「この穢れた血め」

頭に血がのぼるというのはこのことか、と思った。なんて言葉をこいつは言うのだろう、と。

「落ち着け、ジョージ、フレッド」
「離せタイリー!!」
「こいつの言葉をお前も聞いただろ!?」

穢れた血。

そんな言葉をよく言えたものだ。
思わずマルフォイに向けて伸ばして握りしめた拳を俺より少し背の低いタイリーが腕を伸ばしてそれを止めた。同時に飛びかかろうとしているフレッドの首根っこを掴んでいる、
後ろにいるアンジーとアリシアも、限りなく最悪な言葉を吐き出していた。

「よくも言ったな?マルフォイ思い知れ!!ナメクジ喰らえ!!」

ロンが杖を取り出し、マルフォイに向けて呪文を放つ。だけど、その杖は折れていてうまく発動しなかったのか、反動で返ってきて、ロンは背中を打ち付けて床に寝転がっていた。
そしてナメクジを吐き出すロンにハーマイオニーとハリーが近づき、背中をさすっている。

そんなロンを笑っている最悪な最低なスリザリンの声を止めたのは、するりと俺たちの間をすり抜けて奴らの前に立ったオジョーだった。

タイリーはその姿を見て目を見開き、慌てて俺たちを手放すとオジョーの近くへと寄った。

「...なんだ?」

怪訝そうな顔を浮かべてオジョーの顔を見上げるマルフォイ。オジョーは俺たちに背中を向けているため、その顔を窺い知ることができない。

オジョーはゆるりと右手を挙げる。握手でもするのかと思うほど、ゆっくりと。それでもその右手はすぐに空を切り、その後にはパンッ!!という綺麗な音が鳴り響いた。

「...何をする!!!!!」

左頬を打たれたマルフォイはその顔を真っ赤に染め上げて、オジョーをきっと睨み上げる。

それを見た俺たちは唖然とする。時が止まったかのような気分だ。

あのオジョーが。あの、いつも呑気に笑いながら、俺たちの悪戯に呆れたり、アンジーたちと雑誌を見ながら笑ったり、あまり争いごとを好まない性格の、あのオジョーが。あの、ヒヨリが。


マルフォイを、ぶったのだ。



「失礼、君は由緒正しい純血名家の一つ、マルフォイ家のご子息だとお見受けするけれど?」

そして紡がれた声は、俺たちの聞いたこともない、抑揚のない冷めた声だった。

キレている。

後ろ姿しか見えないけれど、それだけはわかった。
オジョーの横に立っているタイリーが一瞬めを見開いてオジョーの横顔をちらりと見て、そしてすぐに顔を引き締めて、ヒヨリを守るように腕を伸ばす。

「あぁ、そうだ」

マルフォイの周りにいるスリザリンのやつらもその視線で人を殺せるんじゃないかというぐらいきつく、ヒヨリを睨んでいた。

「おかしいな。純血名家の生まれなら、君が言ったその言葉がどれだけ最悪で最低な蔑称なのか、わかってると思うんだけれど」

静かな声だった。

「言っておく。魔法界において、貴方含む純血名家の発言はどの地位の人よりも決定的な力があることを忘れない方がいい。マルフォイ家はイギリスの魔法界でも格別違う。君のその一言に、どれだけの力が潜んでいるのか。今一度、その無い脳みそを絞り上げて考えなさい」

ヒヨリは今、最高にブチ切れている。それはもう最大限に、だ。
俺たちの悪戯が近くにいたアンジーたちに降りかかった時よりも。レポートを写したことがバレて俺たちよりも写された本人であるタイリーが咎められた時よりも。どんな時よりも今のヒヨリの声には、怒りが潜められていた。

「将来マルフォイ家を継ぐ気なら、今のその発言でさえ家の格式につながる。家を継ぐということがどういうことなのか、きちんと自覚しながら言葉を選びなさい」

そうか、と思った。きっとアンジーたちも同じように思っただろう。

オジョーは。ヒヨリは。マルフォイ家にも劣らない高貴な貴族の家の一人娘だ。跡取りだ。あんなにものほほんとして、たまにドジをするところがあるけれど、あいつは日本ではトップに立つ純血名家のお嬢様だ。

だから、許せないんだ。同じ立場であるマルフォイの言動が、誰よりも、許せないんだ。




「言いたいことはそれだけか?このイエローめ」




イエロー。日本人を蔑む最低最悪な差別用語だ。
こいつはハーマイオニーだけじゃなく、ヒヨリのことも。

俺とフレッドはまた頭に血が上り、二人のところへ寄ろうとした。だけど、それを止めたのは。アンジーとアリシアが誰よりも早く二人の近くに行ったからでもない。二人を尊敬しているあのハーマイオニーがローブの中に腕を伸ばし杖を構えたからでもない。

オジョーの隣に立っているタイリーが、この上ないほど拳をきつく握りしめているからだ。

あのタイリーが、我慢しているからだ。


「はっ。シェバン家のレベルも下がったものだな。イエローに仕えるようになるなんて」


マルフォイは次に、タイリーを見上げながらそう言った。
その言葉に、スリザリンのやつらは手を叩きながらタイリーを笑う。

もう、我慢できない。俺らの親友を、後輩を、馬鹿にしやがって。

アンジー、アリシアも顔を真っ赤にしてオジョーの前に立とうと足を動かす。俺とフレッドもタイリーの横に立ち、スリザリンのやつらを睨み上げた。そんな俺たちの前にはフリントが憎たらしい面を下げながら俺たちの前に立ちふさがる。

「うわっ」

小さい悲鳴が斜め前から聞こえた。慌ててそっちを見れば、マルフォイの胸ぐらを掴みあげて顔を近づけるオジョーがいた。それを慌てて止めようとオジョーの腕を掴むタイリー。

「差別用語しか出ないなんて、君の語彙力はよっぽど乏しいらしい」
「離せ!!父上に言いつけるぞ!!」

バタバタと慌てふためくマルフォイ。それでも尚オジョーは力を緩めることなく、ゆっくりと、はっきりと、俺たちにも聞こえるようにこう言った。



「あなたの大好きな父上にいいつければいい。でもその時は、一言一句違えずにこう伝えなさい。

日本の由緒正しい純血名家の華族の一つ、陸奥村家次期当主、陸奥村ヒヨリにぶたれました、ってね」



そう言って、オジョーは勢いよく地面に放り投げるようにマルフォイから手を離す。そして後ろにいたオリバーの肩を叩き、「長引いたごめん」と、ただそれだけを言ってロンの元に近づいた。

「ハリー、ハーマイオニー」
「あ、うん...!!」

名前を呼ばれたハリーとハーマイオニーが慌ててオジョーの名前を呼ぶ。未だにナメクジを吐いたままえづくロンを支えながら歩く二人に、付き添うように歩くオジョー。その隣を、当たり前のように歩くタイリー。

消えていく5人の後ろ姿を俺たちは見守りそして最大限の憎しみを込めて、スリザリンのやつらを睨んだ。

タイリーが、我慢したんだ。

俺たちも、我慢しないと。



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