数々のおかしなこと

さびれた、雨の日の遊園地。なぜ突然ここに来たいと思ったのか、それは自分でもわからない。思い出だとかそんなものを作りたかった訳ではない。ただ純粋にこの、腹が立つほど無意味に明るい空気を吸いたくなってしまっただけだ。それなのに、今日の遊園地は暗い。暗くて、やっぱり腹が立つ。恋人の話をするいずみちゃんは随分と幸せそうな顔をしていて、彼を大好きなことがよくわかった。しかし、もっと話して、と催促する前に打たれてしまった先手。なんで家出なんかしたの――答えなど、わたしは所持していないというのに。
「それじゃあ」
 いずみちゃんはわたしのほうを見ようとしなかったので、わたしがいずみちゃんの顔を覗き込む形になりながら、わたしは口を開いた。
「いずみちゃんの一番知りたいことを答えてあげる。わたしの親がなんで帰ってこいって言わないか。ちがう?」
 我ながら、わたしの勘は鋭い。こういう時はびしばし働くのだ。びしばし。そう、びしばし。いずみちゃんは少しだけ驚いたように目を丸めたけれど、すぐにふっと笑った。
「いいえ、その通りよ」
「でしょう。じゃあ答えるわ。まず、あのふたりは元から気弱で、ちょっと変わってる。それから、わたし捨て子なの」
 わたしはなんとも思っていないけれど、世間一般的にはぎょっとしてしまうような言葉。捨て子。勿論いずみちゃんもぎょっとした。
「なんでか知らないけど、生まれてすぐに捨てられちゃったの。まるでシロみたいに。それを拾ってくれたのが今の両親で、そのことはずっと小さい頃から教えられてきたの。わたしたちはあなたの本当のお父さんとお母さんじゃないけれど、その分だれよりも愛しているのよって。嘘を嫌う人たちなのよ。それを引け目に感じて、今回の家出もそのせいだって思ってるんだと思う。だから言えないの」
 わかった? そうフライドポテトを咀嚼しながら尋ねると、いずみちゃんはまるでわかっていない顔をしていた。同情しているのかなんだか知らないけれど、実際にわたしがそのせいで家出をしたと思っている目だ。わたしは事実を話したまでで、そんなことはちっとも問題に思っていない。
 ちっとも。これっぽっちも。
 そこまで言ってしまうと嘘になるかもしれないけれど。
「でもいずみちゃん、わたしをかわいそうだと思う?」
「思わないわ」
 いずみちゃんは正直者なので、この状況下でも嘘を吐いたりすることはなかった。癖なのかもしれない、怪訝そうに潜められた眉は。思わないわ。きっぱりとそう言った。
「そうでしょう。わたしはぜんぜんかわいそうじゃないわ。だって楽しく過ごしているもの」
「真由子は自由奔放よ。でもやさしい。中途半端なあなたが、親に対して後ろめたい気持ちがあったら家出なんて寧ろ出来やしないわね。わかったわ。それで理由は?」
 小さく頷く行為を繰り返しながらいずみちゃんはわたしの言葉の意味を飲み込んでくれた。わたしはそれにとてもすっきりとした気分になる。いずみちゃんはいつでも飲み込みが早い。わたしのことを掬うみたいに理解してくれる。頭が良い女性というのはこういう人のことを言うのだと、わたしは時々思うくらいだ。
「理由、なんだけど」
 わたしは人差し指を顎に添え、考えた。
「ないのよ」
 まじめな顔でそう零したわたしを、いずみちゃんは一体どんな気分で見つめていたのだろう。
「ないって?」
「ほんとうに、突発的だったの。気付いたら必要なものだけ鞄に放り込んで、家を飛び出してた。お金はあった。お金持ちなのよ、わたしの家って」
 冗談めかして言ったその台詞も、冗談にならなかった。いずみちゃんはそんな場合じゃなかったらしい。
「……強いて言うなら、知りたかったの。わたしってひとりでどこまで行けるのかなって」
「……いまはひとりだって言うの?」
 一瞬だけ、いずみちゃんがひどくひどく切なそうな顔をした。いまはひとりだって言うの? いまは? ひとり――。言葉が文節ごとに区切られて、わたしの頭の中でこだまをする。いまはひとりだって言うの? いまは、ひとりだって、言うの?
「ううん、ひとりじゃない」
 わたしは小さく笑うと、ぐっと伸びをしながら立ち上がった。食べたあとのごみをくしゃりと丸め、ごみ箱に捨てる。そして、
「だからもう行かなくちゃ」
 と言った。
「わたしはひとりにならなくちゃ」
 いずみちゃんは返事をしなかった。ひどく切なそうな顔をしたままで。
 結局この日、わたしたちは乗り物に乗ることはなかった。この会話のあともずっとベンチでふたりで黙り込んでいて、やっといずみちゃんが帰ろうか、と言ったところでわたしたちは席を立ち帰宅したのだ。いずみちゃんの一言がなければ、きっとわたしたちはいつまでもいつまでもそうしていた。今まで数々の偶然が折り重なって芽生えたこの「おかしな」状況は、けれどどこか幸福で気味が悪い。一刻も早くわたしはここから脱出せねばならない。そんな気がしていた。そうでないと、馴染んでしまう。