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「ふぁ〜〜〜あ」
でかいあくびをしながら、壁に寄りかかり足を伸ばす。狭い船の中で一人一人思い思いに過ごしている。当真は自慢のリーゼントを触りながらニヤニヤと笑っているし、出水は持ち込んできたゲームでもしているのかやけに真剣そうな顔をしていた。
「太刀川」
「ん?なんすか、風間さん」
他の隊員を置いて(まぁこの人の隊員は大丈夫だろう)風間さんは俺の隣に立った。俺はそれを見上げて、すこしきょとんとする。
「赤坂のことだ」
「赤坂?」
風間さんは真剣な顔で(俺からしたらこの人はいつも真剣だ)、俺の目を見た後、隣にゆっくりと座る。ふぅと一つ息を吐いた後、船の中の隊員をぐるりと見渡してまた口を開いた。
「赤坂と忍田さんのことだ」
その言葉に対して、俺は何も反応を示さなかった。
「…あいつの忍田さんへの態度を改めろとは言わない。ただ…」
その先を風間さんが言えるかと聞かれると、言えないだろう。だって公平さが無いからだ。
俺は言うべきかを考えあぐねている風間さんを見た後に、壁に頭をくっつけて天井を見た。
「あいつは、忍田さんを恨んでるんです」
小さく息を呑む音が聞こえた。
俺と同時に忍田さんに弟子入りをした赤坂は、その当時から忍田さんを、親の仇にように見ていた。じゃあなんで弟子入りしたんだよとも思わずにいられなかったが、それでも今でも互角にあいつと戦えるぐらいには、恨みながらも毎日真面目に修行をしてた。俺より真面目だった。それは確かだ。
「俺の口からは言えないです。だけど、あいつもあいつで、どうにかしようとしてるんです」
だから、水を差さないで欲しい。
言外に伝えようとしてることが伝わったのか、風間さんは小さく息をつくと立ち上がり、わかった、と、一言いったあと別の部屋に歩き出した。
あいつが苦しんでることなんて、昔からわかってた。腐れ縁とは言えど、忍田さんに弟子入りして最後まで修行見てもらった同志だ。何も言わなくたって、何とかしてやりたいと思ってる。
年に一回。あいつは忍田さんに決闘を申し込む。その姿を見てるからこそ、他人が口出しするものでは無いと思うんだ。
『お前も隊作れば?』
俺が隊を作った時、あいつはまだソロだった。東隊がそろそろ解散するとの噂もあったし、ついに新しい隊が一位になってもいいだろうと、俺はA級1位になる気満々だった。それに渡り合えるのは、あいつだけだろうともおもっていたから、隊を作れと言っていた。それも口酸っぱく。それでもあいつは作らなかった。
『私はいーや』
いつも、そう言っていた。
今は影浦の隊に入ってB級上位とA級下位を行ったり来たりしてるわけだが、なんとなく腑に落ちないのも半分、納得する部分も半分といったところ。もしもあいつが隊を作ったら、誰が入るだろう。恐らく、そこらへんの攻撃手達ならこぞって入りたがるだろう。
「あぁ…真琴に貰ってた紙を忘れてきたか…」
不意に聞こえたのは机の上でずっとかちゃかちゃと何かを弄っている冬島さんの言葉。エンジニアってのは何かをぶつぶついっているのが癖らしい。それを俺は見ながら、何が赤坂?と聞いた。
「ん?あぁ、声に出てたか、悪いな」
「いーっすよ。んで、なにが赤坂なんすか?」
俺は床から立ち上がり、冬島さんの隣の椅子に座る。ただの隊員の俺からしたら何が何だかわからんそのパーツ達を眺め、頬杖をつく。遠くの方で出水が盛り上がってるらしい声が聞こえた。
「いや、真琴に、遠征前に試したかった組み合わせ全てを記録して貰ってたんだがその紙を忘れちまったらしい」
勿体無いことをしてしまった。冬島さんはそう言ったあと、パーツ達を箱に入れて片付けると次はパソコンを開き、ある文書を開く。
「うっわ、なんすかそれ」
思わず出た気持ちわりーって言葉に冬島さんが苦笑をこぼしながら俺の頭を叩いた。
「仕事だよ。真琴が手伝ってくれた」
「この文字列全部?」
「あぁ。俺は流石にここまで思いついたものを覚えて書き留められないからな」
真琴様々だよ。
冬島さんはそういうと、穏やかに笑いながらキーボードに触れた。
瞬間記憶なんて素晴らしい副作用を持ってる赤坂は、よくこうやってエンジニア達の仕事のサポートをしてる。一般人で覚えられる量は少ない。全て覚えられる赤坂は、冬島さんが今やってる仕事のように、エンジニア達が覚えていたい情報を全て詰め込ませた資料をよく作成してる。
「瞬間記憶とかチートっすよね」
「迅の未来視の方がチートだろ」
まぁ確かに。未来が見える方がチートか。
昔言ってたな。赤坂に、俺も瞬間記憶あったらテストなんて屁でもない、と。
忍田さんにテスト勉強をやらない限り修行は中断だと言われた高校三年生の時。泣きそうになりながらひいひいと課題をやっている俺の隣で、赤坂は面白そうに俺を見てた。ニヤニヤしたその顔が腹たって思わずそう言ったんだ。
あの時のあいつの顔は、もう思い出せないが、それでもあいつが言った一言は覚えてる。
『忘れたい事は、忘れたいよ、私だって』
どんな風にその言葉を言ったのかも今となっては思い出せない。
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