23
タイリーに、ダンスパーティーに誘われた。きっと、絶対にないだろうと思っていた相手から、一番誘って欲しかった相手から、一緒に行こうと誘われた。
びっくりしたのだ。身分の差や、自分の身分をきっちりとしていたいと思ってるタイリーが、まさか誘って来るなんて思わなくて。
驚きすぎて、心の中では「もちろん!!」ってすぐに答えてたのに、現実ではゆっくりとレタスを食べてから答えてしまった。あの時の私、なんなんだ。
ダンスパーティーに行くと決定してから、毎日のようにアンジーとアリシアと、髪のセットや化粧を一緒に考えた。いつもは家の使用人にやってもらうからよく分からない、と言った時のアンジー達の顔は今まで見た中でも一番のあきれ顔だった。
「...うん、いいんじゃない?」
「可愛いわよ、ヒヨリ。これでタイリーもイチコロね」
鏡の前で座りながら、アンジーとアリシアにあれこれしてもらっている間に、どうやら終わったようで。目を開けてと言われてゆっくりと瞼を開いた。
いつもは面倒で櫛でとかしたままにしてる肩下までの髪が、少しだけ顔周りでふわふわに揺れていて。アリシアが合わせ鏡にして持っている鏡の中で、私の後頭部が見えた。お団子になって首筋がはっきりと見えている。
化粧も、いつも使用人にしてもらっているようなものじゃなくて、日本人の私にでも似合うような薄い色のリップに、しっかりと引かれたアイラインで、彼女達の化粧の腕が垣間見えた。
いつもの私じゃないみたい。一言で言えば、これだろうか。二人はニコニコと笑いながら私のそばに立ち、肩にそっと手を置いた。
「綺麗...本当に私なのこれ...?」
自分の顔に手を置いてまじまじと鏡の中の自分のを見つめる。そんな私を笑いながら、二人が顔を見合わせていた。
「これはいいの?ヒヨリ」
アリシアが鏡や化粧道具やらを片付けながら、私のベッドの上に放り投げられている一つのアクセサリーを手に取った。ダイヤの散りばめられた指輪と、煌びやかに輝くアメジストのネックレス。
正式に決まった婚約者からもらったものだった。ダンスパーティーがあるとお祖母様からかは分からないけど噂でも耳にしたのだろう。クリスマスプレゼントと称して、ご機嫌伺いみたいなものをしているのだ。
私はそっとそっちを振り返り、首を横に振って右手を挙げた。私には、これで十分だ。右手首に巻き付いている、小さなリボンのついたブレスレット。6年前にタイリーからもらった、大切なこれが、私を着飾ってくれるアクセサリーなのだから。
大広間につけば、アンジーとアリシアがパートナーの元へと散って行く。目の前に立つタイリーを盗み見るように顔を見上げて伺えば、長身なタイリーに似合う灰色のタキシードが少し揺れて、私に腕を差し出した。
「行きましょう、ヒヨリ様」
そう、ゆるりとした笑顔を浮かべて言ったタイリーに頷いて、私は右手をそっと乗せる。一瞬覗いた彼の左手首には、黒の革紐が存在を誇張するかのようにそこにいて。私は誰にもばれないように、笑顔を浮かべた。
広間の中は、昼までの様相とは全く違った。氷柱のように垂れ下がってるランプに、氷のようなステージ。それでも中は全く寒くなくて、なるほど、やはり魔法はすごいなと心の中で感嘆の息を漏らした。
伝統で決められているらしいのだけど、まず最初に代表選手とそのパートナーが踊るようだ。道理でハリーがいないわけだと納得していれば、ついに扉が開かれる。彼等用に道を作るかのように左右に分かれて拍手をする生徒達。私とタイリーも見習って拍手をすれば、グラムの隣にハーマイオニーがいた。可愛らしいピンク色のフリルのついたドレスは、可愛いハーマイオニーにとっても似合っていて。
「ハーマイオニー、とても綺麗ですね」
と、タイリーが言ってきた言葉に、私はこれでもかというぐらいの満面の笑みを浮かべて頷いた。それでも、すこしだけわだかまりはあって。あのドレスも、あの髪飾りも本当は、ロンのために用意したはずなのになと、少し残念に思った。当のロンは口をあんぐりと開けてハーマイオニーを見ていたから、ざまぁ見ろと、年上らしからぬことを思ってしまったけど。
フリットウィック先生が指揮をして、ホグワーツのオーケストラクラブの人たちが演奏をする。広間に流れるワルツの曲に、代表選手の皆が合わせて踊った。ひらひら揺れるハーマイオニーのドレスの裾に、少し緊張しているのかいつもの彼らしくもない強張った顔をしながら、チョウをリードしているセドリック。一方のハリーは、見ていて微笑ましいほどに頑張ってパチルと踊っていて、思わずタイリーと目を合わせて笑ってしまった。ハリーごめん。
次第に、周りで囲って彼らの踊りを見ていた人たちも中に入って行った。ダンブルドア先生とマクゴナガル先生が踊っていて、それを笑顔で見ていれば、ネビルがジニーの手を引っ張り、踊り出す。成長したなーと勝手に感慨深く思っていれば、フレッドとジョージも踊りの輪の中に入って行った。隣にたつタイリーの顔を見上げる。タイリーは私の目に目を合わせて、手を差し伸ばした。その手に自分の手を重ねれば、少しひんやりとしていた。
タイリーに引かれるままに、ワルツの曲に合わせて踊る。ゆっくりゆっくりと流れる曲が、とても心地よくて。タイリーのタキシードに手を添えて、自分の手が柔らかい生地に吸い込まれて行った。
何曲か連続で踊って、あまり履きなれないヒールにも足がそろそろ悲鳴をあげそうな時、タイリーが少し休憩をしようと言った。いつも絶妙なタイミングでそう声をかけるタイリーに、私は恐れ入る気持ちで首を縦に振った。
タイリーの腕に手を回して、足に負担がかからないようにゆっくりと歩いてバルコニーに向かう。外は雪が積もっていって、いつもなら寒いのだろうけど、熱気のこもった広間にいた今は、とても心地のいいものだった。はぁーと息を吐けば白くなるそれに、子供のように興奮してタイリーに言えば、彼は目にシワを作りながら笑って「フレッドとジョージも同じことを言っていました」と言った。さすがにあの二人と同類はいやだなと思って、慌てて両手で口を閉ざす。
タイリーがジャケットを脱いで、そっと私の肩にそれをかけた。
「ヒヨリ様、寒くはありませんか?」
「うん。大丈夫。これ脱いだらタイリーが寒いんじゃない?」
「保温魔法かけてきましたから」
「そっか」
うっすらと汗をかいているタイリーに、なるほどと頷いて、お言葉に甘えてそっとジャケットに手を添えた。きっと似合うと言ったこの色は、確かにタイリーに似合っている。言われた通りに着てしまうのだから。私はそっと笑いながら、目を閉じた。
昔から一緒にいてくれた大切な人が隣にいる。ずっと私のそばで私を守ってくれた大事な人。転んで足を怪我したときも、純血主義がいやで日本から逃げた時も、ハリー達を助けようとしたときもいつだってタイリーは、私の隣で私のそばで、守ってくれていた。
「今日は、わがままを聞いてくれてありがとうございました」
「ううん、こちらこそ、ありがとう」
16歳になった私は、ついに婚約者と結婚をする。純血主義を掲げるために、純血を守るために、日本の魔法使い達を従える為に。毎日のように来ていた求婚も、無言でエバネスコと唱えられるようになれた頃にはその数も減っていて。気づけば私は、純血名家の主として歩いていかざるを得ない状況に陥っていた。
「私に構わないで、他の子と踊って来ていんだよ」
煌びやかな明かりに衣装。私は目を閉じて、幸せを噛み締めた。こんな夢のような所で大好きな人と踊れただけで幸せだ。例え知らない人と婚約されて、結婚をする運命だとしても。
好きな人と学生生活を送れただけで。
好きな人と生きてこれただけで。
決められた人生の中に、こんなにも大好きな人ができただけで。
それだけで、十分に幸せだ。十分すぎるほどだ。
閉じていた目を開けて、バルコニーの柵に掴んでいた手を離そうとすれば、隣に立つタイリーが、その手を掴んだ。強い力で、私の手を離さずに、きつく握りしめる。
「俺は...」
タイリーは前を向いたまま口を開く。それでも何かに悩むようにその口を閉ざして、そして深く息を吐いた。
何かの覚悟を決めたように、タイリーは私の方に向き直し、力強い声で言葉を紡ぐ。
「昔から、貴女の事だけを考えて生きて来た。貴女の側にいれるだけで幸せだと思ってた」
彼の黒い髪が風になびいた。タイリーは私の目をじっと見つめて、口を開く。
この、はっきりとした目が好きだった。
たまに見せる鋭い視線、咎めるように叱りつけるときの視線。見守るような優しい目に、慈しむような熱のこもった視線。その目を見るのが大好きだった。その目が、私にだけむけられているのが嬉しかった。
それだけでよかったのだ。彼の特別は私だけなのだと、そう思えるだけでよかったのに。
「ヒヨリ様...いや、ヒヨリ」
初めて、彼に呼称をつけずに呼ばれた。そのことが使用人としてどれ程までいけない事なのか。身分という壁にぶつかったタイリーなら、きっと痛いほどわかっているはずなのに。それでもなお、このタイミングでそう呼ぶという事は。
私だってバカじゃない。これでも日本の有数の純血名家の娘だし、伊達に学年上位を誇っていないのだ。
溢れてくる涙を目に溜めて、私の前に静かに跪く彼を目で追った。
「俺だけを、貴女の隣にいさせてほしい。貴女が陸奥村家から逃げれない事もわかってる。俺だって、貴女を危険な目になんて合わせたくない。それでも...」
タイリーはそこまでいうと、一旦口を閉ざし、何度か呼吸をしてもう一度口を開いた。
「それでも、俺は隣にいたい。貴女が成婚をされた後も、ずっと貴女を守る覚悟は決めています。だけど、その時がくるまでは、貴女の愛を俺にください...」
タイリーはそういうと、私の右手をそっと持ち上げて、恭しく唇を落とした。
「ねぇ...それ、プロポーズみたい...」
頬に涙を流しながら、笑みを浮かべてそういえば、タイリーはそっと立ち上がって私の頬に手を添えた。顔には笑みが浮かんでいる。
使用人と主人だから、決して私達は自分の思いを口にした事がなかった。それでも、たまに向けられる熱のこもったその視線に、何度だって泣きそうになった。素直に言ってしまいたいと何度だって思った。それでも、一線をきちんと引いている彼のその努力を無視するなんてできなかった。
「...きっと、お祖母様にばれたら終わりだよ」
「うん」
「...きっと、ずっと会う事なんてできなくなる」
「うん」
「...そんなリスクを私の為に背負う必要なんて...」
「ヒヨリを愛してる」
「...!!」
「ずっと、ずっと言いたかった。出会ったあの時から、ずっと俺は君だけを愛してた。本当だ」
涙が止まらない。タイリーに、あのタイリーに、なんて言われた?口を両手で覆いながら、私は何度も首を縦に振った。
「だから、君が結婚をするその時までは、俺だけを見て欲しい」
もしもばれたら、終わりだ。一刻も早く帰国させられるだろうし、タイリーだって家を追い出されるだろう。そんな危険しかない行為に、私とタイリーは出ようとしている。
だけど、それでもいいと思った。
好きなだけなのに。好きな人に、好きだと言いたいだけなのに。
許されないからなんなんだ?どうして純血を守るために、好きな人への気持ちを無視しないといけない?
「結婚をしても、私のそばに、いてくれる...?」
なんてわがままな事を言うのだろうと思った。自分は別の男と結婚をするのに、それでも、タイリーにはそばにいて欲しいだなんて。
タイリーは、頬に手を添えたままゆっくりと涙を親指の腹で拭った。
私も彼の手にそっと添えて、きつく握りしめる。タイリーの目に目を合わせて。タイリーは、その端正な顔に笑顔を浮かべて、私を見つめ返していた。
「もちろん、ずっと君のそばにいる」
私は、彼の手から手を離し、腕を伸ばした。タイリーの首に腕を回して、身体を寄せる。タイリーは私の腰に腕を回して、同じようにきつく抱きしめ返してくれた。
2年前、タイリーに抱きしめられたあの時よりも、幸せに満ちていた。
ずっと、聞きたかった言葉だった。ずっと、その言葉が欲しかったのだ。
涙が止まらない私の頭を何度もやさしく撫でながら、タイリーは耳元に唇を寄せて小さい声で何かを囁く。その言葉が聞こえた時、私はタイリーの顔を見つめながら、笑みを浮かべて首を縦に振った。
そっと近づくタイリーの顔。私は目を閉じて、唇にほんのりとともる温もりに身を委ねた。
遠くの方で、なにやら騒がしい音が聞こえる。妖女シスターズだろうか。アンジーとフレッドがやけに盛り上がってる大きい声が聞こえて、私とタイリーは唇を合わせながらお互いに笑ってしまった。
数秒が経って唇を離せば、タイリーが少し恥ずかしそうな顔をしながら私を見ていて。歳相応なその様子に、思わず笑う。
広間は未だに、喧騒を残してる。タイリーは私の腰に腕を回して、広間のほうへと促した。お互いに笑みを浮かべながら、足を動かす。大広間に入ったら、まずは彼らを探さないと。きっとアンジーとアリシアは泣き出すだろう。1年の頃からずっと、応援してくれていたのだ。
フレッド達はどうだろう。双子とリーはきっと歓声をあげながらタイリーの背中を叩くだろう。セドリックは?彼はおそらく、やさしくタイリーの肩に手を置くはずだ。
そんな親友達の行動を予想しながら、私とタイリーは手をきつく握って大広間の中に入る。私達に気づいたフレッドとアンジーがいち早く歓声をあげて、その声につられるように、アリシアやリー、ジョージにセドリックが私達を見る。
大切な人達の笑顔が、私とタイリーを迎えてくれた。
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