なんにでも興味を示し、興味のあることに労力をさくことにためらいが無い。その行動はときどきたまらなく周りを心配させたけれど、それさえも彼女の人気の理由に変わっていく。幅広い探究心。そして好きな物を好きだとはっきり言う彼女のすがたは、人に悪い印象を与えない。どんな人間にも平等に接することができるミチ=クラウディアは、女子にも男子にも、おとなにも好かれた。
全ての人間が、彼女のことを褒める。
彼女が笑えば笑うし、彼女が落ち込んでいれば声を掛ける。みんながみんな、彼女のことを好きだった。
たった一人。――キル=キルリエイズをのぞいて。
ミチはキルにも、ほかの人に接するのと同じように接した。いや、むしろ他の人に接するよりももっと積極的に関わろうとしていた。 彼女は魔法というものに興味を持っていた。どうやったら杖の先から魔法が生まれるのか。その魔法はどんなものなのか。キルがなんの魔女なのか。魔女は普段どうすごしているのか。なんでも知りたがった。キルはそのどれにも答えなかった。答えたくなかったし、答える必要は無かった。好奇心だけで動こうとするミチは、キルにとっては不快だった。頭は悪くない。行動力もある。思ったことを実現しようとする意思もその力だってあるのに。ミチは与えられるばかりのようにキルにはうつっていた。
どれくらい自分が恵まれているのか。自分がどれくらい浅はかなのか。キルと、どれだけ違うのか。
どれ一つとしてわかってない。それなのに彼女は魔法が綺麗だという。好きだという。魔女を知りたいという。僕という存在を、知ろうとする。
僕のことなど、なにもしらない人間に、僕のことなどひとつも理解してもらいたくない。
僕の見ているもののひとつだって、知られたくない。僕という存在など、目に入れて欲しくない。はやく飽きてしまえ、と思っていた。はやく。
キル=キルリエイズは孤独だった。
それが、魔女に生まれたからという理由だけでは無いことを、聡明な彼は知っていた。
知っていたからこそ、やはり孤独だったのだ。
「ちょっと顔かせよ、キル=キルリエイズ」
声を掛けられたのは放課後。グラウンドに向かって歩き出そうとするキルの前に、三人の男子生徒が立ちはだかった。キルは至極めんどくさそうに三人の顔を見る。誰だっけ。知り合いだっただろうか。ぼんやり考えていると、真ん中に立っているリーダー格の男子が「この間は卑怯な手をつかいやがって」と目を三角にする。この間。頭の中で単語を巡らせると、一つの答えに行き着く。ああ、もしかして。
「図書室のマナー知らず」
「こっの……!」
太い手が胸元に伸びてくるのを、キルは涼しい顔でかわす。バランスを崩した男子が、地面に自分から転がった。すぐに横にいた二人の取り巻きの男子が助け起こす。キルは呆れた表情で腕を組んで、彼を見ていた。
「『何してるの。ギルティアくん。図書館で大騒ぎをして、下級生に掴みかかるなんて何事ですか』――あの時注意されたのに、また下級生に掴みかかろうとするなんてあんたも学ばないね」
「うるさい!ちくしょう、ばかにしやがって!おまえたち、こいつをあそこにつれていくぞ!」
あそこ、とはどこだろう。曖昧な言葉だった。考えているキルの両腕を、それぞれ一本ずつ取り巻きの二人が掴んで、無理矢理に引っ張った。キルは抵抗するけれど、体格の差はどうしようも無い。めんどくさい、と思いながら、引き摺られていく。キルのからだは体育館の裏の方へと引っ張られていく。ああめんどくさい。めんどくさい。うんざりだ。
はやくおわれ。キルは心から思った。はやくおわれ。こんなつまんない喧嘩も、つまんない言いがかりも、全部おわれ。おわってしまえ。物がほのおに飲まれて、燃えて灰になるみたいに。そのほのおが、風に消されてしまうように。
めをつむること。世界を閉ざすこと。心の中にほのおを灯すこと。内側に想いを馳せること。
胸の奥が、ずうっと苦しい。ずうっとずうっと、苦しい。苦しくて、痛い。
からだのあちこちの感覚が、こおりがとけるようにゆったりと、けれども確実に、消えていく。頭が痛い。ちかちかする。全部が、せかいが、まぼろしが。
視界の隅っこに、隣の席の黒を見た気がした。
キル=キルリエイズが体育館の裏に消えていく。ミチ=クラウディアがそれを追おうとローファーの底を鳴らす。その姿を、ふたりの少年が見つめていた。大きいまるい眼鏡をかけた少年と、少年より少し身長の高い、茶色の髪に栗色の瞳をした少年。まる眼鏡の少年が、キルのもとへ向かおうとするミチの姿を見て、彼女の名前を呼んだ。背中に掛けられた声にミチが足を止めて振り返る。砂埃が少しだけ彼女のつやつやした靴の靴を汚した。
ふたりの少年の存在に気付いて、ミチは視線をむける。同じクラスのオフィーリア・スミスコラスとアルバルト・マリエントだった。オフィーリアは体育館の裏に吸い込まれていったキルの方を見て始終不安そうな顔をしていたけれど、アルバルトは「まるで何も見えていないように」淡々とした表情を崩さない。
ミチに最初に声を掛けたのはオフィーリアだったけれど、会話を切り出したのはアルバルトだった。「クラウディア。今帰るところか」という生真面目な声に「ええ。そうだけれど」とミチが答える。そうだけれど?とアルバルトが聞き返すことは無かった。「そうか。気をつけて帰れよ」アルバルトはそういって僅かに口角をあげる。子どもらしくない笑い方をするひとだな、とミチはおもった。その笑い方に、彼のありとあらゆるひみつがしまわれていそうだな、と思ったけれど暴いてみようとまでは思わなかった。ええ、ありがとう。アル、フーも気をつけて。それぞれの愛称と挨拶を親しみを込めて口にすれば、アルバルトはゆっくりと頷いた。けれどもフーと呼ばれたオフィーリアは始終表情を曇らせていた。
ミチが会話を終わらせて体育館裏へ向かう足を進めようとすると、迷いながらも、オフィーリアは「キルリエイズくんをおうの?」とミチに問いかける。ミチはためらいなく頷いた。アルバルトは無言でオフィーリアに視線を向けた後、やはり何も言わずにどこを見るということもなく正面を向いた。
「だって、あの、上級生が相手なんだよ?」
「……? だからこそではないの? キル一人じゃ大変だわ」
ミチが笑うと、オフィーリアは怯んだ。そして、俯く。横に立っているアルバルトが口を開いたのは、その時だった。
「――僕にはなにも見えない。僕の中に、まじょというものは存在しないし,魔法なんてものもない」
アルバルトがはっきりという。その瞳はひたすらに真摯だった。ミチは何も言わなかった。「だけれど」とアルバルトは続けた。ミチは耳を傾けた。彼の栗色の瞳が、強い温度でミチを見つめていた。
「『僕にはそんなものはみえないけれど』――ミチ」
もしも、きみは見えるなら、きみは覚悟しておいた方が良い。アルバルトは言う。
「きみは、きみがいまからぶつかろうとしている人間達の考え方を、否定するのか」
アルバルトは一歩ミチに近づいて、問いかける。ミチ。きみは、きみがいまからぶつかろうとしている、キル=キルリエイズを気に入らないと言っている人間の考え方を、否定するのか。
ミチは首を振る。違うわ、と。否定なんか、できっこないと。
「否定なんてできないわ。だれだって、だれかを否定することなんて出来ない。あなたのかんがえはちがう、なんて言うことはできない。きらいなものはきらいだし、すきなものはすき。それはだれかがどうにかできることじゃないってわたしは思うわ」
だけどね、とミチは続ける。だけどね。
「わたしはキルのことがすきよ。わたしは彼のこと、おともだちだっておもってるわ。おともだちがかなしくて、つらくて、さみしいときに、たすけにいくことは、だめなことかしら?」
「キルを否定するひとは、いるかもしれない。きらいなひとも、いるかもしれない。まじょのことがいやなひとも、きらいなひとも、まほうなんてないっておもうひとも、こわいっておもうひとも、いやだっておもうひともいるかもしれない。でもそれは、わたしじゃないわ」
「わたしはまほうがすきで、まじょがすきで、なにより、キルがすきよ。だから、キルが大変なときは、たすけたいの。それだけなの。わたしはわたしのおともだちをうしないたくないから、彼をたすけるのよ」
「わたしのことをきっと否定するひとはいるとおもう。わたしのかんがえかたがわからないっていうひとも、まちがってるっていうひともいるかもしれない。でもこれがまごうことなきわたし自身なのよ」
ミチはいう。アルバルトはしばらくミチの夜の色をした瞳をじっと見つめた後、少しだけ表情をゆるめた。そうか、と静かな相づちがこぼれる。
「きみがそういうなら、きみはそうなんだろう。僕はきみとはちがうし、きみのかんがえかたを肯定することはできないけれど、否定もしない。きみのこわいくらいに真っ直ぐなところ、僕は嫌いじゃ無い」
アルバルトの声色は始終おだやかだった。いつもの彼のポーカーフェイスはすこしだけ崩れて、どこか困ったような笑い方が此方を向いていた。彼の紅茶色の瞳の奥が、まぶしいものをみるように此方を見ているように感じられる。ミチはアルバルトがどうしてそんな表情をするのか、わかりそうで、けれどもやはり、わからなかった。ただ、アルバルトにもアルバルトの世界があって、彼は彼自身の選択によって生きているのだと言うことだけは、わかる。
きみはきみらしく、居てくれ。そういうアルバルトに、ミチはありがとう、と返す。
「じゃあね、ミチ。僕は家に帰る。……行くよ、オフィーリア」
アルバルトに声をかけられると、ずうっと黙って俯いていたオフィーリアが顔を上げた。まるい硝子の奥にみえる、穏やかな枯草色がミチをうつす。一歩、二歩と急ぐようにオフィーリアがミチに近づいて、その手を掴んだ。あたたかい手だった。ミチは目を丸くして、自分の手を握る少年を見つめる。
「ぼく、は」
ぼくは。
ぼく、は。
からだのあちこちから声を絞り出しているみたいだった。ぎゅう、とミチの手をオフィーリアの両手が強く握る。ぼくは。オフィーリアは繰り返して、俯いて、視線を上げようとして、また俯く。どうしたの、オフィーリア。ミチはゆっくりと一音一音を口にした。焦らなくても良い、というようにじっとオフィーリアの言葉を待つ。オフィーリアは息を吸って、ゆっくり吐くと「ぼくは」ともう一度口にした。けれどもすぐに首を振って、ミチの手を離す。
「ごめん。なんでもないんだ」
へたくそな笑顔だった。口元が笑っているのに、目が細くなっているのに、眉がさがっていて、ほっぺたの膨らみがぎこちない。ミチは何も言わずに笑顔を向ける。そう。フーも、気をつけて帰ってね。
「じゃあ、わたしは行くわ」
今度こそ、ローファーの底が土を蹴った。体育館の暗がりに、ミチの藍色のワンピースの裾が、飲み込まれていった。
「おいキルリエイズ、おまえの魔法見せてみろよ」
連れてこられたのは狭い体育館の倉庫の中だった。土の湿った臭いと、ほこりの何とも言えない臭いが鼻を刺激する。キルは深く、ため息をついた。ギルティアの履いている深いブラウンチェックのズボンを見ながら「……なんで僕があんたに魔法見せなくちゃいけないの」と返す。なんで、という言葉を彼が復唱する。なんで。なんで?そんなのきまっているだろ。ばかなこというな、と笑い出す。彼が顔を赤くして笑うなか、キルの内側はどんどん温度を失っていく。
「人間サマが魔法をつかえっていってんだよ。魔女は黙ってオレたちが言うとおりにしていれば良いんだ。オレが魔法を使えっていったら使えば良いんだ」
思わず笑いがこぼれた。全く感情の入っていない無機質な笑いだった。その声の震えをおびえと捉えたのか、目の前の彼は余計に笑いを濃くする。オレがそうしろといったらそうすればいい、おまえはオレの言うことを聞いていれば良い。重ねられるおもちゃのようなちゃちな言葉にキルは自分の心のほのおを考えた。じぶんのなかにあるほのお。それを見つめる。それを内側から出さないように、見つめ合う。少しでも目を離せば、このほのおは自分のなかを出て行ってしまうだろうと思ったからだ。ゆらめくほのおの先が、ばちりと弾ける。火花が綺麗にくらやみに馴染む。
キルが一向に動こうしないので、ギルティアは機嫌を損ねたようだった。つりあがった瞳をさらにつりあげて、怒鳴る。ほら、出してみろよ。それともできないのか。キルは冷えた目で彼を見る。出来ないのはどっちだ。『魔法が使えないのは』どっちなんだ。キルは笑う。なにもできないのは、『僕じゃ無い』。
「魔女は魔女でも、お前はロクデナシなんじゃねえの?人間にも魔女にもなれねえのか?可哀想に。キルリエイズ家は魔女の末端ってか〜?」
かちん、と火花が散る。暗闇に馴染むことなく、それは鮮やかに辺りを強く照らす。引火するようにどんどんとほのおは広がって、キルのこころを包み込んだ。赤からオレンジへ、オレンジから紅へ、紅から黄緑へ、黄緑から、黄色に。そして真っ白に弾ける。
床に転がっていたソフトボールが、真っ青に光った後、目がくらむほどの熱に包まれた。悲鳴が響く。けれどもそのどれも、キルの耳には入らなかった。人間のくせに。キルの瞳がどんな刃物よりも鋭くひかる。焦げ臭いにおい。なにもしらないくせに。
馬鹿にするな。言葉が漏れる。僕の大事なものを、ばかにする権利なんて誰にも無い。誰にもだ。僕の家をばかにするな。僕の家族をばかにするな。僕を、ばかにするな!
「き、きもちわるい、この、化け物!お前みたいな、お前みたいな呪われたやつらがいるから、亡霊なんてのにオレたちは怯えなきゃいけないんだ!いなくなれ!お前なんて、いらない」
腰を抜かしたギルティアの言葉が、わんわんと頭の中で鳴り響く。
からだの内側から、ほのおがあふれ出す。いなくなれ!いなくなれ!いなくなれいなくなれいなくなれいなくなれ!いらない、いらないいらないいらない!ばかにするな、僕は、ばかにするな、ぼくのなにをしってるんだ、
ぼくの
なにも
ひとつ だって ひとつ だって なにも
しらないくせに なにも なにひとつ 僕の 僕を 僕は 僕に
キルのからだを、ほのおが包み込む。あつくなかった。ただひたすらに、目の前が真っ赤で、真っ白で、真っ黒で、黄色で、オレンジで、青で、紫で、緑色で――ただただ、感情がぐらぐらとキルの内側を走っていた。もう、とまらなかった。とまることはできなかった。
その時、キルのからだを、つめたいなにかが包み込む。
一瞬、自分のからだをくるむつめたさがなにかわからなくて反応が遅れる。よかった、間に合った。焦りの混じった安堵の声に、キルは数歩後ろに下がって、視線を床に向ける。心を覆い尽くしていた燃える渦が、少女一人の登場に流れを変えた。ほのおはあっという間に、勢いをゆるめ、ぐるぐるとふたりのまわりを回り始める。燃えているキルを、包み込む腕。その服にほのおがうつっても、彼女はキルを離さなかった。足の力が抜けてしゃがみ込む。ほのおの渦が、キルと少女を包んでいる。まわっている。ぐるぐるぐるぐる。まわっている。中心にしゃがんでいるのは、黒と赤。
キルの瞳に、赤いリボンでふたつに結ばれた髪がうつる。彼女はキルの首に抱きついて、微笑んだ。微笑んだのだ。キルに。キル=キルリエイズに。
魔法に犯されたキル自身を、何でも無いように抱きしめて。そのほのおの熱も、その服の裾がこげてしまうことも、つややかな髪を灰にしようとするほのおの中で、微笑んだのだ。飲み込まれそうなほどの黒。覆い尽くさんばかりの黒。黒の中に含まれる七つの色。吸い込まれる温度。熱。ミチ=クラウディア。
「だいじょうぶよ」
それはなにに対しての。
キルは、彼女の腕の中で暴れた。渾身の力を込めて、彼女の事を叩き、ひっかいた。けれどもミチは、離さなかった。腕を外そうとするキルを、彼女は強く抱きしめていた。彼女の瞳は相も変わらず黒かった。影と同じ色。夜の色と、同じ色。離せ、とキルがさけぶ。離せよ。離せよ。あついだろ、いたいだろ、くるしいだろ、はなせよ、放り投げろよ、僕のことを、僕のことなんて、
「みないで」
消え入りそうな声だった。心からの懇願だった。みないで。
――僕のことをみないで。
こんなにみにくい僕を見ないでくれ。人間にはなりたくない。けれども魔女にもなりきれない。中途半端なまじょの僕を、まじょであることに劣等感をもつ、まじょとしても人間としても愚かしい、僕のことなど、誰にも見られたくなんて、ないんだ。
「わたしはあなたが、大好きよ」
わたしには、あなたが必要よ。
びっくりするほど透明な言葉だった。水の溶け出すような透明さでも、空気の乾いたするりとした透明さでも無い。それは彼女だけが作り出す透明さだった。彼女だけの透明さ。全てをコーティングしてしまうような、全てを見抜いてしまうような透明さ。取り繕っている一切のものを、彼女の瞳は見抜いてしまう。どんなに厳重に奥底にしまって、布で覆い、鉄の鎧を纏って隠しても。何の意味も無いのだ。布は糸に戻り、糸はどんどん細くなってやがて消えてしまう。鉄の鎧は溶かされて、流されていってしまう。すべてのものが取り払われ、ありのままの自分だけが彼女の前に立つ。彼女の瞳の前に、嘘をつくことは出来ない。キル=キルリエイズは彼女のこの目が、苦手だと思った。嫌いだった。
「なにもしらないくせに」
「でもすきなのよ」
「ばかじゃないの、どうして、僕のことなんか」
「あなたがわたしの友達だからよ」
ほのおがめらめらともえている。ミチの黒色の瞳に、キルの赤いほのおがうつしだされていた。うっとりとした表情で、ミチがめをほそめる。頬はほんのりと赤く、キルは彼女の表情に釘付けだった。
「きれいね」
きれいね。キル。きれいね。なんて、あたたかくて、やさしいのかしら。
「きれいなんかじゃない、僕の、僕の内側は、」
きれいなんかじゃないんだ。みにくくて、みすぼらしくて、どす黒い。僕は、――続けようとするキルの首元に、ミチが顔を寄せる。背中にしっかりと腕を回して、目を閉じた。
「わたしは好きよ。きれいだとおもう。いままでにわたし、こんなにもうつくしいものをみたことがないわ」
ねえ、あなたたちも意地を張らないで、うつくしいものはうつくしいといったっていいとおもうわ。ミチが笑う。だって自分にうそをつくことは、とてもくるしいもの。つかれるもの。
はじかれたように、視界の端っこの影が立ち上がって、倉庫の外へと走って行った。それがギルティアたちだと気付くのに、時間は要らなかった。 ほのおがぽつり、と消えた。
からだから力が抜けて、キルは地面に膝をつく。ミチも、膝をついた。キルの腕が、地面と垂直に垂れ下がっていた。正面を向いたまま、手のひらを天井に向ける。そのまま、自分の腕の中にあるつめたい、やすらかな温度を思った。そっと、そおっと、その背中に、両の手のひらをつけた。からだが密着する。心臓の音が、伝わってくる。キルは何かを言おうとして口を開いて、息を吸ったけれど、喉が震えて言葉を出すことは出来なかった。口のはしっこを震わせて、奥歯を震わせて、それを押さえ込むように唇を噛む。けれども震えは収まらずに、とうとう身体の奥底から、声が出る。こぼれ落ちる雨が、ほのおを消していく。
地面に座り込むふたりに、せんせい、こっちですという誰かの声と、焦ったような足音が近づいてくる。キル=キルリエイズはそこで、気を失い、ミチ=クラウディアもまた、あらわれたふたつの影を視界に捉えた瞬間瞳を閉じた。
わたしたちはせかいをもっている
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