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カゲが根付さんに暴力を振るった。
らしい。
らしいというのはその場に私がいなかったからなのだけど。ちーちゃんからの焦ったような『C級に降格かも!』という連絡と共に、隊長の尻拭いは隊全員でとは名ばかりの、唯一成人してる私が呼び出された。
内心なんて事をしてくれたんだと思ってはいるけど、確かに未成年ばかりの隊に入ったのは自分だ。成人してるのだからそれなりの誠意は示さないといけない。とは言え成人したのはごく最近だけど。
「全く……君は唯一成人してるはずだろ?何故管理をしない」
暴力とは言えただ少しだけ殴られただけやん、と少し思いはするが、はぁ、といいながら根付さんの言葉を頭に入れていく。
前に座ってるのは忍田さん、隣には隊員を全員管理しているといっても過言ではない東さんが座っている。ちらりと周囲を見渡して、もう一度根付さんの方に顔を向ければ、呆れながらもネチネチとカゲの愚痴を言っていた。
「そうは言っても根付さん、影浦の副作用はご存知でしょう」
根付さんの言葉に食い入るように、忍田さんがそう言った。
その言葉に続くように、私も口を開いた。
「誰だって内心よく思われてなかったら腹立ちますよ。カゲの場合それがダイレクトに来ます。心に思ってるそれが、そのまま彼への暴力です、根付さんだって同じことしてるだけですよ、カゲに」
「赤坂」
流石に大人気なかったか。東さんの一言に少し落ち着く。彼の副作用は特殊だ。例え副作用がなかったって、嫌な思いというのは人の表情を見ただけでもわかる。それが彼にはただの暴力に繋がるんだから。
「しかしだなぁ赤坂くん」
なおも食い下がる根付さんに大人気ないとは承知の上で更に文句の一つでも言おうとすれば、忍田さんが口を開いた。
「根付さん、今回はそこまで大きいことにせずとも注意喚起でいいのでは?彼らは強い。ボーダーとしても無くすのは惜しい隊です」
そういった忍田さんの言葉に根付さんは一度ため息をつくと、遅れて、一つランクを下げると言った。B級に下がるとは言っても上位なのは変わらないので、私はありがとうございますと一つお礼を言って頭を下げた。
「赤坂くん、隊長ではないにしても君が唯一成人しているという自覚は持つように。少なからずとも、責任は君にもあるんだ」
「はい」
「師匠である忍田本部長からも言っておきなさい」
「はい」
ついでに東さんも何か一言小言を言われてその場は収まった。東さんなんて絶対とばっちりなのに申し訳ない顔をして頭を下げていて、大人だなと思う。
部屋を出て、扉を閉める。何も言わずにこの場を去るのは流石の私も良心が傷つく。自分の隊を救ってくれたと言っても過言ではないのだ。
東さん達とは別の方に向かせていた身体を忍田さんに向かせ、頭を少し下げた。
「ありがとう、ございました。東さんも、ありがとうございます」
「俺は何もしてないさ。忍田さんの一言だ」
「気にするな、真琴」
私がどんなに冷たい態度を取ってもこの人は絶対に優しい笑顔を見せる。それが、弟や親を助けてあげられなかった償いだとでもいうかのように。
「可愛い、弟子のためだ」
この人の、こういうところが苦手だった。
私が嫌ってること、憎んでること、恨んでること、全部わかってるくせに。私が許せなくて、いつか殺してやりたいから、いつか恨みを晴らしたいから、弟子入りしたことも全部わかってるくせに。この人はいつも、優しい視線で私を見る。
全て見透かした上でも、変わらずに暖かく見守るその姿が、私はどうしても素直に受け入れられなかった。
「失礼します」
私のことを見て、何かを言おうとした東さんが私に手を伸ばした。私はそれを無視して踵を返す。
東さんは好きだ。優しい人だし、何かあればすぐに相談に乗ってくれる人だ。だけど今はそんな気分じゃなかった。
どうしてだろう。
とても泣きたい気分だった。
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