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「風間さん、また赤坂さんですか?」

太刀川からはなにも聞けないと感じその場を立ち去ったあと、自分の隊員のいる所へ行けば、菊地原がそう口を開いた。

「聴こえてたか」
「聴こえてますよ」

いやでも聞こえてる。そういったあと、菊地原は机の上に広がる課題にまた向き直った。

「どうして赤坂さんのことがそんなに気になるんですか?」
「気になる...か、気にならないわけではない」

歌川の言葉に思索する。俺は歌川達の前にある椅子に座り、2人が解いている課題を眺めた。
特に、理由が思い当たらないわけではない。

「ただ」
「ただ?」

あいつが苦しそうに見えるからだ。

その言葉に、菊地原がまた顔をあげた。

「忍田さんがただ嫌いなだけに見えますけどね」
「お前はまたそう言って」

菊地原の言葉に、歌川がまた諌めるように言葉を発した。その2人の姿を眺めながら、どうだろうかと考える。

赤坂は忍田さんを恨んでいるらしい。太刀川の言葉をもう一度思い出す。言外にあいつは、同じ弟子同士の絆からか、あいつのことはほっといてやれと伝えたそうにしていた。

何があったのかは知らない。近界民に家族を殺され近界民を憎んでいる奴はいるが、忍田さんを憎んでいるやつはいない。忍田さんを憎んでいるとはいえ、それでも忍田さんに弟子入りをした赤坂の行動も分かり得ない。

ただそれだけなら俺だって気にすることはないだろう。それでも気になるのは、あいつが苦しそうにしているからだ。憎みたくないのに憎んでいる。そんな風に見受けられるからだ。

他人である俺ができることはない。それももちろん気づいている。

それでも、救ってやりたい。

『俺の隊に入るか?』
『風間さんの隊に?もう十分成り立ってる隊に入る程図々しくないですよ、私』

まだソロ隊員だったあいつに一度だけスカウトをしたことがある。もちろん断られた。

『どこの隊にも入らないつもりか?』
『んーどうでしょう』

A級レベルのソロ攻撃手。それだけで誰だって喉から手が出るほどに欲しい隊員だ。孤月使いで、A級1位に立っている太刀川を倒せるのはあいつぐらいだろう。欲しいと思う人間が多いのは事実だった。

恐らく今でさえ、赤坂が隊を作れば入りたいと志願する隊員は多くいるだろうな。

『入りやすい所なら入りたいですよ』

その入りやすいの基準が、影浦隊だったとはその時は分からなかったが、何をもってしてそれを決めているのかと、当時の俺は聴いていた。

『そりゃー…』

そのあとにあいつはなんと言っていただろう。
思い出せそうで中々思い出せない。

「風間さんは何で赤坂さんをいれようとしたんですか?」
「ほんとですよ、副作用持ちならもう僕がいるっていうのに」
「菊地原、赤坂さんは副作用だけじゃないだろ」
「それぐらいはわかってるけどさ」

ぶぅぶぅと拗ねている菊地原の肩を呆れながら小突く歌川。そんな二人を見ながら、俺は口を開く。

「強いからだ」
「強いから…?」
「孤月使いなんて入ったら連携潰れますよ」

スコーピオン使いの三人に孤月が入れば何かしらの形で崩れるのはわかっていた。それでも赤坂をいれようとしたのは、ひとえに強いから。

「強いのはわかります。でも、それだけですか…?」

歌川の言葉に、俺は思わず小さく笑った。強いだけが理由か?それは違う。あいつが強いことには変わりないし、副作用持ちはそもそも論として関係無い。決め手はただ一つだ。

「強いだけじゃ無い。あいつは努力を怠らない」

赤坂は太刀川とは違い、才能でのし上がってきた人間では無い。太刀川と二人で忍田さんに弟子入りをし、修行していた姿を見ていた。何度も太刀川に倒されながら、何度も太刀川にごっそりとポイントを持っていかれながら、それでもあいつはコツコツと強くなっていた。

強くなるために様々なトリガーにも手を出していた。
そんな人間がいるだけで、士気が上がるのは当たり前だろう。

「…あいつは天才じゃない。ソロでいるぐらいなら、隊に入れたかったんだ」

隊を作るのでもなく、どの隊に入るのかを考えあぐねているのであれば引き抜こう。そう考えていた。

「影浦隊に取られてしまいましたね」
「あぁ…残念だ」

ふっ、と笑いながらそう言えば、歌川も微笑みを作り、そしてまた課題に向き直った。

影浦隊に取られたことを残念と思っていないわけではないが、あいつの性格や戦い方から、あの隊が一番合っているのは確かだ。
のんびりとしてるように見えて、その実は真面目な赤坂がいるおかげで、あの隊自身ものし上がってきたように見受けられる。

「でも僕はあの隊は乱暴すぎて嫌いですけどね」
「お前はまたそうやって…」

菊地原の言葉を否定できないのも確かだが。


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