19

純血名家の覚悟を持て、何て。よく私が言えたなと思った。
逃げたくて逃げた私が言えた義理ではないだろう。

私は自嘲気味に笑って、寝返りを打つ。もう夜も更けて、外も真っ暗だ。部屋には月の明かりだけが窓から差し込んでいて、アンジーとアリシアも布団にくるまってぐっすりと眠っている。

何が、覚悟だ。

覚悟があるなら、私はこんなに葛藤していないし、日本から逃げずに今だってきっと魔法処に通っていただろう。
そりゃそうだ。純血名家の次期当主としての覚悟があるなら、16歳になる今年には婚約して、見ず知らずの旦那の隣で華族をまとめる家の当主として、紫色の着物を着て、女中も使用人も全て従えて。


純血主義を、掲げていたのだろう。


そんな自分を想像して、私は息を吐く。きっとお祖母様の求める私は、これだ。

純血主義なんて糞食らえだと思っていたって。現実はそうはいかない。私がその家の血を継ぐ最後の人間なのだから、結局はその道を歩まないといけないのだから。

頭ではわかっている。理解している。
だけど、それを心の底までかみ砕いて納得することなんて、できるわけがなかった。

私はまだ、15歳で。皆が一人一人、自分たちの未来を考える中も、私には一つの道しか示されていなくて。
そのことがどれだけ苦しくて、切ないのか。それをわかってくれる人は、きっといない。

一人を除いては。







朝になり、アンジーとアリシアと三人で談話室に降りれば、そこには大量のパンフレットの隣に紙がおかれていた。

進路相談と書かれた羊皮紙だった。

そこには、それぞれの授業時間などを鑑みて各々の希望時間を書くように、と書き出されていた。

「ヒヨリ、どうする?」
「んー...いつにしようかな」
「私できるだけ早めがいいし、明日のお昼にしようかしら」

二人はクィディッチの練習とかもあるから、夕方の時間や夜の時間は難しいのだろう。私は二人の会話に頷きながら、自分の希望時間を隣に書き出した。




進路相談は、先にアンジーとアリシアが行った。二人の話によれば、自分の単位数と成績と、そしてやりたい職業について、マクゴナガル先生が真剣に相談に乗ってくれるらしい。文字通り"進路相談"で、さすがマクゴナガル先生だなと思った。

「先に談話室行ってるわね」
「うん」

アリシアがマクゴナガル先生の部屋から出てきて、そう言って廊下の奥に消えた。私は今日進路相談を行う人達の中で一番最後のため、先に夕ご飯を食べてきたのだ。
特に悪いこともしていないのに、先生の部屋に入るのは少し緊張する。

扉をコンコンとノックして「失礼します」と言って、中へと入る。
中には、マクゴナガル先生が眼鏡をかけ直しながら、お入りなさいと言っていた。

「Ms.陸奥村、席について」
「はい」
「では、進路相談を始めます...Ms.陸奥村の成績に関しては、文句を言う所は一つもありません。将来はどのようにお考えですか?」

マクゴナガル先生はそう言うと、私の成績が描かれている羊皮紙を机の上に置き、両手を組みながら私にそう聞いた。

将来をどう考えているのか。

私は、先生の目をじっくりと見て、何度か考えた後に、口を開いた。

「...先生も、ご存知だと思います。私は、陸奥村家の人間で、将来は家を継ぐ必要があるんです...ホグワーツを卒業したら...日本に戻って、当主となるのが私の将来だと思っています」

マクゴナガル先生は、私とタイリーが1年生になる前の夏。
何度か家に来て、お祖母様を説得してくれた方だ。先生の説得なしでは私とタイリーはホグワーツには通えなかっただろう。だからこそ、先生は。私とタイリーのいる陸奥村という家が、どのような所なのか、詳しくわかっているはずなのだ。

「...それは、貴女のお祖母様の考えで、貴女自身の考えではありませんね」

マクゴナガル先生は、そう言って羊皮紙をちらりと眺めた。

「貴女の成績は申し分ありません。貴女自身がそう考えているのならば、ここまで勉学に励む必要はないでしょう。...聞いた所によれば、貴女はO.W.Lで12科目受験するようですね?」

誰に聞いたのかは分からないけれど、あれだけ取っていない科目の先生に質問をしに行っていれば、教師の間で噂にでもなっているのだろう。

「それは、どうしてですか?」

マクゴナガル先生は、私の目をじっくりと見つめて、強くそう聞いた。
私は彼女の目を見る。メガネの奥にある瞳が、しっかりと私の目を離さなくて、少し私は怖くなった。

「...認めて欲しいんです」

私がO.W.Lで12科目受験するのは。家に認めて欲しいからだ。

1年生の頃から思っていた。
家の人に。お祖母様に。私は陸奥村というブランドがなくたって生きていける人間だと認めて欲しいと。
一人の陸奥村ヒヨリという人間としてみて欲しいと。

「私の家は、純血主義が酷いんです。マグルのことを決して蔑んだりはしないけれど、でも、純血の血を絶やしてはいけないと、強く思ってる...」

そんな家に生まれてしまったから。
そんな家の、次期当主のはずなのに、混血として生まれてしまったから。

「私には、道がない」

膝の上に置いていた手を強く握りしめる。
ギリギリと筋肉が軋みながら、爪が私の手のひらに食い込む。

「それでも、ホグワーツから入学許可証がきて。ここにきたら、何か変わるかもしれないって思って...」

何も変わったわけではなかった。
純血主義は消えないし。むしろひどくなる一方だし。
お祖母様の考えは変わらないし。

だけど、私を、ただ一人の陸奥村ヒヨリとしてみてくれる人がいた。

そんな人と出会えることができた。

「...私は、魔法省に勤めたいです、マクゴナガル先生」
「魔法省、ですか?」

マクゴナガル先生は、メガネに少し手を触れて、そう聞いた。彼女の言葉に、コクリと首を縦にふる。

「...純血主義という言葉を、なくしたいです」

この学校に通って、色んな人に出会って話して、絆を深めて。

一番思ったことだった。

純血主義なんて言葉をなくして、血も家筋も何もかも、賢く気高い魔法使いには関係ないということを、証明したい。それができるのはきっと、私のような純血名家の娘ではないのだろうけれど。

だけどきっと。私は誰よりも強く、そう思っている自信があったから。

「...貴方ならきっと...それができるだろうと信じています」
「先生...」
「貴族は職に就く必要はないと言われていますが、誰しもがそうとは限りません。...貴女のように、しっかりとした信念を持っている人なら、魔法省もお求めになるでしょう」
「...はい」

マクゴナガル先生の手が、私の肩をさする。

「Ms.陸奥村。貴女の頑張りは、教師全員が認めています」

最後に先生はそう言うと、私の型をポンと一つ叩き、進路相談は終わりだと言った。私は立ち上がり、先生に頭を下げて、部屋を出た。

頑張りは認めている。

そう、マクゴナガル先生に言われた時、泣かなかった私を誰か褒めて欲しい、と心の中で思いながら、私は廊下を歩いて寮へと向かった。



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