赤毛の一人の思う事

ヒヨリが石になった時の相棒の姿は見ていられなかった。
青ざめた顔のまま、ヒヨリの近くで膝をつき、呆然と彼女の動かない目を見つめるタイリーが。グリフィンドールの王様と呼ばれている人物とイコールで結びつけることができなかった。

今まで石にされていたのはマグル生まれだけだった。だから、ヒヨリは安全だと思ったのだ。だって、あいつは日本のお嬢様だから。散々色んな奴が「お嬢様!?」と驚く事から分かる様に、ぱっと見も何もあいつからそんな高貴な匂いを感じることはあまりない。だけど、確かにヒヨリは由緒正しい日本の純血名家の一人娘で、後継なのだ。

だからこそ。彼女が石になるわけなんてないと、誰もが信じて疑わなかった。



グリフィンドール対ハッフルパフ戦が中止になり、困惑としている中マクゴナガル先生が、選手である俺たちにこう言った。

「今すぐMr.シェバンとMr.ジョーダンを探し、医務室に来なさい」

一体何事かと思ったね。だってあの、我らがグリフィンドールの寮監様が慌てた様にそう言うんだ。俺たちは顔を見合わせて、箒にまたがってタイリー達を探した。マクゴナガル先生が慌ててるんだ。きっと只事じゃない。それは俺たちの見解を一致させて、タイリーを自分の箒に乗せて俺たちはホグワーツ校内を全速力で駆け抜けた。

医務室について、ハリーとロンにそこを退いてくれと言ったタイリーの言う通りにゆっくりと二人が退けて見えたベッド。そこにいたのは紛れもなく、俺たちの仲間であるヒヨリが、そのベッドに横たわっていた。不自然に挙げられた右腕に、ハーマイオニーを庇おうとしたのか伸びている左腕。

その手首には、キラリと静かにその輝きを主張する小さなリボンのついたブレスレットが見えていた。




「純血が狙われるなんて聞いてねーよ…!」
「狙われるべきはマグルだろ…!?」

ヒヨリが石にされたという噂は瞬く間にホグワーツ内を駆け巡った。純血名家の人間の多いスリザリンのテーブルではそんな心無い言葉も巡らされていて、俺たちはかなりムカついていた。そんな中でも、きっと1番腹が立っていたのはタイリーだ。タイリーは拳を握って、ドン!と大きく机を叩きつけると先に部屋に戻ってると言って広間を出て行った。あの時のタイリーの後ろ姿は、これまで見たことのないぐらいに小さくて震えていたんだ。

「…タイリー、大丈夫かな…」
「大丈夫なわけないじゃない。ヒヨリが石になったのよ…責めるべきじゃない自分の事をずっと責めてるわ…」

リーの言葉にアリシアがそう言った。
誰も悪くない。強いて言うなら秘密の部屋が悪い。ヒヨリが石になったのはタイリーのせいでもましてやハーマイオニーのせいでもなんでもないんだ。それなのに、タイリーはずっと自分の事を責めていた。俺がお嬢様のそばにいれば。うわごとのようにずっとそう呟くタイリーを、俺たちは見ていられなかった。
下手すればタイリーだって石にされていたんだ。そんな事言うなよって。本当は言いたかったけど、それさえも言わせてくれない程にタイリーは酷く傷ついていた。

「…だけどよ?なんでオジョーは石になったんだ?」
「それは、確かに…純血の人は石にされないって皆思い込んでたものね…」

純血なのに石にされた。それはどう言う事なのか、詳しい事実を知らない俺たちには不思議で不思議で仕方なかったのだ。
だから、ヒヨリの親友であるアンジーとアリシアを連れて、俺たちは自分の部屋に入った。そこには先に戻っていたタイリーが、背中を丸めて悲痛な面持ちでベッドに座っていた。

「タイリー、聞かせてくれ。マグルだけしか狙われないんじゃないのか?ならどうしてオジョーは狙われた?」
「ヒヨリは...純血よね?」

俺とアリシアがそう聞けば、タイリーは一文字に引き締めた重い口を開いて、小さく息を吐くと「君達にはいつか言おうと思っていた」と、真実を教えてくれたのだ。


それは、あまりにも重いヒヨリの運命の話だった。


陸奥村という家がどれほどまでに高貴な家で純血主義を掲げているのか、国の違う俺たちにはそこまでは分からなかったが、それは俺たちの思ってる以上に深刻な問題だった。

例え学校だろうと、家の目なんて見えないのだから何故二人はくっつかないのか、不思議に思っていたその疑問も、解決した。

ヒヨリは、純血ではなくて混血だったのだ。
純血名家の娘に生まれながら、混血の次期当主として生きて来たヒヨリは、純血の人間と結婚せざるを得ない運命を背負わされていた。

いつもニコニコと。俺たちを見てるあのヒヨリが。
いつもふわふわと。まるで満開の花びらのように柔らかい雰囲気の持つヒヨリが。

俺たちの大好きな、ヒヨリが。大好きなタイリーと共に生きていけない事実が、あまりにも衝撃的すぎて。

俺が守らないといけなかったのに、と。声を震わせながらそう言ったタイリーの本心が、何も言わなくても伝わるようで。



あぁ、きっとこの二人の間に俺は入り込むことなんて出来ないんだと痛感した。



タイリーにとってヒヨリが。ヒヨリにとってはタイリーがそうであるように。この二人はきっと、お互いを思いながら自分に嘘をついて生きているんだ。


嘘をつくって、疲れるよな。俺はよく思うよ。特に疲れるのは、自分に嘘をつく事だ。

まだ未成年の俺たちに何ができるのかは分からないけれど、それでも、嘘をつかなくても二人が寄り添える未来があればいいのにと、願わずにはいられなかった。




prev next


ALICE+