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俺がいないからって寂しくて泣くんじゃねーぞ。

とは、太刀川の言葉。ボーダーに入ったのが同じ時期だったあいつとはなんだかんだで腐れ縁だ。そもそも、師匠も一緒なのだから仕方ない。いい加減変わらないあの性格にため息をつきながら、はいはいと適当にかわしたのはつい先程。

「あ、真琴さーん」

ふいに呼ばれた声に視線をめぐらせば、食堂の席に座りながらこっちに手を振っている高校生組がいた。

「よ、犬飼君、と、辻くん」

二宮隊に所属している犬飼君と、辻君だ。
辻くんはあいも変わらず顔を真っ赤にしたまま私の方を向こうともせずに下を見ていた。女の子が苦手なのは変わらないらしい。

まぁ、私ももう女の子とは言えない歳かもしれないが。

「なにしてんの?」
「太刀川に遠征前の挨拶してた」

辻くん隣ごめんね、そう一言断って隣の席を引っ張り座った。
途端ガタリと音を鳴らして勢いよくわたしから距離を取る彼に、内心すこし傷つきながらもあははと乾いた笑いを浮かべながら犬飼君を眺める。

「辻ちゃんはいつになったら、慣れんのかねぇ〜女攻撃手の中で随一だよ?この人」

孤月使いなら慣れないと。

犬飼君のその言葉にふっと笑って、私は遠くの方でもじもじとしている辻くんをちらりと見た。

女攻撃手で随一。

とは、気性の荒い攻撃手の中で言われて嬉しい言葉ではあるが、女がそもそも少ない中で言われてもあまりピンと来ることはない。ランキングはたしかに一桁ではあるけれど、若い高校生の男の子たちが台頭してきているのだから、いつか落ちるだろうとは、思う。

まぁ負けないように頑張るのみだけど。

「それはそうと真琴さん」
「なーに?」

にんまりとした笑みを浮かべた犬飼くんに、頬杖をつきながらそう聞けば、彼は爽やかな声で「ランク戦しよう!」といったのだ。

「そっちの隊とこっちでやろうよ」
「えーー」
「いいじゃんいいじゃん」

私の腕を引っ張りながらそういう犬飼君。ゆらりゆらりと揺れる体と頭に、髪がボサボサになりそうだ。私は掴まれていないもう片方の手で髪に手櫛を通し、机の上に手を置いた。

「辻ちゃんもやりたいよねー?」

犬飼君のその押しの言葉に、思わず辻くんの方をむけば、辻くんは首をこくりと縦に振ると途端に私から目を逸らした。
思わずはぁ、とでるため息にはいはいと手を振ること数秒。

「今度ね」
「またそやってー!」
「逆に聞くけどなんでそんなにランク戦したがるのか分かんないよ」
「そんなの、真琴さんと戦いたいからじゃん」
「私と?」

はて、と首を横に傾げる。我が隊の隊長さんならわかるけど、何故私なのか。
女攻撃手では上位だろうと、男に混じればその力は下がるというもの。それでも勝つための工夫はかかさないけれど。

「公式戦でだってやってるでしょ、うちとそっちで」
「公式戦でしかその真琴さんの技見れないとか卑怯だって」
「なに、 技って」

思わず笑いながらそう言ってしまった。
技も何も、って感じなんだけど。そういいながら、犬飼君が食べていたらしきポテトを一つもらい、私は椅子から立ち上がった。

「あ、俺のポテトー!」
「今度なんか奢るから。それじゃあね、辻君も」

2人に手を振って、私はその場を去る。別に犬飼君たちと話したくて食堂に来たわけじゃないんだ、こっちは。まぁ1人話していない子がいるけれど。
「ちぇーまたはぐらかされた」「犬飼さん、もう少し落ち着いて話したらどうですか」「辻ちゃんは全く話せてなかったじゃんよー」そんな2人の声を背に、ある一つの場所めがけて私は歩く。

「おまたせ」
「おせーぞ」
「遅いよ真琴ちゃんー!」
「真琴が作ったミーティングの時間だろー!」
「でも、時間通りにいるヒカリ偉いじゃん」
「話しはぐらかすし...」

それは、我が隊のミーティングだ。私以外は全員中高生の我が隊は、リーダーであるカゲを筆頭にマイペースな人が多い。呆れたようにそういうユズルの頭に手を置いて撫でた後、私はカゲの隣にゆっくり座った。

唯一この中で成人している私は、カゲの裏でこう言った場を仕切るようにしている。だけど、本体のリーダーとしてはカゲだ。カゲが言えば、もちろん従うようにしている。

まぁそれでも、こういう場で私が何か発言することは少ないけれど。

「やっぱりゾエさんは、地形を練るべきだと思うけどなぁ」
「だとしてもそれを逆手に取られる場合もありますよ」

ちーちゃんとユズルの話を聴きながらメモを取る。ヒカリはゲームを片手に聞いていて、カゲはあくびを噛み殺していた。
隊室で行うミーティングは、もう方向性が見えている時だけ。こういったざわざわした場所でやるからこそ、集中力があがって目に見えていなかった目的が見えてくる。

「どう思う?真琴ちゃん」
「真琴さんはどう考えてるの」

他の高校生たちは私に敬語や敬称を使ってくるけれど、ここの子達は皆タメ口だ。当然それでいいし、むしろ私がお願いをした。
初めてカゲとあった時、この隊に入れと言われた時、私は今でも思い出す。

弟が生きていたら、きっとこんな子になっていたんじゃないのか、こうやって友達や仲間と騒いでいたんじゃないのか。

高校生の多いボーダーで、この隊に入ることを選んだことには他にも理由はあるけれど、それでもやっぱり、言葉に誤解は生じるが、カゲに見初められたということは思いのほか私のターニングポイントだったのだ。

「地形を練るのは良いことだとおもう。だけど、ユズルの言う通りにそれを逆手にとられることもあるだろうね。逆に、私たちが逆手にとっちゃう、とか?」
「...なるほど、わざと動かせる...ってこと?」
「ユズル、天才」

わざとらしく彼の頭を撫でてやれば、ユズルは頬をすこし染めて私の手から逃げるように頭を振った。

「そういうのうまい隊あったよね〜」
「東隊じゃねーの?」
「さすがヒカリ!オペレーターなだけあるね」
「だろだろ〜?」

目を細めながらニコニコと笑う彼女の頭を撫でる。

「どんな状況でも、戦い方はかわんねーよ」

カゲのその言葉に、私は笑みを浮かべる。

「お前と俺がいりゃ、基本的には勝てる」

上位の攻撃手にそう言われれば、これ以上に嬉しいことはないだろう。
ありがたいお言葉、なんてすこし茶化しながらそういえば、頭を思い切り叩かれた。


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