王が逃げ出す前に思うこと
16歳になるということは、お嬢様は結婚の時期が近づくということだ。ホグワーツを卒業するまではしないと、コトヨ様にそう言ったらしいお嬢様は、それでもどこか辛そうな目をしていた。
決して流れているわけではない涙さえも、お嬢様は人知れずずっと我慢をしているのだろう。俺なんかが彼女のために出来ることは限られている。望まない結婚をすることが、彼女のためでは無い事も、沢山送られてくる求婚の数々も、誰だって『良い事だ』だなんて思っていない。
それでも俺は、俺たちは、笑顔でそれを眺めることしか出来なかった。
茶々を入れながら面白おかしく朗読をするフレッド、ジョージ、リー。贈られてきたプレゼントを笑顔で見つめながらきゃっきゃっと騒ぐアンジー、アリシア。
そんな5人だって、わざと楽しそうに振舞っているということに気付かないほど、俺もお嬢様もバカなわけではない。
誰が嬉しいと思うのか。誰が、こんな求婚を望んでいるというのか。それでもお嬢様は、純血名家の一人娘としての覚悟を持っているから、受け入れるしかないのだ。
本心は知らないけれど、ふくろう試験の勉強の合間にはいつも、手紙の返事をしていた。見たこともない人物に謝辞を述べて、嘘をつらねる。
そんなお嬢様を、どうやったら支えてあげられるのかなんて、分かるわけがなかった。
使用人として、彼女の業務や仕事の数々をそばで見守りお手伝いをする。
結婚という二文字が枷となっているお嬢様に俺ができることは、それぐらいだった。
彼女のためならどんな事だってしようと思った。
彼女のためなら、この身がどうなろうと構いもしなかった。
守るべきものも、危惧すべきものだって自分にはない。
守ろうと決めたものは全てお嬢様だけだ。
お嬢様のために、全てを捧げようと決めたのだ。
彼女の手のひらをギュッと握る。この手を離しはしないといつ決めたのかはもう思い出せない。それでも、この小さな手のひらを、俺が守ろうと決めた。
あぁ、覚悟はとうの昔に決めていた。
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