いまのいままで、ずうっと気付かないフリをしてきたのに。突然いままでごめん、これからは仲良くして、なんて虫が良すぎるよね。
伏し目がちなひとみが、ひだまりに満たされた教室に不釣り合いな暗さを含んで、ゆらめいていた。少年の大きいまあるい眼鏡に、床のタイルの正方形が歪んで映っている。少女はそれを見ながら、ひとさしゆびを顎に沿えて、悩むように視線をスライドさせる。「ええっと、キルにそう言われたの?」眉を中心に寄せて、うんうん唸りながら首を傾げれば、少年は「えっ」と声を上げた後、ゆっくりと首を振る。いわれてないけど、という小さい声が彼の唇からうまれると、その声を拾い上げて少女はまっくろな瞳を大きくした。
「都合が良いとか、虫が良すぎる、とか、そういうことはフーが決める事じゃないんじゃないかしら」
口元がスープをいれるための器のようになだらかな弧を描く。二つに結んだ髪の毛が揺れた。
「フーは、いま、どうしたいの?」
キルがどうおもうか、じゃなくて。あなたはどうおもうの?
責めるわけでも、諭すわけでも無い口調で少女は問いかける。彼女の瞳をじっとみつめて、ぼくは、と掠れた声で少年が言う。ぼくは。
「ぼく、は――」
――あんたってさ、自分のことひとつも自分で決められないの?
声が、響く。
“石とは何か、石とは何か? 私は答えよう 私は答える
それは宝石だ 星のきらめき 地上の高原 うつくしき無機物 亡霊の中から生まれるひかりは 転がる石より美しい
私たちは宝石だ 宝石から生まれた私たちだ 類い希なる一つの個体だ 私たちは石だ 私たちの命はその石の輝きにある
私たちの姿はまやかしだ 私たちとは何なのか? 私は石だ 私は星だ 私たちは宝石だ!
――以下乱筆により解読不能――
私は一つの結論を提示したい おおよそ多くの人間はどうかしていると目を背ける けれども私は知っている
この結論はゆるがぬ本当だ この結論は類い希なるひとつの真実だ 私たちは宝石だ
亡霊は、消失した人間だ 私たちは宝石だ 亡霊が死すれば宝石となる 彼らはいわば死のなり損ない 人間を失った無機質
私たちは宝石だ 人間とは宝石だ 亡霊とは消失した人間だ!
私たちの姿はまやかしだ 私たちとは何なのか? 私は石だ 私は星だ 私たちは宝石だ!
リデル・アルカディア著書 『ディア・ドルケステリウス・マーゴ(私たちとはなんなのか?)"
放課後。キルが席を立ち上がると、ミチも同じタイミングで席を立つ。ついてくるなよな、というように向けられた視線をミチは軽やかに無視した。数秒呆れたようにミチを見ていたキルだったが、すぐに変わらない笑顔を向ける彼女に首を振って、机の中から本を取り出す。リデル・アルカディアのなまえが書かれた表紙をミチが覗き込むようにするのを見て、「何」とキルが聞くと「キル、リデル・アルカディア好きよね」とミチが頷いた。
「別に好きじゃ無い」
「あら。わたしは好きよ、リデル・アルカディア」
「へえ、そう。別に僕には関係ないけど」
「わたし、あれが好き。ディア・ドルケステリウス……なんだっけ」
「ディア・ドルケステリウス・マーゴ。――"私たちとはなんなのか?"だろ。リデル・アルカディアが宝化430年、21歳のときに書いた――……ごほん」
ミチの方を見て、はっとしたようにキルが咳払いする。何事も無かったように早足で廊下に向かうと、後ろから「そうね、マーゴ、だったわね」と笑うミチが付いてくる。キルの黒い艶やかなローファーの隣に、マリンブルーの靴が並ぶ。白い靴下が規則正しく動く。
「あんた、分かってて聞いただろ。性格悪い」
「ほんとうにど忘れしちゃったのよ。ねえキル、ちなみにキルはリデル・アルカディアの考え方どうおもう?」
「僕?絶対違うと思うけど。大体"私たちは宝石だ"って言うんだったら僕たちだって死んだら宝石になってるはずじゃ無いの?なにをもってして"私たちは宝石だ"って断言できるのか僕にはわからないね」
「あら、キル。そんなのロマンに決まってるじゃない」
「ロマン!?なにそれ食べられるの?相変わらず君の頭はおめでたいね。毎日誕生日会でも開いてる?」
「毎日誕生日会じゃあきちゃいそうね。週に一回ならいいとおもうわ!」
「誰もそんなこと聞いてないよ馬鹿」
あきれる、とキルが首を振ってドアを開けたときだった。目の前に、キルより少しだけ背の高い、茶色の髪に栗色の瞳をした少年。切れ長の瞳は"キルを映さない"。
「すまない"クラウディア"。今どこう」
相変わらず子どもらしさのない雰囲気でアルバルトが"ミチに"微笑んだ。アルバルトがドアから抜けると、キルは何も言わずにドアをくぐり抜ける。アルバルトがキルに声を掛けることはしないし、キルもしない。ずっと前からアルバルトとキルは"そう"だった。アルバルトはキルの存在を認めない。キルのことを"ここにいないもの"として扱う。その姿勢は一度もぶれたことがない。キルは彼のことを好意的に思っていた。此処まで一貫して姿勢を崩さない人間は見たことが無かった。彼の家はマリエント家。魔女嫌いではなく"魔女の存在を認めない"貴族の家に生まれた少年。彼は家に忠実だ。家に誇りを持ち、名に責任を持って生きている。だからキルのことを"見ない"。彼の世界にキル=キルリエイズは存在しない。
自分が居ない物として扱われるのが喜ばしいことかと聞かれたら答えは否だ。けれども、彼にも彼の正義がある。キルにもキルの志があるように。だからお互いに干渉しない。
「ありがとう、アルバルト。じゃあね」
そしてこういうとき、ミチ=クラウディアはとても賢い。すべての流れにささくれをつくることなく、彼女の世界を保ち続ける。キルが通り過ぎても、やはりアルバルトはキルをみない。キルもアルバルトをみない。けれどもミチは、それに関しては絶対に何も言わない。いつもそうだ。彼女は自分の思うままに動くけれど、決して誰かの領域を土足で踏みにじるようなことはしない。平気で境界を飛び越えてくるくせに、そういうとき彼女はとても慎重で絶妙だ。なんだかんだいってミチという人間を突き放すことが出来ないのは、多分これが原因だろうとキルは思う。心臓に刃を突き立てることは絶対にしない。けれども必ず、ここぞというときには手を掴んでくれる。つくづくへんな人間だった。
キルが足を進めて、廊下の先に目を向ける。
そのとき、アルバルトの背後から「キルくん」と自分を呼ぶ声が聞こえた。
透けるような色をした緑色の髪が印象的だった。鮮やかで太陽の光をはじく髪の毛の色と反した、穏やかな茶色の目が眼鏡の奥でやさしく此方を見ていた。大きい硝子で出来た丸眼鏡。キルは彼を知っていた。
オフィーリア・スミスコラス。
彼の顔を正面から見るのは久しぶりだった。
――"あんたってさ、自分のことひとつも自分で決められないの?"
声が、響く。
それはいまから多分一年ほど前。キルが学舎にはいって三年目。8歳のころ。
アルバルトという人間は昔から子どもらしくない子どもで、あらゆることに達観していた。博識な彼はリーダーの素質もあって、学級委員やら班長やら、なにかのリーダーになるときは必ず彼が推薦された。そして彼といつも一緒に居るオフィーリアも、そのいつも副学級委員や副班長に推される。けれども彼はどちらかというとアルバルトとは反対で、目立つことが苦手なタイプだった。けれども彼は絶対に、人からの頼みを断らない。クラスメイトにこれをやってといわれたら頷く。先生にこれをしてくれないかな、といわれたら、やはり頷く。誰からの頼みも断らない。たとえそれが、自分が損する内容だとしても。 幼い子というのは残酷で、誰よりも自分の欲求に従って動く。誰の目でみても、オフィーリアはリーダーにむいていない。だけれど、オフィーリアは自分たちのおねがいを断らない。自分たちは、楽が出来る。めんどくさいことはオフィーリアに頼めば良い。い
つしかそういう雰囲気ができあがってしまっていた。いいよ、大丈夫。だれからの頼みもそういって受け入れてしまうオフィーリア。みんなも、オフィーリアに仕事を押しつけることが当たり前になっていく。オフィーリア、あれしてくれない?オフィーリア、これしておいてくれない?オフィーリア、オフィーリア、オフィーリア。
――いいよ、大丈夫。
彼のその行動について、アルバルトは一切口出しをしなかった。オフィーリアが助けてと言うまで、彼は何もしない。けれども彼が内側ではとても怒っていることにキルは気付いていた。けれども彼が口を出してしまったら、それこそだめなのだ。もしそれをしてしまったら、庇ってしまったとしたら、それはオフィーリアが弱い人間だと周りに印象づけてしまうことになる。負の感情をそこに流してはいけない。本人がなにもいわないなら、なおさらだ。これはオフィーリアの問題で、アルバルトの問題では無いのだから。
その日忘れ物をしたキルは、途中まで家に向かって歩いていたのを引き返して学校に戻った。廊下を急いで駆け抜けて、教室のドアを開けて――目を丸くした。そこには黒板を消しているオフィーリアが居た。
「なんであんた、まだ居るの」
思わずその後ろ姿に声を掛けてしまって、すぐにそれが失敗だと気付く。オフィーリア・スミスコラスはアルバルト・マリエントの幼馴染み。アルバルトはキルを「いないもの」として扱う。
やってしまった――何事も無かったように自分の机に向かって、引き出しの中からノートを取り出す。ふと顔を上げると、オフィーリアが此方を向いていた。
「ジャンに日直、変わって欲しいって言われたんだ。今日塾なんだって」
僕、今日暇だから。驚くほどやわらかな声でそういうと、オフィーリアはまた黒板を消す作業に戻る。
――驚いた。
まさか、自分の言葉に反応すると思わなかった。そう思いながら、キルは整頓された教室を見渡した。みずのなかを悠々と泳ぐめだか。たてもよこもそろえられた机と椅子。ほこりひとつ無い床。書き終えられたらしい日誌。その一つ一つを確認するたびに、自分の中でゆらめくものをかんじる。
一心に黒板をきれいにするオフィーリア。黒板消しのうえ、した、うえ、した、という規則的な動き。
日直なんておおうそだ。今日ジャンは友達と遊ぶ、といって走って帰っていった。
「なあ、くやしくないの」
思わず声にしてしまったら、あとはもうだめだった。「くやしくないわけ。あんた、利用されてるんだよ」べんり、っておもわれてるんだよ。くやしくないの。いやになんないの。
キルが淡々と口にした言葉に、オフィーリアの茶色の目が困ったように変形した。
「あんたのそれさ、やさしさだっていったら聞こえが良いかもしれないけど、僕から言わせて貰えばそれって全然やさしさじゃないから。あまやかしだから。あんたが周りのレベルを下げてるんだよ。あんたがやっちゃうから、まわりはどんどんやらなくなるし、やれなくなるんだよ。それはやさしさじゃないから」
「僕のことだって今こうして話してるけど、アルバルトの前では絶対話しかけないだろ。此処にアルバルトが居たら、あんた絶対僕の言葉になんか返事しないはずだ」
すらすらと口から毒がうまれる。けれどもすべておもっていたことだ。でもいわないでおこうとおもっていた。言う日はこないとおもっていた。けれどもいってしまった。キルは多分後悔する、と漠然とした確信を持ちながら、最後の言葉を口にする。今までずっと思ってたこと。でもいわないでおこうと、おもっていたこと。
「――あんたってさ、自分のことひとつも自分で決められないの?」
それまでずっと黙っていたオフィーリアが、息をのんだのが分かった。瞬時に顔が真っ赤になり、身体がぶるぶると震え始める。瞳に浮かんでいるのは、羞恥と怒り。ああ、やっぱり言い過ぎた。キルが明確に後悔した瞬間、オフィーリアは教室から出て行った。投げ出された黒板消しが床とぶつかって、しろいけむりを出した。オフィーリアが遠ざかっていく足音が聞こえなくなるまで、キルは動けなかった。
すべておもっていたことだ。でもいわないでおこうとおもっていた。言う日はこないとおもっていた。けれどもいってしまった。キルは後悔していた。けれども、自分の言葉に偽りは無かった。全部自分の中に合った言葉だ。
転がった黒板消しを拾って、強く目をつぶった。
いつの間にかアルバルトは消えて居て、キルとミチとオフィーリアだけが廊下と教室のはざまに立って居た。
「なに」
キルの隣で、ミチは黙って少年を見ている。キルは目の前で起きたことに困惑し、目を下に動かして左右にゆっくり泳がせてからミチに目を向ける。ミチはキルの視線に気付くとほんのりと笑顔を浮かべてみせた。キルは彼女の何とも言えない笑みを見て、彼女からは何も事態のいきさつを汲み取ることは出来ないと理解して、鈍い動きでまたオフィーリアに視線に向ける。キルは自分が今、とてもばつがわるそうな顔をしているのだろうと感じた。それがなぜかとてつもなく恥ずかしいことのように思えたが、どうすることもできなかった。なにせオフィーリアとの会話は、一年前のあのとき以来だ。気まずいにきまっている。
「ぼく、」
茶色の瞳に光が差して、柔らかい紅茶色になる。紅茶色になった瞳は乳白色に光って、クリーム色になってからまた元の色に戻った。深く頭が下げられる。音の無い自然な動きだった。自分に向かって腰を折る彼を見て、キルはぎょっとして目を開いた。
「ごめんなさい」
「ぼく、あのとききみに言われた言葉、そのとおりだとおもったんだ。アルバルトがみえないといったから魔女の存在と関わらないようにしてた。みんなが危ないと言ったから、魔女のことをさけてた。人に頼まれたから引き受けて、人に推薦されたからリーダーをやって。ぼくはいつだって誰かのいいなりで逃げてた。自分で決めないことは無責任だから。らくで、軽いから」
「ずっときみがうらやましかったんだ。魔法が使えて、空を飛べて、……ぼくにみえない、人間には見えないものがみえる魔女のことが、まじょのことがずっとうらやましかったんだ。ただしいことをいうきみがこわかった。アルバルトとおなじように、自分を強く持ってるきみがうらやましかった。」
「こうして謝ることも自分勝手だって分かってる。でもそれでも、悪いと思ったのに謝らないのはただの逃げだと思ったから……」
茶色の瞳から、ぼろりと透明の石が落下する。空気に触れてぐにゃりと変形したそれは、重力に従って床に落ちた。とびちって、床にいびつなみず玉模様を描く。キルはまっすぐに少年を見ていた。
――キルは、自分のことを妬んだり、僻んだり、ばかにしたりする人間にもいろんな種類が居ることを知っていた。魔女を怖がるもの。人に害を与えるのでは無いかと恐れるもの。呪われていると嫌うもの。そして、――自分とは違う力を持ったものへの嫉妬。
魔女はこの世界にとって画期的な力を生み出した。一つから二つ、二つから三つ、と増え、最終的に七つの属性に別れた魔女はいろんな場面で世界の生活を豊かにした。人間はそれを認めないけれど、キルは確実にそうであるとおもっている。
こおり、ほのお、ひかり、闇、植物、みず。――そして無属性。七つの属性は、いろんな場面で、人間を助けている。敬遠され、阻害され、疎外されても、それでも人間を魔女は助けている。人間がどんなに魔女を嫌っても、魔女がこの世界で生きていけるのは、この世界から消えて無くならないのは、ひとえにこの力があるからだ。この魔法という力を、人間が手放せないからだ。
いきものというものは便利な物が生まれれば、それを使おうとする欲がある。そしてそれを使うことに慣れたとき、手放せなくなるのだ。依存する。この世界のいきものは、魔法に従順だ。否定しながらも、心の奥では肯定して使っている。認めている。けれども「認めていること」を認めたくないのだ。一度認めてしまえば、自分が「劣っている」ことを認めなくてはいけないから。魔法が使える「魔女」を「人間」であると認めてしまったら。魔法を使えない人間は「劣っている」ことになってしまうから。
目を強くつぶって、ゆっくりと開いた。
「あんたがおもってるより、魔法ってものはすばらしいものじゃないよ」
温度の低い言葉が、自分に跳ね返ってくる。すばらしい物じゃ無い。"今の世の中では"。
「呪われていて、薄暗くて、――得体が知れない」
生まれたときから魔法が使えた。生まれたときから、人間に嫌われていた。人の悪意をいろんな形で見てきた。
魔女という立場に誇りはある。自分の家を誇りに思っている。この手からほのおという魔法が生まれることを、誇りに思っている。
けれどもたまに思うのだ。
自分がただの人間として、なにも持たずに生まれてきたならと。「同じ」だったらと。そうしたら、自分は。
杖を握っても魔法が使えないのはどんな気持ちなのだろう。箒にまたがっても空を飛べないのは、どんな気持ちなのだろう。キルは考える。もし自分がまじょではなくて、この場所に居たとしたらどうだっただろうと。仮定の柱を幾つか立てて、想像という建物をつくっていく。そしてそれは後少しで完成するというところで、崩れて無かった事になる。土台の無い場所に建てられた柱はもろい。柱が脆い建物は、やっぱりもろい。自分はまじょにしかなれないし、まじょでしか在れない。けれどもそれは目の前の二人も一緒で、目の前の二人は一生魔法が使えず、人間のまま生きていくのだろう。それで良いと思うし、そうで在れば良いと思う。でもやっぱりまだ自分は大人では無いから。いろんなことを仕方ないと片付けることは出来ないのだ。そういうことなのだ、と受け入れるにはまだ幼い。
魔女であることの、「まじょ」であることの苦しみも、喜びも、誇りも、悔しさも、悲しみも、幸福感も、孤立感も、なにもかも、彼らには一生伝わらないだろうとおもう。けれどもそれと同時に彼らが魔女に抱く気持ちもわからないのだ。彼らの魔女への恐怖も、ねたましい気持ちも、不可解で不愉快な感覚も、知り得ないのだ。
「でもきみは――きみはぼくたちが見つけられない綺麗なものを、見ることが出来るんでしょ?」
ぼくは君の目が、うらやましいよ。オフィーリアが微笑む。
顔を、上げる。
まっすぐに言い切った彼の瞳から、キルは目をそらすことが出来なかった。長い沈黙の後にキルは息を吸う。ミチのときとはまた違った、感覚だった。喜びにも、悲しみにも、似ている。不幸にも似ているし、でもなによりも、幸福に似ているような苦しさ。苦しい、と思った。この言葉をまだ真っ直ぐに受け取れない自分も。でも少し前のように突き返すこともできないことも。
――あんたってさ、自分のことひとつも自分で決められないの?
「…………これは、"あんたの選択"なの?」
キルは問いかけた。オフィーリアは、強く頷く。
「これは、ぼくの選択だよ」
そう、と返事をして、顔を逸らしてキルが教室を出て行く。その後ろをミチが着いていこうとして、オフィーリアの方を見た。彼は戸惑っているようにキルとミチを交互に見ている。やっぱり怒ってるかな、と苦笑する彼にミチはふふ、と笑いを零して、手を取ってキルの隣へ走った。
「キル、フーのことはフーって呼んでね!」
「前々から思ってたけどそのダサイ名前なんなの。ネーミングセンス無いにも程がある」
「ええ!? どうして!? かわいいじゃない!」
「男にかわいいとかかわいくないとか無いだろ。普通に……オフィーリアって呼ぶ」
「あ、あの、フーでも、スミスでも、呼びやすい呼びかたで呼んでくれたら嬉しいよキルリエイズくん」
「……キルでいい」
「キルでいい、じゃなくてキルが良い、でしょキル!」
「うるさいよクラウディア」
「クラウディアじゃなくてミチ、ね!」
「うるさいよクラウディア」
ごめんね、キルったら素直じゃ無いのよ。ミチが言うと、オフィーリアもたまらず笑いを零した。照れ屋なのよね、と顔を覗き込むミチにキルが酷く嫌な顔をする。その自分に都合の良いように解釈する頭どうにかしたほうがいいんじゃないの。キルが毒を吐いても、ミチにはなんのダメージも与えない。解毒薬でもからだにもってるんじゃないのか、とキルは舌打ちして、歩くスピードを速めようとする。けれどもその手をガシッとミチが掴んだ。細く幼い腕から加えられているものだと思えないほど、その力はキルをぴくりとも動けなくさせるくらい強い。動きを止めて、ため息をついてから、キルは振り向いた。
「なにこの手」
「みんなで手をつないで帰りましょう!」
「……は?」
「うん、ぼくも賛成」
「…………はぁ?」
あんたもなにいってんの、とキルがオフィーリアに鋭い目を向けるけれど、オフィーリアももうちっとも怯まなかった。ただミチのようにへらへらと笑って居る。ああ、これは分が悪い。キルは頭がずきずきと痛くなってくるのを感じる。気が弱い奴だとばかりおもっていたけれど、どうやら根っこはミチと似ている物を持っているみたいだった。これ以上こんな煩いのが増えてたまるか、と思いながらキルは歩き出す。キルの右手をミチが掴んで、左手をオフィーリアが掴む。右と左に違う体温を感じながら、キルは歩く。
「キル、なんで俯いてるの? 顔が赤いわよ」
「気のせいじゃ無い」
「ほんとうだ! キル、熱? 風邪でも引いたの?」
「気のせいだって言ってるだろ!!」
えらぶということ
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