15

朝、ベッドから起きてまずやることは携帯に来ている連絡の確認だ。通知に入っているクーポンの名前やら、ソシャゲからの通知。それらを適当に指を動かして既読をつけて消していけば、その中に一つ絶対に消してはいけない人からの連絡がきていた。

城戸さんからの連絡だ。

『君の副作用を使ってやって欲しいことがある』

この時間に、司令室へ。

急遽入ったえげつない用事に思わず苦笑をこぼした。仕方ない、行くしかないか。ベッドから身体を起こして、カーテンを開けるために足をうごかした。太陽の光が部屋に差し込んだ。









「…あんたも招集されたのか?」

めんどくさいという気持ちを少し心にいだきながら、ボーダーの廊下を歩いてその場所に向かえば、三輪くんが向かいの廊下から歩いてきた。長いマフラーを揺らして歩いていた彼は、私の顔を見つめた後に、少し目を見開いてその足を止めた。

「うん、そうみたい。三輪君も?」
「あぁ」
「お互い大変だね」

向かう場所は同じだ。彼の隣に少しだけ近づいて、同じ歩幅で歩き始める。角を曲がれば、司令室がある。三輪君は私の歩くスペースに合わせてくれているのか、少しゆっくりめだ。優しいところもある彼は、なんだかんだでお姉さん思いの弟君だった。

「この前はごめんね、なんかきちんとお話しできなかったし」

よくわからない戦いに巻き込まれたあの数日前の出来事。最後に三輪君と話した時、私はあまりきちんと彼の目を見て話すことができていなかった気がする。それをふと口に出せば、三輪君は私の顔を一瞥した後すぐに顔を元に戻した。

「気にしていない」

それならいいのだ。

私は一度だけ首を縦に振り、目の前に現れた扉に手をかけた。
中に入れば、風間さんがいた。あぁ、なんとなくこの会議が何のものかわかってきたぞ。私は城戸さんに頭をさげて、そのついでに忍田さんにも頭をさげて、風間さんの隣の椅子に座った。

「お疲れ様です、風間さん」
「あぁ、この前ぶりだな」
「ですね」

私と風間さんの口が閉じたと同時に城戸さんの声が響く。遠征組が遠征して手に入れた近界民の国の情報を収集するために、宇佐美ちゃんが会議室の真ん中にある3D式のプロジェクターの電源をつけた。

「まずは情報を教えてくれ。赤坂、記憶できるか」
「はい、できます」

頭に入れられる量に限りはない。
風間さんが話す近界民の国の数、遠征してそれがどこにあったのか、その言葉の数々を聴きながら宇佐美ちゃんがいそいそとプロジェクターに情報を追加していった。
空間に浮かぶ小さいプラネタリウムのようなものを眺めながら、ただ見てるだけで頭に定着していくこの副作用も、周りにとってみれば喉から手が出てくるほどに欲しいものだそう。

その時、扉をノックする音が聞こえて外から三人中に入ってきた。

「失礼します」

三雲君だった。あとは迅君と、空閑君がいた。
彼らを確認した城戸さんが、本題だとでも言うかのように「始めろ」と言う。なにが始まるのかわからないが、近界民らしい(迅君曰く)空閑君がいるんだからまぁ大体そう言うことなのかなとも思う。情報提供、だろう。

「我々の調査で近々近界民の大きな攻撃があるという予想がでた。平たくいえば、君に近界民としての意見を聞きたいということだ」

忍田さんが簡潔にそう説明をした。
へぇ、と思いながら聴いていれば私の隣に座っている三輪くんがそれはもうぎりりと音がでそうなぐらい歯を食いしばって空閑君のことを睨んでいた。

私に気づいた空閑君はちらりと小さく手を振った。私はそれに同じように返したあと、彼は自分の左手を徐にあげて、その指先からなんだか黒いものを生み出した。小さいそれは叙々に大きくなり、空中に自立して浮かび上がる。

「はじめまして私の名はレプリカ。ユーマのお目付役だ」

それはしゃべった。すごい。少し目を見開いてそういえば、風間さんにひじを小突かれた。

「私はユーマの父ユーゴに作られた多目的型トリオン兵だ」

レプリカというらしいその黒い物体がそういえば、城戸さんを筆頭にその場にいる上層部の人たちがいちどぴくりと体を動かした。ユーゴさん。その名前が引き金になったのは間違いない。知らんけど。


そのあと、彼は空閑君の安全を城戸さんにお願いしたのちに、近界民の情報を言葉にした。


近界民は、私たちがすんでいる地球の国のように国境で分けられて存在しているわけではないらしい。それも、空に浮かぶ星のように浮かんで存在している。それを、空閑君のお父さんは惑星国家と呼んでいたそうだ。言い得て妙。わかりやすい言葉だなと思った。

「質問いいですか」

惑星国家ってことは軌道があるのだろう。なんとなく気になって手を挙げて言ってみれば、城戸さんが視線で促した。

「惑星ってことは太陽や地球みたいに回転してるってことですか?つまり、移動してる?それは地球に近いところで?それとも、地球に近くない場所でも?」
「お嬢さんの質問には、イエスと答えよう。惑星国家の多くはこちらの世界をかすめて移動している。攻めてくるのはどの国か。その問いに対する答えは、今現在こちらの世界に接近している国のどれか、だ」
「知りたいのはその国がどの国か、だ!その戦力、その戦術だ!」

鬼怒田さんの怒号が部屋に響き渡った。

「それを説明するにはこの配置図では不十分だ。私のもつデータを追加しよう」

レプリカがそういったあと、部屋の真ん中に浮かんでいたプロジェクターに、さらに星が追加された。小さなプラネタリウムが、大きなプラネタリウムに変化した。

「これが、惑星国家の軌道配置図だ」

一目みて、多いと思った。

これを全部覚えろっていうんだもんな、城戸さんは人使いが荒い。

はぁとため息をついて、私はその軌道配置図をじっと見つめた。今彼らが話している内容は頭に入ってはいない。元々耳から得たものを覚えるようにはできてない副作用だから、仕方ない。

記憶が定着されているのがわかる。
空腹が同時に襲ってきた。私は鞄のなかからがさごそとポーチをとりだし、中にいれている個装されたチョコを口に放り投げる。うん、多分これで大丈夫だ。

いい感じに話し合いも終わったらしい。各々が立ち去ろうと(三輪君はいち早く消えた)している中、空閑君が興味津々といった顔で私のことを見ていたから、なんとなく彼の近くに寄ってみた。

「や、この前ぶりだね」
「どーも、お姉さんも呼ばれたんだね」
「私の場合副作用がね。三輪君みたいに近界民に強い関心があるわけじゃないし」

迅君は私に一瞥してウインクを一つした後、三輪君の後を追うように一瞬で消えた。めんどうなことだけは起こすなよ、とため息をこぼす。少し居心地の悪そうな三雲と、空閑君と三人で廊下に並びながら歩いた。

「お姉さんの副作用って?」
「瞬間記憶っていう副作用を持ってるよ」
「瞬間記憶…ですか?」

三雲君が反芻した。その言葉のままだよ、と付け足せば空閑君が「一瞬で覚えるの?」と口に出す。

「そしてそれを、ずっと覚えてるの。例えば、今この瞬間三雲君のメガネが何色で、空閑君がどんな表情で私を見ているのか、とかもね」

空閑君は、疑うような顔でもなければ探るような顔でもなく、ただ純粋に気になるといった表情で私を見上げていた。背の小さい彼の頭に手を置いてなでてみる。ふわふわの髪の毛だった。

「過去のことも全部、ですか?」
「うん、全部覚えてるよ」
「それは…」

三雲君はメガネに手をやって、くい、とそれをあげた。
羨ましい。いいですね。どっちだろうか。瞬間記憶なんてものを欲しがる人は本当に大勢いる。こっちとしては全く嬉しいものでもないけど。

三雲君も同じことをいうのだろうな。なんとなく彼をちらりと見れば。三雲君は少し眉をさげて申し訳なさそうな顔をした。

「悲しいですね…」

忘れたいことだって、あるだろうに。


三雲君のその言葉に思わず足を止めた。
今まで、そんな事を言ってくれた人はいただろうか?いや、いなかった。
どうしたの、お姉さん。空閑君の声が聞こえて、それでやっと足を動かした。

「ううん…びっくりしたから。三雲君みたいに言ってくれた人、今までいなかったし」
「そう、なんですか?」
「達観してるね、君」

まるで私の、弟みたいに。

弟も、とても大人びた考えを持っている子だった。その最後もさることながら、いつも正義感に溢れたよく出来た弟だった。いつも、私を守るんだと言ってくれた。瞬間記憶なんて副作用があるとはまだその時分からなかった私は、なんでも覚えてしまうその気持ち悪さでよくいじめられていた。

そんな私を、いつも弟はまもってくれた。
支えてくれた。共感してくれた。

そう、三雲君みたいに、わかってくれたんだ。

「達観してますかね」
「うん、なんだかびっくりだよ。大人っぽいんだね」

大人っぽいというか、なんというかはわからないけれど。
だけど少し想像とは違った三雲君の考え方に、私は内心心がざわついていた。


- 15 -

*前次#


月見酒


ALICE+