18

バックビークの処刑が決定したらしい。

ソファに座り教科書を眺めていた時、ハーマイオニーが泣きそうな顔をしながらしわくちゃの手紙を持ってきた。後ろにはロンとハリーもいる。二人の顔もとても青ざめていて、手が少し震えているようだった。

「...ルシウス・マルフォイは思った以上の人だった...って感じだね」

お嬢様はそう言って、ハーマイオニーに手紙を返す。彼女の頭をそっと撫でながら、お嬢様は下唇を噛みながら重々しく口を開いた。

「貴族に勝てるのは貴族だけ...か」
「ヒヨリ?」

お嬢様はハーマイオニーの頭を撫でていた手をそっと離し、ハリー、ロン、ハーマイオニーの前に立ち上がった。そして、三人の顔をじっと眺めるといつものように優しい笑顔を浮かべて言った。

「まだ、再審理があるから。確実に勝てるように、資料集めをしよう。なんなら、私の名前を使っても大丈夫だから。できる限り、お手伝いするよ」

そういったお嬢様の顔を、泣きそうな顔で見つめたハーマイオニーは、耐えられなかったのか、そっとお嬢様の胸元にしがみつき、肩を震わせていた。
泣いてしまったハーマイオニーを見て、慌てたようにおろおろとするロンを、ハリーが少し苦笑しながら見て、お嬢様の方に少し近づくと「ヒヨリ」と、お嬢様の名前をつぶやいた。

「...ありがとう、ヒヨリ」

そのハリーの言葉に、お嬢様はただ首を横に振ってハリーに笑いかけていた。






再審理で確実に勝利をしないと、バックビークは死刑になってしまう。ここ一番の大勝負でもあるから、お嬢様と俺は試験勉強の合間に図書館にこもって、ハーマイオニーたちとともに資料集めに勤しんでいた。

「やぁ、何を今更やってるんだい?」

本を積み重ねて目を走らせている時に、ふと聞こえた声。顔を上げてその姿を確認すれば、プラチナブロンドの髪が目に入ってきた。

「...マルフォイ、何の用だ」
「おやおや、ポッター。目上の人への口の利き方がなってないな?」

やってきたのはドラコ・マルフォイ。今回のこの裁判の一番の原因と言っても過言ではない張本人だ。ドラコはニヤニヤと笑いながら、俺たちの机のそばに立つと、ハリーを見下すようにそう言った。

「誰が目上ですって?」
「おやおや、その箒の様な髪はなんだい?おしゃれのつもりかい?グレンジャー」

立ち上がり、ドラコに向かって睨むハーマイオニーの隣に立つ、ハリーとロン。図書館で流石に喧嘩はしないだろうと思っていた俺とお嬢様は、目を見開きながら四人の動向を見ていた。

「また殴られたいわけ!?」
「なっ...!!」

ハーマイオニーの言うその言葉に、ドラコは顔を真っ赤にして、慌てて周りをキョロキョロと見渡す。今はちょうど、図書館にも人が少なくて聞こえてはいないが、マダム・ピンスはこっちをギロリと睨んでいた。
さすがにこのままではとんだとばっちりだ。俺とお嬢様は顔を見合わせて杖を振り、俺たちの周りに防音魔法をかけた。

「殴った殴られたの話は詳しくはわからないけど、とりあえず落ち着きな皆」
「ヒヨリ!!」
「これが落ち着けられるって!?君は正気なの!?」

ハーマイオニーの隣で、ロンが大声をあげながらお嬢様にそう言う。防音魔法をかけているとは言っても、さすがに声を抑えろと、俺はロンに言った。

「いいから座って。マルフォイ、君も」
「はぁ?何故僕が君の言うことを聞かないといけないんだ」
「これが目に見えない?監督生の言うことは聞かないと、スリザリンから5点減点するよ」

そう言って、お嬢様は自身の胸元にある監督生バッチを指差して、ドラコを見る。それを見たドラコは顔をしかめて、渋々と言われた通りに椅子に座った。それを見て少し驚いた顔をしたハリーたちにも、お嬢様は座ってと一言言い、全員を椅子に座らせる。

それを見て、少しフゥと息をついたお嬢様は、目の前に座ったドラコをちらりと見て、さて、と口を開いた。

「ハーマイオニーがマルフォイを殴ったことは初めて知ったんだけど、まぁ、今はそれは置いておいて。なんでハーマイオニーが君を殴ったのか、それはわかってる?」

足を組んで、手の甲に顎を乗せながらドラコに向かってそう言うお嬢様を、ドラコはジロリと睨む。
その姿を見たハリーが「マルフォイ...!!」と怒鳴りそうになっていたが、どうにか腕を伸ばしてそれを止めた。

「はっ。わかるわけないね、穢れた血の行動の意味なんか」
「お前...またそれを!!」

ロンが机をドンと叩いて立ち上げる。俺は次にロンの背中を掴み、無理やり椅子に座らせた。「離せよタイリー!!」と叫ぶ彼を杖を振って黙らせて、俺はため息をついた。この時期の男子はこんなにも短気だったろうか?もしかして俺も?

「バックビークの処分ってどうなるか知ってる?」
「さぁ?あの森番共々首ってところかい?」

お嬢様のその言葉を聞いたドラコは、ニヤリと笑いながらふんぞり返る。腕を組み、背もたれに背中をくっつけて優雅に足を組むその姿を、ハリーはジロリと睨んでいた。

「違うよ」

そんなドラコの姿を見ても顔色ひとつ変えずに、お嬢様は言った。
その言葉を聞いたドラコは、眉を少しひそめると、お嬢様の目をじっと見つめる。その姿を見て、おや?と思ったのは俺だけではなかったようだ。ハーマイオニーも同じように、首を少しかしげて、ドラコに向かって「マルフォイ」と名前を呼んだ。

「貴方、詳しいことは知らないの...?」

勝手に処刑と言って上から見物しているのはルシウス・マルフォイだけ。息子をダシにして、彼はダンブルドア先生に一泡吹かせたいだけなのだろう。

ハーマイオニーのその言葉に、ドラコは余計に眉をひそめて、どういうことだ、とお嬢様に聞いた。

「バックビークは、処刑されることになった」

お嬢様はただ、ドラコの目をしっかりと見つめながらそう言った。それを聞いた彼の顔は、見る見る内に青ざめていく。
まさか、自分の言った一言で、ひとつの生き物の命が消えるとは思わなかったのだろう。

「よかったね。いなくなって欲しかったんでしょ?」
「僕は...!!」

お嬢様は未だに姿勢を崩さずに、ドラコを見る。いや、それはまるで睨んでもいるようだった。

そんなお嬢様を見て、ドラコだけじゃなくハーマイオニーもロンもハリーも、息を飲むように固まった。

「魔法界は、君が思ってる以上に貴族の言葉を信じてしまう。同じ立場の先輩から言わせてもらうなら、君はもっと、純血名家としての覚悟を持った方がいい」

純血に生まれた人間として。
次期当主の人間として。

彼は確かに、覚悟と自覚が足りない節がある。それが生んだ今回の悲劇にも似てる出来事は、14年間生きてきた彼の中にどう位置づけされているのだろうか。

「...僕は...そのつもりで父上に言ったわけでは」
「だとしても」

ドラコの言葉に覆いかぶさるように、お嬢様は口を開いた。
顎から手を離し、お嬢様は机の上で両手を組み体を前のめりにして、ドラコに顔を近づける。
ドラコは、さっきまでの威勢の良さはどうしたのか、視線をあちこちに巡らせて、お嬢様から視線を外そうとしていた。

そんなドラコを見てイラついたのか(本心はわからないけれど)お嬢様はドラコの頬を片手で掴み、自分の方に向かせる。

「もしも、貴方が純血名家としての覚悟を持つのなら。もう一回、ちゃんと考えて。貴方の言葉も行動も、それが全部とは言わないけれど、貴方だけじゃなく他の人へも影響を来すの。それがどういうことなのか、君にわからないわけじゃないはずだよ」

お嬢様はそう言うと、ドラコから手を離し、彼のその金に光る髪を優しく撫でた。同じ貴族としてしか言えないその発言は、彼の心の響いただろうか。

ドラコは、うつむいた顔を少しあげて、大きく息を吐くと立ち上がった。

「言われなくても、僕はきちんと、誇りを持っている」

そう、最後に一言言うと、彼は椅子を机にきちんとおさめてから歩き出し、図書館を出て行った。ロンが隣で「あいつ謝りもしないで...!!」と怒っていたが、それをハリーが背中を叩くことで収めた。

お嬢様をちらりと見る。お嬢様は、立ち去った彼の背中が見えなくなるまで、じっと同じところを見つめて、そして、両手をパンと鳴らした。

「続き、始めよっか」

そう笑顔で言った彼女の雰囲気は、もう。通常の、今まで通りの優しい雰囲気を纏っていた。



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