生き残った男の子の心情

ヒヨリの怒る姿というのは僕が今まで見て来た物の中でも群を抜いて怖かった。むしろ怒るというよりも有無を言わさずに「はい」と答えるしかない威厳さが、何故かあのヒヨリから出ていたのだ。

マルフォイに向かって啖呵を切るように、するすると言葉を紡ぎ出していたヒヨリを思い出す。あの時のヒヨリにいつもの様なホワホワとした雰囲気はまるでなくて、見ているこっちも息を飲むようなそんな鬼気迫るものがあった。

あれは本当にヒヨリなのか?それは僕だけじゃなくて、多分ハーマイオニーもロンも思ったと思う。

そんなヒヨリが、次にロックハートに対して怒ったんだ。睨むように「糞爆弾投げつけてやる」そう言ったヒヨリの語気の怒りは感じ取れたけど、そこで出てくる糞爆弾という言葉になんだかヒヨリらしさも感じられた。


ロックハートから僕を庇うように立ってくれたヒヨリと、ブラッジャーから庇ってくれたタイリーは、僕がこの学校に通ってから出会った人達だった。

いつものほほんとしているヒヨリに、双子達の悪戯に目を光らせるように立っているタイリーは、日本の純血名家の主人と使用人の関係で。
ヒヨリの家は、あのマルフォイの家にも劣らない高貴な家の人らしかった。

そうは言われても、やっぱり普段のヒヨリからそんな感じは受け取られなかった。だってヒヨリは、いつもニコニコしてるんだ。フレッドとジョージとリーの悪戯も朗らかに見守って、アンジェリーナやアリシアと雑誌をめくりながら時々笑ったり、ハーマイオニーに勉強を教えてたり。本当に、優しい人だ。
タイリーも、なんだかんだ言いながらフレッド達のお世話みたいなことしてるし、兄弟のいない僕にとっては兄の様な存在だし。

そんな二人はいつも一緒にいた。タイリーが僕を庇ってブラッジャーにひどく背中を打ち付けられて倒れてしまった時の、ヒヨリの焦り具合といったらなかったよ。
何回も何回もタイリーの名前を叫び続けるヒヨリが。
目を覚ましたタイリーに泣きながら抱きつくヒヨリが。
タイリーの主人というだけの関係にどうしても見えなくて。僕は思わずタイリーに聞いたのだ。

「君と、ヒヨリは...その、本当に付き合ってはいないの...?」

それを聞いたタイリーの、寂しそうな笑顔が今でも頭から離れない。





そのあと、タイリーは僕にタイリーの過去の話を教えてくれた。どうしてタイリーがヒヨリの家の使用人をしているのか。どうしてタイリーは、ヒヨリの事を心から慕っているのか。決して好きだなんて言わなかったけど、それでも僕には彼が、心の底からヒヨリを愛しているんだとわかった。

まだ12歳の、餓鬼の様な僕に愛が分かるのかと聞かれたらどうしようもないんだけど。
それでも、タイリーのあの目を見ればなんとなくわかる。ヒヨリの名前を呼ぶ時のタイリーの目は、とても優しくて。そして、とても辛そうなんだ。

「...ハリー、君はどんな幼少期を過ごしたんだい?」

その後、タイリーは僕に僕の幼少期を質問した。人に話せる様な素敵な時間を過ごして来たわけではないから、気乗りはしなかった。けれど、タイリーが話してくれたのだから、話そうと決めたのだ。

親戚の人の家に預けられて、いびられながら過ごして来たとそう言えば、タイリーはとても申し訳なさそうな顔をして僕の頭を撫でてくれた。

だけど僕は、そんな事はもうどうでもよかった。ここに通って友達ができた。それも親友が二人もだ。僕をただのハリー・ポッターとして見てくれる、親友が。

「君に出会えてよかったと思ってるよ、ハリー」

そして、こう言ってくれる兄の様な人が。

それだけでも、僕は幸せだなと思える様になったのだ。



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