16

「近々、近界民の大規模侵攻が起こる」

目の前にいる迅君が、椅子に座りながらそう言った。ぼんち揚げはどこへやら、彼の手には何もない。ただ私の顔をじっとみつめながら、彼は続けた。

「メガネくんを助けてあげてほしい」
「…三雲君のこと?」

つい先日出会った三雲君を思い出す。一瞬でも死んだ弟を思い出したあの日、彼と弟は何一つ似てはいないのになぜか心がざわついた。

迅君がいうには、今回のその騒動では三雲君が危ない目に遭うそうだ。最悪、死んでしまうかもしれない。それを助けてあげられるのは、彼曰く私だけ。

「…なんで、私?」
「助けてあげられるのは、赤坂さんだけなんだ」

彼にしか見えていない未来がよくわからない。具体的に何がどうなるのかを教えてほしいというのに、彼はそれを伝えてくれない。頭に浮かぶのはハテナばかり。私は食堂で受け取ったカレーライスにスプーンを突っ込んだまま、迅君に先を促した。

「俺が呼ぶまでは、本部にいてほしいんだ。すぐに近寄れるように」
「本部で?待機してればいいってこと?」
「忍田さんの下で指揮を聞いてほしい」

今回の大規模侵攻では、相当な数の人間が戦闘を余儀なくされる。本部以外にも配置されるし、本部を手薄にするわけにはいかないようだ。

「太刀川さんと2人で、だよもちろん」

そんな彼の言葉を聞きながら、首を縦に振った。

「俺が呼んだら、メガネ君のところに駆け寄ってほしい。お願いだ」

迅君の副作用は特殊なもの。絶対的なそれは、私がどうあがいても覆す事はできない。いうことを素直に聞き入れたほうが身のためなのも理解してる。

思い出すのは家族の最後。その姿と三雲君の姿が重なった。
助けてあげられるのなら助けてあげたい。それが私じゃなければいけないのなら、尚更だ。

だから私は、本部に待機したまま、太刀川が焼いてる七輪のもちをじっと眺めていた。







「なんか上の空だなお前、本部待機だからか?」
「まあ影浦隊は今謹慎中だから隊としては動けないしね、余計にかな」
「忍田さんの弟子なんだから仕方ねーべ、ほら、もち」
「さんきゅ」

太刀川のもつ箸が器用に餅を掴んだ。それをお皿にのせてもらって、醤油を少しかける。ふぅふぅと息を吹きかけて、太刀川と同時に口を開いた瞬間。

本部全体に警戒音が鳴り響いた。

「門発生!門発生!」
「おいでなすった」
「この七輪の火ちゃんと消してよ!」

ニヤニヤと笑いながら立ち去ろうとした太刀川の背に声を掛けて、残りのもちを無理やり口に放り投げて七輪に水を投げる。七輪の炭はきっとこれでだめになっただろうけど知るか。

「いくぞ真琴」
「はいよ、慶」

高校からの腐れ縁。もう5年目だかの仲になる太刀川は、むかつくしデリカシーもないし、うざいし、面倒な人間ではあるけれど、戦友としては一番信頼を寄せている人間だ。

同時にトリガーを握って、換装体に変身する。黒いコートをなびかせながら走る太刀川の後ろを追いながら、私はミリタリージャケットのチャックを上にあげた。


「忍田さん、赤坂です。まずは司令室に向かいますか」
「真琴、いや今は...!」

その時、本部全体が地震が起きたかのように大きく揺れた。前に走る太刀川がこちらを伺いつつ走っていく。

「大丈夫か赤坂」
「なんとかね」

太刀川の声に答えながら走り抜ける。私と太刀川のところにもう一度忍田さんからの連絡が入った。

「第二波が来る!慶、真琴、残りは二体だ!」

その声に、私と太刀川は一斉に外にでた。
太刀川がジャンプすると同時に彼の足元と自分の足元に何枚もグラスホッパーを出現させて、上に向かっていく。
本部の上には大きい近界民であるイルガーが二体。空を覆うように存在感を放っていた。

「赤坂!」
「任せ…って!」

最後に一枚ずつグラスホッパーを置いて、そこからジャンプする。イルガー二体がなんとも言えない顔でこちらを優雅に見ていた。

空中で太刀川が孤月を抜くと同時に、私も孤月を抜きグラスホッパーで突進しながら、放つ。

「旋空・孤月!」

太刀川の放つそれで四つ切りにされたイルガーの隣で、私が放ったそれは一直線にとび、イルガーを真っ二つに切り分けた。

「慶の相手は新型だ!切れるだけ切ってこい」
「了解了解」
「真琴は本部周りの敵を切れ!他の待機してる隊員のフォローだ!」
「赤坂了解」

耳元にやっていたイヤフォンから手を離し、共に空中で飛んでいる太刀川を見遣る。
お互いに目を合わせて、それじゃあと手を挙げた。まるで帰路に着くときのようなそれに、お互い緊張感がまったくもって感じられなかった。

さて、どうしようかと一度思考を巡らせる。内線の向こうでは三雲君と烏丸君が基地に向かってくるとのこと。迅君に三雲君の援護を頼むと言われていたし、そっちに向かうべきだろうか。

「あっれ、真琴さん!」

地面に着陸したと同時に聞こえた声に振り向けば、出水くんに米谷君、緑川君の三人がいた。三人ともニコニコと笑みを浮かべている。いやこの状況で笑えるって図太い神経だな。

「C級の援護に行くんですか?」
「行こうと思ってるよ、行く?」

緑川君の尻尾が見える。まるで嬉しいときの犬みたいにゆらゆら揺れるように見えるぐらい、彼はニコニコ笑いながら私の周りをぐるぐる回っていた。

「赤坂さんに会えて嬉しいんじゃないすかそいつ」
「はいはい、今は集中しようね〜」

米谷君の言葉に、よしよし、と頭を撫でて宥めれば緑川君は少し落ち着いて、私の手の下にその場所を決めた。

「じゃあ行きますかー!」
「なんでお前が先陣きってんだよ」
「待てやおい」

おー!と腕を上げて出発する緑川君を追いかけるように、私達も走り出した。




- 16 -

*前次#


月見酒


ALICE+