9


「いい?ヒヨリ、守護魔法はね?どれだけ対象を守りたいか。感情をどれだけ強く込めたかが大事なのよ」

お母さんはそう言うと私の前に笑いながらしゃがみこみ、手の平を差し出した。その上にそっと自分の手を乗せれば、お母さんは優しく私の手を握りしめる。お父さんも一緒になって、お母さんを抱きしめるように私の肩に手を置いて、ゆっくりゆっくりと優しい何かを送り込んできた。

流れ込むのは暖かいモノ。手の平から腕にかけて、肩から胸元にかけて、ゆっくりとそれが私の身体全体を包み込む。その温もりが離れる時、お母さんとお父さんは私から手を離して、じっと私の顔を見つめていた。さっきまでの笑顔はどこへやら。お母さんの後ろではお父さんが杖を握りしめながら、後ろの扉を睨んでいた。

「お母さん達が昔住んでいたイギリスではね、愛が最も強い魔法と言われているの...でもね、日本は少しだけ違う」
「違うって...?」

お母さんはそこまで言うと少しだけ顔を歪ませて、瞳をゆるゆると光らせた。私の質問には答えずに、お母さんは少しきつく私を抱き締めると、立ち上がる。どうしたのだろう。なんだか不吉な予感がする。

「大丈夫...いつまでも、貴女を守ってるからね」
「あぁ、そうさ、ヒヨリ。いつまでも、ずっと」
「...お天道様が?」
「いいえ、私達が、貴女を」

ずっと。いつまでも。

お母さんとお父さんの顔をゆっくり見上げる。なんの話だろう?どうして二人は、クローゼットの奥底に眠らせていたローブを着て、深く深くフードを被っているのだろうか。

ひどい雨が小さな家の窓を強く打ち付ける。風も吹いていて、しっかりと耳を澄ませないと二人の声が遠くに飛ばされていきそうだ。

彼女達の足元に、すがりつく。なんだかおかしい二人を、子供の私が正気に戻さないと。それでも小さい子の力なんてたかが知られていて、私の力じゃ二人を止めることなんてできなかった。杖を握りしめながら家の玄関に手をかけたお父さんとお母さんは、肩越しにゆっくりと私を振り返り、口を開いた。

「ヒヨリを産んで、よかった」
「いつまでも、ヒヨリの幸せを願っているよ」

玄関の扉を開ければ、そこにいたのは黒いローブを見に纏い、骸骨のような不気味なお面を顔につけている人達が何人も家を囲んでいた。途端に行き交う緑や赤色の閃光が部屋中に広がり、私は耳を手で閉じてその場にうずくまった。
その言葉が、二人の最後の言葉だった事を、この時の私は知らなかった。











「...!!」
「おはよう、ヒヨリ」

目を開けた。太陽の光が部屋を照らしている。隣のベッドではちょうど起きていたのか、上半身を起こして腕を伸ばしていたハーマイオニーが、挨拶をした。

「おはよう、ハーマイオニー」

懐かしい夢を見た。もうずっと見ていなかった夢。小さい頃は毎日のように、うなされるように見ていたというのに。いざ自分が日本から逃げだせばこうやって見てしまうのだから、人の深層心理というのは怖いものだ。

「下に行きましょう。教科書のリストがきてるはずだわ」

朝一番に、その話をするハーマイオニーには流石の一言だ。思わず苦笑をこぼして、ベッドから足をだして立ち上がる。夏にはそぐわない少しひんやりとした床が足に伝わった。

二人で階段を降りてリビングにはいれば、そこにはすでにジニーとモリーさんが台所に立っていた。いい匂いがする。ひとりでに動き出すヤカンやフライパンが、なんだか家庭的で和やかな雰囲気を持っていた。

「あらおはよう、ヒヨリ、ハーマイオニー」
「おはようございます、モリーおばさん」
「モリーさん、おはようございます」

ニコニコと笑顔を浮かべるモリーさんとジニー(やっぱり親子だからか笑い方が似ている)に挨拶をして、ハーマイオニーとともに二人の隣に立つ。昨日からモリーさんに料理を教えてもらっているのだ。料理と言っても、ずっと大きい家ですごしていたために包丁も使った事がない私にでもできる事だけだけど。

モリーさんに教えられながら、ジニーやハーマイオニーにコツを教えてもらいながら手を進める事何分か。階段を降りる数人の足音が聞こえて、リビングにその姿を見せた。

「「おはようママ」」
「おはよう寝坊助さん達。タイリーも、また起こさせてしまってごめんなさいね」
「いえ...おはようございます」

寝癖をぴょんぴょんと跳ねさせているフレッド達の隣で、少し呆れたように笑うタイリーが私の姿に気づいて口を開いた。「おはよう」日本語で、私にだけ通じるように動いたその口に、思わず笑顔を零す。

「さぁ朝ごはんを食べましょう」

こんなに賑やかな朝というのは生まれて初めてで。大家族のウィーズリー家らしいその和やかさが、なんだか無性にこそばゆかった。急かされるように椅子に座らされて、目の前にお皿を置かれる。いい匂いを漂わせるのはスクランブルエッグにベーコン。これぞ洋食といったご飯だ。フォークとナイフをもちながらゆっくりと口に運んでいれば、台所の窓際にフクロウが一羽やってきた。大量の手紙を持っているそのフクロウをなかに入れさせて、一人一人の名前を呼びながらモリーさんが手紙を渡していく。

「ハリーに...タイリー、ヒヨリ。貴女達にもきちんとあるわ」

その言葉に、思わず破顔する。フレッドとジョージはタイリーの肩を大きく叩き、ハーマイオニーには腰元を抱き締められた。椅子から立ち上がり彼女から手紙を受け取る。中にはしっかりと私の名前が書かれていて、今年で最後の買うべき教科書の名前が書かれていた。今までとはまるっきり少ないその量に、思わず目を丸めてしまう。

その時、隣に座るハーマイオニーに突然腕を叩かれた。少し興奮してるようで痛かったが、そこは我慢して「どうかしたの?」と声をかければ、彼女の持ってる手の中からよく知るものが見えた。

監督生バッチだ。

「ハーマイオニー!!」
「まさか...私が監督生だなんて...!!」

それが本当に謙虚なところから来る言葉なのは、長年彼女と共にいたからわかる。それでも第三者から見れば、彼女ほどの優秀な魔女が監督生に選ばれないわけがないので、当たり前だ。共に手を取り合って喜びをわかちあっていれば、私達とは違う歓声が前の方から聞こえた。それは歓声というよりも、悲鳴だった。

「おいおいタイリー嘘だろ...!?」
「嘘だと言ってくれよタイリー!!」

フレッドとジョージによって肩を揺さぶられているのはタイリーだ。
タイリーの少し長くて黒い髪が、その揺れによってバッサバッサと音を立てて乱れている。少しこめかみが震えているのは気のせいだろうか。

「やめなさいよ、タイリーが動けなくなってるわ」

呆れながら二人にそう声をかけるハーマイオニーと同じように、少し笑いながら手を伸ばして、タイリーの肩を掴んでいる手をどけさせる。どうかしたのかと聞けば、タイリーではなくフレッドが大げさに肩をあげながら声をだした。

「見ろよオジョー!!」
「head boy!!首席だぞおい!!」
「タイリーが首席なのは、当たり前だわ。6年間ずっと学年1位だったんだもの」
「ハーマイオニーのいう通りタイリー以外に取れる人なんていないでしょ...おめでとう、タイリー」

何を当たり前な事を。フレッド達に呆れながら、タイリーに向かっておめでとうといえば、乱れに乱れた髪の毛を手で撫でつけながら目尻を下げたタイリーが「ありがとう」と答えた。

そんなタイリーの横では、どうやらハーマイオニーと同じように監督生バッチをもらったらしいロンを、次の標的に決めたフレッド達がタイリーの代わりに揺さぶっていた。

彼の赤い髪の毛がバサバサと音をたてながら揺れている。それを必死に笑いをこらえて見て入れば、ロンの隣に座っているハリーの顔が少し暗いことに気づいた。自分の親友達が監督生に選ばれて嬉しいだろうに、なんだか少し寂しそうな表情で。

思わず、ハリーのことをじっと見つめてしまった。




prev next


ALICE+