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大規模侵攻は着実に進んでいた。そんな時、自分の頭に描かれる数ある未来のうち、一つの可能性が消えた。何かが動いた証拠だった。

「おっ、未来が動いたな。俺らが戦う相手が一人減った」
「ふむ?」

隣を一緒に走ってる遊真が不思議そうな顔をしているのを横目に、俺は宇佐美に声をかけた。今の戦況はどうなっているのか。赤坂さんみたいに全て覚えられる人間じゃないからね、俺は。

「駿君、陽介、いずみん、真琴さんの四人がB級合同と組んで人型近界民と撃退!」
「それだな」

さすがA級とトップランカーの攻撃手だ。赤坂さんも、俺に言われた通りに基地近くで着実に倒してくれてるし、C 級の援護に向かおうとしてる。一つ一つ、嫌な可能性が消えていく。

俺は赤坂さんと、個別の回線で呼んだ。

「...何?迅君」

出水たちの声も聞こえる。赤坂さんは走りながら、俺の名前を呼んだ。きっと何を言われるかわかっているんだろう。そういえば、緑川のはしゃいでる声も聞こえてくるな。

「そのままC級の援護に向かってほしい。メガネ君から、絶対に離れないで」
「赤坂、了解」

これをいうだけで赤坂さんはわかってくれるだろう。全ての人に役目はあるけれど赤坂さんに至っては他の人とは訳が違う。瞬間記憶なんて便利すぎる副作用のせいで、これまでもボーダーにたくさん利用されて来た赤坂さんだけど、今回ばかりは俺も利用させてもらおう。

無線が切れた。赤坂さんがC級の援護に向かってくれたことを祈って俺も走る。







赤坂さんと初めて出会ったのは、4年ほど前。まだ高校生だったときの赤坂さんは、いつも太刀川さんと一緒に忍田さんのもとで修行していた。

女の人の攻撃手ってだけで注目度はあったし、そもそも女子の数が少ないボーダーで、古株の小南が懐かないわけもなくて。
よく二人は、遊んでいた。小南が真琴さん、真琴さん、なんていいながらいつも近寄っていたっけ。

かくいう俺も、赤坂さんにはずっと注目していた。
まぁ年上の女の人っていうのと、あの太刀川さんの世話を焼いている女性ってことで興味があったのも事実。
世話焼きで後輩にも優しい人だったし。まぁ、気になっちゃうものだよね。当時まだ俺も若かったしさ。

だけど、それだけじゃなかった。

赤坂さんには、俺が見えた未来が一つしかなかった。

どうやったって、赤坂さんが死んでしまう未来。

近界民の防衛任務で、わざとトリガーを外して生身のまま死ににいく姿。その未来しか見えなかったんだ。

怖かった。目の前で笑ってるこの人が、目の前で忍田さんと修行してるこの人が、目の前で太刀川さんと戯れあってるこの人が、死ぬ姿と重なるのが。


「赤坂さんは近界民を恨んでる?」
「私、近界民を恨んでるわけじゃないよ」

一度だけ、そう聞いた方がある。

近界民を恨んでない事。そんなこと、わかる。恨んでたらわざわざ近界民に殺されにいくことなんてしないだろう。だから、不思議そうに首を傾げる赤坂さんに、俺はさらに聞いた。

「じゃあ...誰を恨んでるの?」

いつも誰かを睨んでいた。なんでそんなに、頑張っているのかがわからなかった。

あの時の侵攻で、家族を亡くした人は多くいる。赤坂さんもそのなかの一人だったし、だから彼女は強くなろうと忍田さんに弟子入りしていた。太刀川さんに倒されながらも、毎日強くなろうと努力してた。

そんな姿が素敵だと思っていたんだ。格好いいなと、思ったんだ。

だけど、その原動力がいったいどこからくるのかがわからなかった。三輪みたいに何かを恨んでいれば、その源が力となる。でも、赤坂さんは一体誰を恨んでいるんだ、と。



「忍田さんだよ」



赤坂さんは端的にそう答えた。
私が恨んでいるのは、忍田さんだ、と。







「悪いがここからは俺が相手をさせてもらう」

京介とメガネ君のいる場所にたどり着いた。同時に空中から遊真が飛んできて、地面に大きな亀裂を走らせる。

「おっと、間違えた。俺が、じゃなくて俺たちが、だった」

メガネ君と千佳ちゃんがいるのを確認する。大丈夫、赤坂さんが近くに来てくれているはずだ。
京介に、直接基地を目指していけと念入りに指示を出して、C級たちが走っていくのを目に収める。


「エスクード」


大丈夫。これで分断できる。


「もうあいつらには追いつけないよ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」


だって赤坂さんは強いから。俺が見込んだ女性だ。あの人は、強い。
それは俺のサイドエフェクトでさえ、保証している。


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