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真琴は、いつも前も向いている子だった。
正義感のある子だ。同じように弟子入りした慶とも仲良くて、いいコンビだなと思いながら修行をつけていた。
いつでも飄々とフラフラしてる慶の反対側にいる子。真面目で、まっすぐで、正義感があって、そしていつまでも自分の責任に押し潰されてしまう子。
真琴は、ずっとずっと後悔していた。
「助けて欲しかったんです…」
目の前に座り込んだこの子が泣いている。
何度慶に負けようと、俺に負けようと絶対に泣かなかったこの子が、涙を頬に流しながら泣いていた。
慶に頷いて下がっていいぞと合図をやれば、真琴の頬を叩いたことを少し後悔しているのか、慶は申し訳なさそうな顔で俺を見た。それを少しだけ笑って、俺は真琴の頭を撫で続ける。
「私なんかより、弟を…助けて欲しかった」
4年前のあの日。
いつだって忘れることはないあの大規模侵攻。
男女の子供がいた。姉弟だった。姉のことを庇うように両腕を広げて、立ち塞がる近界民に果敢にも睨んでいる男の子に、無情にもその腕は伸びる。
心臓を貫かれたあの瞬間。俺の振るった孤月が近界民にあたり、唯一その女の子だけは助けることができた。
今でも忘れることはない。
『間に合わなくて、すまなかった』
謝ることしかできなかった。倒れ込んだ男の子の肩を掴み、俺を睨みあげる真琴の顔が俺は今でもずっと。
忘れることができずにいる。
「忍田さんが嫌い」
「あぁ」
「忍田さんが憎い」
「…あぁ」
真琴は俺の胸元を両手で握りしめて、何度も何度も、俺のことを揺さぶる。俺は彼女の頭を撫でる手をそっと離して、彼女の背中に回した。優しく撫でる。叩く。真琴、と。
「こんなに…こんなに強いなら、なんで助けてくれなかったのって、思うんです…」
その言葉が痛い。真琴は俺の胸に頭をくっつけて、吐き出すように言葉を紡いだ。
「でも、でも違うんです。忍田さんは、何も、悪くなんてないんです…」
ごめんなさい。
真琴はそういうと、涙を床にボロボロとこぼしながら嗚咽を上げて、下を向いた。震える肩に手を置く。宥めるように、数度たたいて俺は口を開いた。
違うんだ。謝るのは、俺のほうなんだ。
「何度も思った。もっと早く着いていれば。もっとあの時、視野を広げていれば。お前だけじゃなくて、弟も助けてあげられたかもしれない」
違うんだよ真琴。お前は何も悪くない。
しゃくり上げるように泣いている真琴に、俺はさらに続けた。
「俺を憎んでいい、真琴。ただ、自分のことはもう、許してやれ」
わかっていた。真琴がずっと何と戦っているのか。憎んでいるのは誰なのか。俺を嫌っている理由だって、それでも俺に師匠になってほしいと頭を下げた理由だって。
「強くなっただろ。もう、自分は弱いままだなんて言うな、真琴」
この子は強い。瞬間記憶なんていう副作用に頼らなくたって、一人で勇猛果敢に立ち向かえる人間だ。あの時の女の子は、強い女性に変わった。
俺はわかっていた。
強くなるために、俺に弟子入りしたことを。なんで強くなりたいのかも。守りたい人がいたことも、守ってあげたかったその後悔の強さも。全部。
「誰より恨んでいるのは、自分自身なんだろう?真琴」
彼女の名前を呼ぶ。真琴は、力を込めていた手をだらりと落とした。その手を握る。指にタコができるぐらい、血豆ができるぐらい、修行をしていたその手。慶と立ち並べるぐらい、強い自慢の弟子。
「今なら、助けてあげられる…今の私ならきっと、弟も、お父さんもお母さんも助けてあげられる…それなのに!
三雲君でさえ、助けてあげられなかった…!!!」
強くなった。強くなれたはずだった。
それなのに、強くなれなかった。
弱い自分が嫌だ。嫌いだ。憎い。死んじゃえって思う。
こんな私になるぐらいなら、あの時忍田さんはなんで私を助けたの。
怒涛のようにそう叫ぶ真琴を抱きしめる。止まった言葉、涙は流れ続けたまま真琴は俺に抱きついた。力が入る。真琴は今、俺に、助けを求めているんだと思った。
「助けてよかったと思っているさ…!」
助けなきゃよかったなんて思ったことない。
助けてよかった。本当に、あの時この子を助けられて良かった。弟が目の前で死んでも、それでも涙を流さなかった。強くなりたいとボーダーに入ってきた。修行をつけてくれた頭を下げてきた。
その目はいつも、揺らいでいた。憎悪と、後悔と、覚悟に。
あの子はこんなにも強い女性に育った。正義感のある、ボーダーにふさわしいヒーローのような子に育った。皆に慕われる、素敵な女性に。
助けて良かったんだ。お前を救えて良かったんだよ。俺は本当に、そう思っているから。
だから。
「もう、許してやれ真琴…それ以上自分を責めるな…お前は強い、きちんと、守れているから…市民も皆も」
今度はちゃんと、守れているから。
背中を優しく撫でてやる。頭も一緒に抱えて、胸の中に抱え込んで。全て受け止めてやるために。
自分の自慢の弟子だ。真琴は、自慢の弟子なのだ。
俺の胸で泣きじゃくる真琴をキツく抱きしめる。真琴はずっと涙を流して、俺の背中に腕を回した。震える手に、震える声。それを全て見ながら俺は。
キツく、キツく。
彼女を、抱きしめた。
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