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赤坂は俺と同時期に入った古株のボーダー隊員だ。

今でさえ敏腕攻撃手と言われている彼女は、かつては太刀川と二人で忍田さんの元で修行をしていた。
側から見れば、いつも太刀川に負けては泣くのを我慢していた子だった。悔しい気持ちを誰よりもバネにして、努力出来る子だった。

俺はそんな彼女を高く評価していたし、出来ることなら自分の隊に入れたいと思っていた。まぁ、彼女はソロで頑張っていたし、最終的には別の隊に入ってしまったのだが。

そんなあの子は、昔からなぜか忍田さんに対してだけ態度がよそよそしかった。弟子入りをしたのに、いつも何かを叫ぶのを我慢しているような姿だった。忍田さんに対して、何かを言いたいけれど我慢している、そんな風にも見えていた気がする。




影浦が根付さんに暴力をふるった。何が原因なのかは知らないが、あの子の副作用は特殊なものだ。嫌な感情を感じ取ってしまったのだろう。だとしても暴力はいけないことではあるが。

同じ隊に所属している赤坂と、本部長、そしてボーダー隊員のマネジメントや指導をしている俺が呼び出されて、同じ時間に影浦隊の処分に関しての話を行った。

本来なら、C級降格、実質の解散になるはずであったが、少し大人気ないにしても影浦をかばう赤坂の言葉を聞き、俺と忍田さんでなんとかC級降格を避けることが出来た。

最後に一緒に部屋を出て、扉を閉じた赤坂を見た。唇を噛み締めるように忍田さんを見ている赤坂。

「ありがとうございます」

そう言って頭を下げて去っていく赤坂に手を伸ばしかけた。それを無視して歩いて行った彼女の後ろ姿を見届けて、中途半端に伸びた手は空を握り、そのまま体の横に戻す。

「東、すまなかったな」
「いえ。マネジメントが行き届いてなかった俺の責任でもあるので」

赤坂とは別の方向へ忍田さんと歩いていく。
隣を歩く忍田さんをちらりと見て、俺は思い切って口を開いた。

「…忍田さん、ずっと聞きたかったことがあるんですが…」
「真琴のことか?」

思わず息を呑んだ。
こちらをちらりと見た後忍田さんは小さく笑みを浮かべてまた前を向いた。

「あの子はあれでいいんだ」

何がいいのか。それでも、そう言い聞かせるように言った忍田さんは、それじゃあと手を挙げると、本部長室へと向かって行った。
足を止めて忍田さんの後ろ姿を見た。堂々としている姿だ。

俺は何も、よそよそしい態度を直せと思ってるわけではない。
あの二人に何があったのかは知らないし、知る由もないことだが、それでも彼女が心配だから故の事だ。

20にもなってあの態度はダメだ、と思ってる大人達はいるだろう。それこそ根付さんなどだ。だけど、彼女の周りにいる俺を含む人間はそんなこと思っちゃいない。

なんでそんなに、辛そうに忍田さんと接しているんだと。
さっきも、本当はもっと踏み込んで聞くべきだった。泣きたいなら泣けと。聞いてやることしかできないだろうけど、何かを吐き出したいなら吐き出したらいい、と。

空を握る前にあいつの手首でもなんでも握るべきだった。

今もどこかで泣いてるんじゃないのかと考えてしまう。

それでも彼女は強い子だからきっと泣いたりはしないのだろう。
なんでもないとただ一言そういって、またいつものように笑うんだ。誰にも踏み込ませないように、誰にも助けを求めずに。

あぁ、どうやら俺にも、誰にも、彼女を助けてあげられることはできないらしい。


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