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フレッドたちに連れられてやってきたのは、グリモールド・プレイス12番地という所。なぜここにハリーやハーマイオニー、さらにはシリウスにリーマスまでいるのか。よくわかってはいないが、俺達の話を聞く体制にすでになっている彼等に、『ここはどこですか』『なんでハリー達がいるんですか』なんて無粋な質問を投げる余裕はなかった。

「それで?一体どうしたんだい?」
「どうして日本からイギリスに来た?」

斜め前に座るリーマス、シリウスがそう言った。裁判以来久しぶりに見るシリウスは、さすがブラック家なのか、こぎれいな服を着ていて貴族らしい姿だった。
奥からはお湯の沸く音がシューシューと聞こえていて、シーンとしている部屋に音をもたらしていた。無音すぎると力が入る。今ぐらいの音は、逆にありがたかった。

「...日本は、闇の帝王の復活を信じている。もちろん、ハリー。君の事を信じていない訳じゃない」

フレッド達の隣に座るハリーに視線を向ける。名前を呼ばれてか、少しだけ肩をピクリと揺らしたハリーに、笑顔をこぼした。それでもうまく笑えていなかっただろうが。

「陸奥村家の現当主であるコトヨ様を筆頭に、日本は国を閉じる事を決定した」
「閉じるって...?」

ロンがそう言った。こっちを見つめる彼の顔つきも、歳を重ねるごとにどんどん大人に近づいていて。こうやって心配そうに見られる時が来るとは、あの頃は思いもしなかっただろうなと思う。

「鎖国...かしら?」
「あぁ、そうだ」

ハーマイオニーの言葉に頷く。ハーマイオニーの隣ではハリーも、何かわかったのか納得している表情を浮かべていた。

鎖国とは何か。マグルの授業をならっていない人間ならわからないだろう。小学校に通っていた時にでも習ったのか、この中で唯一マグルであるハーマイオニーが、答えた。

「鎖国ってなんだ?」

ジョージの疑問にどう答えるべきか。少し口を閉じた時、ハーマイオニーが代わりに説明をした。日本の貿易や外交を全て閉ざして、日本の情報や外国の出入りを全て禁止にした政策。言って仕舞えば、日本の孤立状態を指している。

「あぁ。ハーマイオニーのいう通りだ」
「だけどそれは、数百年も前の事よ。それにマグルの世界での話だわ」
「いや、鎖国はマグルだけじゃない。むしろ日本の魔法界が鎖国をしたがっていたんだ。マグルのそれは、魔法界の出来事を誤魔化したにすぎない」
「...どうして?なんでそんな事をしたんだ?」

ロンのその質問には、俺の代わりにリーマスが答えてくれた。

「日本は他の国と違って魔法の由来が違う。小さな島国にとって、古来の魔法に他の魔法が交わる事はあってはならない事だったのさ。だから、他の国との交流を断ち切った」

昔のそれは失敗に終わり、結局は多数の国の魔法使いが出入りをする国の一員となったわけではあるが、しかし失敗だけではなかった。鎖国をしていたおかげで、古来の魔法には血が根強く受け継がれているし、他の国の魔法使いには真似できない伝統の"守護魔法"も残っているのだから。

だからこそ、日本は狙われやすい国になったのだが。

「守護魔法は狙われやすい。それは日本人なら誰もが知ってる事なんだ。だから、当主のコトヨ様を筆頭に、日本の魔法界は国を一度閉じる事で、闇から逃げる事にした」
「つまり?」

難しい話は苦手なフレッドらしい、眉をしかめたままそう聞いて来るフレッドに、俺は言葉をかけた。

「俺達はホグワーツを退学させられそうになってる。それに伴って、来週、ヒヨリの結婚が決まった」
「...え...?」

誰の声かはわからない。だが、全員が目を見開いて驚いているのがわかった。

「...逃げるしかなかった。このままホグワーツを退学させられて、ヒヨリが望まないまま結婚をするなんて、黙って見ていられなかった」

鎖国をするという事は、日本が今どれほどまでに危険に晒されているのかということを表している。そんな状況下で逃げ出す事がいかに危険な事なのか。もちろん分からない訳ではなかった。それでも。

「...逃げ出したはいいけれど、思いつくのはイギリスだけで。例え来れたとしたって、家の人間にバレるのは時間の問題だ。俺達には頼れるような人間も、フレッド達しかいない...」

息も耐え耐えにそう言い切れば、立って話を聞いていたフレッド達の父親、アーサー氏が俺の肩に手を置いた。彼はまっすぐに俺の目を見つめていて。

「ダンブルドアはこの事をご存知なのかい?」
「...わかりません。今日の夕方には、書類を送ると当主は仰っていましたが...あぁ...もちろん俺もヒヨリも、学校を辞めたいなんて思っていません...!!」

誰が辞めたいと思うだろうか。あと1年過ごせば卒業なのに。こんな中途半端なところで、辞めるだなんて。俺の必死な思いは伝わったのだろうか。隣で震えているヒヨリの肩を抱きしめる手に力を込め、アーサー氏を見つめ返した。

「わかった。ダンブルドアは、学びたい意思のある生徒を辞めさせたりはしない。学校が始まるまでは、ここにいた方が安心だろう」
「あぁ、アーサーの言う通りだ」

シリウスの言葉に、鼻の奥をきつく締める痛みが襲った。
頭を下げる。隣にいるヒヨリも同じように深々と頭を下げて。二人で同時に、「ありがとうございます」と、出来る限りのお礼を言った。

「君達は私の無罪を主張してくれた。...命の恩人さ。次は私が、君達の助けになろう」

実際、俺達はシリウスに何もしていないのに。ここまで優しくされる事に慣れていない俺とヒヨリは、何を言えばいいのか。二人で口を閉じたまま、下を見続けた。

「...さぁ、暗い話はこれで終わりにして」

モリーさんの明るい声が広まる。その言葉が少しだけ震えているのは何故だろう。顔をあげて台所に立つ彼女を見れば、両手にお盆を持ち沢山のマグカップを乗せていた。そのコップ1つ1つから湯気が出ていて、それをこっちに持って来ると、丁寧に手渡しでそれを渡していった。

「...ホットミルクよ。長旅で疲れたでしょう...?これを飲んで、しっかり休みなさい。でも貴方達は、これを飲んだらすぐに寝るのよ」

俺とヒヨリには、優しい笑顔を浮かべながら渡してきたかと思えば、すぐさまフレッド達には厳しい顔を見せる彼女に、これが母親というものなのかと少しだけ感慨深く思う。モリーさんはこちらを振り返り、何も乗っていないお盆を脇に抱えて俺達をみた。

腰につけているエプロンを目元に持って行き何かを拭ったあと(きっと涙だ)、また笑顔を見せて、ヒヨリの頬に手を伸ばす。優しく何度か頬を撫でた後、彼女は口を開いた。

「...母親のように、接してくれていいのよ」

その言葉に、俺もヒヨリも何も言えずにただ呆然と、モリーさんを見つめた。ウィーズリー家の人間は、どうしてこうも優しい人たちが集まっているのだろう。それこそが、全員グリフィンドールである所以なのだろうが。

「...ありがとうございます。本当に...ありがとうございます」

ヒヨリが立ち上がり、頭を下げて、お礼を言う。俺も立ち上がり、同じように言葉を繰り返せば、フレッドが手をぱんと叩き「キリがねぇ」と言った。確かに、このままだときっと朝になるまでお礼を言いつづけるだろう。その言葉に笑いを零して、顔を上げれば、全員が俺たちを優しく見つめてくれていた。




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