3

ヴォルデモートが復活した。
それを、イギリスの魔法省はダンブルドア先生とハリーの嘘だと言い放った。そんなわけあるはずがない。日本は一度、闇の魔法使いの侵攻を受けている。その過去が、ヴォルデモートの復活という噂の信頼を助長していた。





それを裏付ける1つの事実は、ヒヨリの結婚が早められた事にあった。あと1年ホグワーツに通った後に結婚をする約束だったはずなのに。有無を言わせずに、ヒヨリの結婚、ならびに俺と彼女の退学を義務付けた当主のコトヨ様から、俺達は逃げ出した。

俺達と言うと語弊があるか。俺が彼女を、連れ出した。

たとえバレても構わない。現実から逃げる事がいい事であろうと悪い事であろうと、ただの学生である俺に出来る事は、彼女をあそこから連れ出す事だけだった。

俺はどうなってもいい。どうせ一人だ。だけどヒヨリは、幸せにしてあげたい。今無理やり学校を辞めさせられて結婚をする事が、彼女の幸せに繋がるだろうか。いずれ結婚することは知っていても、でもそれは、彼女が全てをやりきったと思った後だ。

今、彼女は何かをやり切れたか?まさか。ホグワーツを途中で投げ出すのに、何をやりきったと言うのだろうか。
だから俺は、ヒヨリと共に、イギリスに逃げ出した。




さて、ここで現実に帰って今の事態を考える必要がある。
漏れ鍋の店主に出されたマグカップに入ったコーヒーを、両手で暖めるように握っているヒヨリの肩に手を回す。カタカタと鳴っている彼女の手や肩の震えが、どうか治ってほしくて。

フードを被って周りから見えないように二人で固まる。ヒヨリだけでもいいから、どこか安全な場所にいる必要がある。アンジーかアリシアに連絡をするべきか。彼女達なら学校が始まる何日間かは置かせてくれるのではないか。

頭の中で考えても何も始まらない。とにかく行動あるのみだ。彼女の肩から一旦手を離し、店主のトムに梟をかしてもらえないか尋ねようと立ち上がろうとした時、隣に座るヒヨリに手を引っ張られた。

「...ヒヨリ?」
「行っちゃダメ、タイリー...」

イギリスに着いたとしてもホグワーツに入るまでは安全とは言えない。たしかに、今一瞬でも彼女から離れる事は良い索とは言えないだろう。

引っ張られるがままに椅子に戻る。もうこの際見つかってもいい。ヒヨリの側で彼女を守れれば、それで。もう一度腕を伸ばして、今度はしっかりと腰に回して抱きしめる。頭を胸元に凭れさせて、彼女の顔が誰にも見られない様に。周囲の視線から逸らす様にきつく抱きしめた。

その時。店の扉が開いて、よく見知った人の声が聞こえた。

「ヒヨリ!!タイリー!!」
「おいタイリー!!」
「ヒヨリ!!」

アンジー、リー、アリシアだ。何故、ここに居ると分かったのか。弾かれた様に俺の胸元から顔を上げたヒヨリは、ローブのフードを外すと椅子から立ち上がりアンジーとアリシアの名前を呼んだ。

店の扉から駆け寄って来た二人が、ヒヨリを抱きしめる。あとに続いてリーが、俺のところまでやって来ると俺の肩を抱きしめて、何度か叩いた。

「どうしてここが...」

手紙を出そうとは思ったが実行はしてない。何故俺達が今イギリスにいて、かつ緊急を要していることに気づいたのか。アンジーが、ヒヨリを抱きしめていた手を離すと俺の顔を見て口を開いた。

「貴方達のウミツバメよ。この前日本に行った時に乗せてもらったでしょう?それが、私の家の窓の前にいたの」
「俺も同じくだ」
「私はアンジーに教えて貰って来たわ」
「一体何があったの...?」

イギリスまで送ってくれたウミツバメ達が、わざわざアンジーとリーの家に向かってくれたらしい。日本にいるはずの魔法生物が、しかも俺とヒヨリの飼っているモノが来たと言うだけで、何かがあったのだろうと感じたのだろう。ウミツバメの賢さもさることながら、3人の勘の鋭さにも舌を巻く。

とりあえず座ろうとリーが言ったためにもう一度椅子に座りなおした。

「...で?どうしてイギリスにいるんだよ?」

リーのその言葉に、またヒヨリの肩が上がるのがわかった。それを横目に見て、口を開けそうにない彼女の代わりに俺が話す。元々俺が話すつもりだった為構わない。

「当主のコトヨ様が、ヒヨリの結婚を早める事にした」
「...つまり?」
「来週、ヒヨリの結婚が決まって、俺と彼女は今すぐにでもホグワーツを辞めさせられそうになってる」

純血主義がどれぐらい重いのか。これがどれだけ苦しい枷になっているのか。
この出来事だけでも十分に伝わるのではないか。驚きすぎてか呆れてか、口を大きく開いたままのアンジー達に、思わず苦笑をこぼした。

「驚いただろう?これが陸奥村家の純血主義なんだよ」
「タイリー...」
「...アンジー、アリシア。どちらでも構わない。ヒヨリだけでも、匿ってくれないか」
「もちろんいいけれど、ヒヨリは、タイリーと離れても構わないの...?」

アリシアの言葉に、隣に座るヒヨリを見る。きっとさっきと同じ様に「嫌だ」と言うのだろうけれど、そうも言ってられない。彼女の肩に腕を回して、ゆっくりと話しかける。

「ヒヨリ、君だけでも隠れるんだ」
「でも...タイリーは...!?」
「最悪俺は見つかってもいい」

きっと彼女は許さないだろうけれど、これが俺の本心だ。黙って俺たちの話を聞いていたリーが、途中で口を開いた。

「フレッド達に言おうぜ。あそこにはジニーもいるし、女も男も関係ねーんじゃねーの?」
「そうね...私やアンジーのところだと、ヒヨリは匿えてもタイリーは難しいし」
「俺の家だと逆だ」

いいのだろうか。こんな、俺達の家のいざこざに巻き込んでしまって。申し訳ない気持ちが溢れていて、俺もヒヨリも何も言えずに黙って彼らの顔を見続けた。

「善は急げ、ね。まだ日本は朝になってないわよね?」
「うん...」
「早く連絡しましょう。今からフレッドに手紙を書くわ。きっとすぐに見てくれる」

アンジーが杖を振り羽ペンと羊皮紙を取り出した。机の上に広げて、簡潔に説明してくれているのだろう、揺れている羽ペンを見つめる。

「...すまない」
「何言ってるの」
「困った時はお互い様だぜ、タイリー」
「そうよ。貴方達が大事だから、してる事なの。お礼は無しよ」

友達だから。親友だから。それだけで、どうしてここまで構ってくれるのか。
そんな無粋な質問を問いかけるほど、俺達は長い年月を過ごして来たわけじゃない。




prev next


ALICE+