
ぼくたちのあさは、ここからはじまる。
グットモーニング・デイ
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