柘榴を見てはいけない
そのペン先を彼女が「綺麗だ」と誉めた俺の指が継いだのだった。別の日、夕食の支度を始める前に図形を描いていて聞いてみた。
「何で血管をなぞるの」あるいは断ち切ろうとするの。
「うーん…ここに血が流れているって実感するでしょう、食べ物を口にする度にそこを意識するでしょう、ああこれは生きる為の作業なんだって嫌悪するでしょう。
要は食欲が失せるおまじない」
触れて温度を実感する度に、身体のパーツがバラバラになっていく感覚ならセックスに似ていると思った。彼女ならぼろっと口にしそうな言い方だとも。
つまり初音は死んでいく実感が欲しくて、黙り込んだり動かなかったり食べなかったり性交したりするのだった。俺が溜め息を吐く調子で
「いっそ定規でも使えば描きやすいんじゃない」
「ああ、そういう考えはなかったな。片手で片手に描くから塞がってて」
またお互いがお互いの手元に集中する。紡がれた沈黙を初音がほどいた。
「ねえ、これはDVに入る?」
冗談じゃないを呑み込んで「わからないけど、
暴力はもっと理不尽でとても抵抗出来ないのを指すんじゃないの」
お前はいつだって抵抗して逃げ出しても良いんだ、俺はそれを止めたりしない。
こんな言葉さえ唇にも乗せない。初音がそれを望まないから。
●▲■と青が重なる。この腕にコンパスを刺すのは暴力に入るだろうか。
お互いアパートの部屋で泊まったり泊めたりする都度、食事を摂る俺につられて口に運ぶ彼女を止めなかった。
一緒に食べたものが消化器官を渡って栄養素が全身に巡り排泄するまで、自分と初音の身体が丸ごと同じ素材で出来るという夢想を、捨てきれないからだった。その度に思い出したようにトイレや洗面台に駆ける彼女は、出て来ると用意してあるグラス一杯の水を、ただじっと見るのだった。
眉根を寄せずとも、血色の悪い目元を動かさずともわかる。悪意の籠った視線だった。
なんで余計なことするの。
そしてわざわざ汲んだ水を排水溝に流すのは俺だった。皿の上、食べかけのクリームシチューは冷えている。