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赤坂とはほぼ同時期に入った攻撃手だ。同じように忍田さんに弟子入りした。最後まで一緒に修行した。
だからこそ、俺はあいつが強い女だと理解している。
何故なら、俺とあいつは兄弟弟子だから。ずっと一緒にいたんだ。ある程度のことはわかっているつもりだった。
「太刀川君、今すぐ司令室に来てくれ…!」
大規模侵攻も終わり、隊室でのんびりしている時だった。いつ隊として呼ばれてもいいように待機している時。根付さんが慌てたように走って、中に入ってきた。ちょうど隊室にいたのは出水。びっくりしたように根付さんを見ている。
どうしたんだと根付さんに声を掛ければ、俺のよく知ってる名前がその口から出てきた。
「赤坂君が暴れてるんだ…!」
走った。後ろで出水が俺の名前を叫んでいるのが聞こえたが無視だ。
くそ、いつもなら忍田さんと戦うときは俺がそばにいる。今日みたいに唐突になんてことはないと言うのに。
あいつに何があったのかなんて知らない。あいつが忍田さんを嫌ってて、それでも弟子入りしたという事実しか知らない。
嫌いならなんでわざわざと思うものの、俺より真面目に修行をしていた赤坂を否定するなんてことはできなかった。
修行の一環だと思っていた。忍田さんとサシで戦うことを、俺はいつもそばで見守っていた。そのまま俺ともやってくれねえかな、なんていう甘い期待を持ちながら。忍田さんに立ち向かう赤坂を、いつも見ていた。
それでも忍田さんは、俺とは戦わずに毎年赤坂とだけ、戦うのだ。
走る。途中で換装体に切り替えて、壁に沿って走った。すれ違う連中が不思議そうに俺の顔を見ている。
戦闘ブースじゃなくて司令室と根付さんは言っていた。あそこで孤月なんて抜いてんのかあいつは。それだけで、どれだけ理性が切れているのかがわかる。
司令室についた。オペレーターたちや鬼怒田さんたちは逃げ切れたようで、青ざめた顔をして司令室の扉を覗き込んでいた。
「沢村さん!」
「太刀川君…!真琴ちゃんが!」
泣きそうな顔をして俺の名前を呼んだ沢村さんに、首を振って頷き走った。赤坂が忍田さんを嫌ってることなんて周知の事実だ。年に一回、二人で戦っていることもここの人たちは知ってる。
だけど、赤坂が無愛想なやつじゃないから。
いつも笑って、後輩の指導や、癪ではあるけど俺の世話だって、周りへの気遣いは怠らない人間だから。
だから、風間さんや東さん、鬼怒田さんも、根付さんでさえも、赤坂の忍田さんへの態度が不思議でならないんだ。赤坂が苦しそうにしてるのをずっと知ってたから。それなのに、何もできない自分が嫌だから。
「なんでっ!なんでっ…!」
「真琴…!」
忍田さんに孤月を振るう赤坂がいた。顔は見えない。それでも孤月を握ってる手が震えるのが見える。
忍田さんは苦しそうに、赤坂の孤月を受け止めていた。一撃一撃が重いようだ。かち合うたびに、高い音が響いた。
「なんで助けてくれなかったの…!」
赤坂の叫び声が響いている。悲痛な叫び。今まで聞いたことのないような、理性が切れた声。
俺は孤月に触り、間に入ろうと走った。そのとき、忍田さんが俺の名前を大きく叫んだ。
「慶!今はいい!」
舌打ちをうつ。忍田さんにそう言われれば動けない。慌てて足に力を込めて止まり、周りを確認した。あたり一面荒らされたようにぐちゃぐちゃになっている。机も倒れて、資料なんてめちゃくちゃだ。どれだけここで暴れたんだあいつは。
俺は二人から距離をとって、いつでも間に入れるように腰を下げて構えた。
「私、なんて!」
「真琴、落ち着け…!」
「私なんて!」
孤月を両手で持ちながら、赤坂が突進した。いつもならグラスホッパーを出現させるのにそのまま走って、また振りかぶる。忍田さんはそれを受け止めていなし、また距離をとった。
「私なんてずっと!ずっと弱いまま…!強くなれたと!思ってたのに!」
「真琴…!」
忍田さんが赤坂の名前を呼び続ける。戻ってこいと。理性を取り戻せ。いつものお前に戻ってくれと。
俺は孤月に手をやって、足に力を込めた。今すぐにでも、地面を蹴って間に入れる。
何もできない自分が悔しかった。あいつが何に苦しんでいるのかわからない。わからないからこそ、見ることしかできない自分が歯痒い。仲間なんだ。あいつは俺にとっての、最大の仲間。背中を預けることの出来る、信頼した人間だ。
だから、できることならその終わりの見えない苦しみから救ってやりたいと思っていた。
「なんで私を助けたんですか…!」
赤坂の孤月が、忍田さんのもつ孤月とかち合う。赤坂は背中を震わせて、顔を俯かせていた。
ここからじゃ見えない、それでも司令室に響く赤坂の声で、あいつが泣いているのがなんとなくわかった。
「なんで私は助けて、弟は助けてくれなかったの…!」
赤坂の家族は近界民に殺された、ということはしっていた。4年前のあの大規模侵攻で、家族を全員。
仲のいい弟がいたことも知ってる。
その弟でさえ、殺されたことも。
「弟を助けられないなら、私のことなんて助けてくれなくてよかった!」
赤坂の悲痛な叫び声がまた響いた。あぁ、これはダメだ。あいつは今はもう、理性がない。このままじゃダメだ。
このままだとあいつは、言ってはいけないことを言うんじゃないのか。
「誰も救えない私なんて!あの時、見捨ててくれてよかった…!!」
俺は孤月を抜いた。あいつに当たっても構わない。ただ、今すぐにでもこの二人を止めようと思ったのだ。
あいつを守るために。壊れそうな心が目に見えてるんだったら、俺が助けてやらないとダメだろう。
ずっとわからなかったそれに、今触れることができそうなのだから。今ならきっと、あいつのことがわかる気がしたから。
「私なんて、あのまま死んでてよかったのに!」
金属のぶつかる音が聞こえた。
「慶…!」
そのまま手首を回して、自分の力のままに孤月をふるっている赤坂の手から孤月を抜いた。
カラン、と孤月が地面に落ちる音が響く。俺はそのまま赤坂の方をむいて、思い切り手を振った。
パシン、と。乾いた音が響く。
目の前にいる彼女が、涙を浮かべて俺の顔を見上げた。
その頬は赤く腫れている。トリオン体でも頬を叩けば赤くなるのか、心のどこかでそんなことを思った。
「言っていいことと、悪いことがあるだろ…!!」
俺は、怒っていた。
死んでて良かったなんか、ふざけんな。絶対に言ってはいけない言葉だろう。
一歩、後ろに下がる赤坂をみやる。俺の後ろで、忍田さんが俺の名前を呼んで手を引いた。
忍田さんは、いいんだ、と首を横に振っている。俺は黙って後ろに下がった。
「真琴」
あいつの名前を口に出して、忍田さんは前に出た。赤坂が顔を俯かせたままその膝を地面に着かせ、顔を手で覆っている。泣いていた。初めてあいつが泣いている姿を見た。
そんな赤坂の頭を、忍田さんは撫でて同じように膝を床に着かせた。
ずっと二人でやってきた。
辛かった修行も、強くなりたいなと話し合ったあの日も、隊を作る時にお前も作れよと言ったあの時も、全部思い出される。
目の前のこいつはいつだって笑っていたのに。忍田さんへ向ける目は、なんだっただろう。
あの黒い目には何が宿っていたのだろう。今思えばそれは、憎悪や嫌悪とは違くて。
後悔。
だったのではないかと、今なら思う。
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