14
謎の戦いが終わって、ひと段落したあとのレモンサワーは美味い。リビングにあるテレビをつけながらソファに座り込む。一人にしてはデカすぎる家に、バラエティで流れる笑い声がこだました。
「…ふぅ」
一気に半分まで飲みきり、缶を机の上に置く。ソファの背もたれにもたれかかって、リモコンを一つ一つ変えていけば携帯が鳴った。お風呂上がりの濡れた髪から雫が落ちて、それが携帯の画面に溢れる。濡れてしまったことに少しイラつき、ズボンの布でこすってから開けば迅君からだった。
『今日はありがとう赤坂さん。明日、玉狛に来て欲しいんですけど、来れますか。』
またもやお願い事だ。この子は何回私にお願い事したら気がすむのだろうか。ため息をレモンサワーで流しながら指を動かし、返事をする。
『どういたしまして。わかった。何時ならいいの?』
結局行っちゃうのが私の悪いところではあるんだけど。すぐに既読がついて、ものの数十秒後にまた返信が来た。
『16時以降で。色々話したいことあるから時間あけてくれると嬉しい。』
既読をつけて返信しようとすればまたすぐにメッセージがくる。
『レイジさんの夜ご飯食べていくでしょ?』
そんな言葉を見てしまえば行かざるを得ないじゃないか。
「こんにちは、赤坂さん」
「こんにちは」
大学の授業に出て、何もなくなった時間を使って玉狛にきた。私の行動が読めていたのか扉の前で待っていたらしい迅くんが、片手を上げながら私に笑顔を向けていた。
「予想通りってやつ?」
「まぁね」
軽口を叩きながら中に入れば、そこにいたのはレイジさんと見知らぬ子達3人がいた。
「レイジさん、お邪魔します」
「ゆっくりして行け真琴」
「この人は誰?」
白髪の男の子が私に指をさして聞いてきた。彼の隣に座ってるメガネをかけた男の子が「こらクガ」という。白髪の子はクガ君というらしい。
ちんまりと座ってる小さい女の子が、口を一文字に引き締めて固くなっている。私は彼女をチラリと観て、彼女の向かいに座った。
「今日は任務ないのか?」
「いま私の隊は謹慎中ですよ」
「そうだったな」
レイジさんが小さく笑みを浮かべて、台所へと消えた。それを見送って、未だに立ったまま私の事を見てる迅くんに視線をよこせば、彼はシラを切るように「なに?」と言ってきた。
「用はなんなの?」
「赤坂さんは誤魔化せられないなぁ」
「からかわないで」
レイジさんがコーヒーを持ってきて、それを机の上に置いてくれた。頭を下げてお礼を言えば、レイジさんはまた台所へと消えていく。
「彼ら3人を、紹介したかったんだ」
迅くんはそういうと私の隣にぽすんと座り、私の顔をじっとみる。やけに近い距離に、目の前に座ってるメガネの男の子があたふたとし始めた。絶対何か勘違いしてる。
「近いから離れてくれる?」
「やーだ」
「あーはいはい」
めんどくさいから手をひらひらと振っておこう。
レイジさんのいれてくれたコーヒーに手を伸ばし、ふーふーと息を吹きかけて一口飲む。やっぱり彼のいれたコーヒーは美味しい。台所で料理をしてるレイジさんに、少し大きい声で「美味しいです」と言えば、彼は手を小さく挙げて反応してくれた。
「で、紹介したいって?」
「彼ら、うちの新人なんだ」
「玉狛の?」
「そ。三雲くん、彼女は赤坂さん。B級の隊の隊員だけど、攻撃手ランクは一桁。女攻撃手なら随一の人だよ」
「小南より強いのか?」
「小南が弟子入り願いを出したほどにね」
「ほぅ…」
白髪の男の子(クガ君だったか)が目を細めてきらりと輝かせながらそう言う。いやいや迅くんも言いすぎでしょーよ。彼女は私に懐いてくれているだけ。孤月をとったらわたしには何も残らないのだから、実質彼女の方が強い。
「赤坂さん、眼鏡をかけてる彼が三雲君。女の子が、雨取ちゃん」
紹介された二人が頭を下げてよろしくお願いします、と言う。
「で、白髪のこの子が空閑。近界民だ」
さらりと重要な事言うなこいつ。
思わず固まった私を見て、三雲君が慌てたように迅くんの名前を呼んだ。
「昨日戦ってもらったのは、空閑を守るためだ」
「…は?」
驚きすぎてコーヒーを溢しそうだ。とりあえず机の上に置いて、ゆっくりと深呼吸をする。膝の上に手を置いて、もう一度息を吸い込み口に出した。
「は?」
私の言葉に小さく笑いながら迅くんは話を続けた。
要約するとこう。
3人は遠征を目指してる。雨取ちゃんのために。
しかも雨取ちゃんはトリオンお化け。そんな彼女を守るためには強くならないといけない。そのために隊を組みたいけど、空閑君は近界民で、なんと黒トリガーを持っている。
そうなると玉狛に黒トリガーが二つあることになって均衡が崩れる。だから昨日、私達は戦ったらしい。
「……なるほど?なんか難しいんだけど…要するに、君達は強くなって遠征したい、と。空閑君は近界民で、それの手助け、みたいな感じなのかな?」
「ま、簡単に言うとね」
「それをなんで私に?近界民だって事言っちゃっていいわけ?」
迅君はどこから取り出したのかわからないぼんち揚げを食べながら、話し出す。真面目な話してるんじゃないんか。
「赤坂さんのためだよ」
「…私、君には言ってるよね」
初めて彼と会った時。
私の未来の何を見たのか、彼は常に私のことを心配していた。事あるごとに理由をつけて、あとを付け回してきたりしてた。のちに分かったことは、彼は私が自殺する未来を見たらしい。
だから私は迅君に、何があったのかを話した。
弟も両親も近界民に殺された。
だけど恨んでいる矛先は近界民なんかじゃないと。私はその時に伝えたはずだ。
「分かってる。でもそうじゃないんだよ赤坂さん」
迅くんは私の肩に手を置いて、じっと目を見つめてくる。
「空閑はきっと、赤坂さんの悩みを断ち切ってくれるきっかけだ」
彼には何が見えてるのだろう。
ついていけないその言葉に、私はついぞ首を傾げた。そしてやけに顔の距離が近い。唇同士がくっつきそうで、思わず眉を潜めれば、視界の端に見えた三雲君と雨取ちゃんの顔が真っ赤なのが見えた。からかってんじゃないよ、ったく。
「分かったよ…これからよろしくね、三雲君、雨取ちゃん、空閑くん」
いまだに赤い顔のままの二人と、目をきらりとしてる空閑君に顔を向ければ、3人とも笑顔を見せた。
「よろしくお願いします」
「小南より強いんだったら今度修行してよ」
「小南ちゃんの方が強いから、私なんて出る場面ないよきっと」
空閑君に向かってそう言えば、丁度噂をしていたかのように扉が開き、外から小南ちゃんが入ってきた。
「ただいまー…え!?真琴さん!?なんで…ってか迅!あんたその手を離しなさいよ!」
入ってきた早々怒鳴り散らす小南ちゃんに苦笑すれば、迅君がいつのまにか私の腰に回していたらしい腕に目ざとく気づき、ドタドタと近づいてきた。
「小南も帰ってきたことだし、俺は一回離れようかな」
「100万回離れてなさい!真琴さん、今すぐ着替えてきます!まっててくださいね!」
小南ちゃんはそう言うと階段を慌てて上がっていく。あはは、と乾いた笑いをあげれば、彼女のあんな姿は初めて見たのか、三雲君達が驚いた顔をしていた。
「じゃあ俺は一回上にあがってるよ。あとはゆっくりしてって、赤坂さん」
隣に座っていた迅君がそう言いながら立ち上がる。私の頭に手を置き、優しく撫でた後に後頭部に向けてなぜかキスを落とした彼は、してやったりと言った顔を見せてゆっくりと階段を上って行った。
からかわれやすいのかなんなのか、三雲君と雨取ちゃんはまたもや顔を真っ赤にしていて。
そんな私はと言うと、
「どうせならレイジさんにしてほしいよ」
なんて言って、またさらに彼らの顔を赤く染め上げてしまった。
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