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行き交う人の数に目をやった。せわしなく僕の前を通り過ぎていく人たちを見続けて、数十分はたっただろうか。僕は椅子から立ち上がり、扉の方にいる人物めがけて早歩きで寄った。

「やぁ、ハリー」

その人物は、僕に気づくとゆるりと笑みを浮かべて手を挙げた。いつも見ていた制服姿とは違う、黒い布の長いものを着ていた。

「タイリー、ヒヨリは?」

タイリーにそう聞けば、タイリーは視線を前の方にちらりと向ける。後ろを振り向けば、タイリーと同じような布のようなものを着たヒヨリが、いつの間に来たのかダンブルドア先生と話しをしていた。
そして何度か頷いた後、ヒヨリはダンブルドア先生に頭をさげるとこっちにやってくる。タイリーのそばに立っていた僕を見て、ヒヨリは笑顔で手をあげてくれた。

「ハリー、久しぶり。あ、誕生日プレゼントありがとうね」
「うん、ヒヨリもありがとう」

日本に住んでいるヒヨリの元に無事に届くか不安だったけど、なんとかヘドウィグは彼女にプレゼントを届けてくれたらしい。しかもヒヨリとタイリーはヘドウィグに僕宛のプレゼントを持たせて、イギリスに飛び立たせてくれた。

ヒヨリは僕の頭を優しく撫でると、タイリーの近くへ行きボソボソと小さく何かを話すと、また僕のところへとやってきた。綺麗な紫色の裾が、僕の髪をすっと撫でる。

「ハリー、心配しないで。何とかやってみせるからね」

今日は、シリウスの裁判の日だった。










証人として立ち、声高らかにあの時の話をするヒヨリを、僕はタイリーと並んで見ていた。凛とした声で、背筋をピンと張って話すヒヨリを、タイリーはじっと見つめていて。
裁判官の前でも怖気付かずに話すヒヨリの言葉を、僕も黙って聞いていた。

「...以上のことから、シリウス・ブラック氏の無罪を主張します」

そう最後に言い放ったヒヨリは、男の僕から見てもとても格好良かった。

裁判官が皆、何度も顔を見合わせながらコソコソと小声で話している。ヒヨリの言葉を信用するべきかしないべきかを話しているのかは、わからなかったけれど。

いつの間にか震えていた自分の拳に、タイリーの手が重なった。そっと隣の彼の顔を見上げれば、タイリーはにこりと笑みを浮かべて僕を見ていた。そしてタイリーは、僕の耳元に口を寄せて小さい声でこう言った。

「大丈夫だ、ハリー。お嬢様の力がある」

そのタイリーの言葉通り。目の前でヒヨリを取り囲んでいる裁判官のうちの一人が立ち上がり大きい声で一言こう言ったのだ。

「被告人、シリウス・ブラックを無罪とする!!」


シリウスの無罪、つまり冤罪であることが認められ、シリウスは釈放された。そして、本当の真犯人であるピーター・ペティグリューが国際指名手配となることが決定された。つまり、勝ったのだ。


裁判の終わったその日のことを、僕は多分一生忘れない。


何度だってお礼を言っても足りないほどに、僕とシリウスはヒヨリとタイリーに頭を何度も何度も下げた。ありがとう、どれだけの数のその言葉を口にしたら通じるのだろうか。

「本当にありがとう...君たちには一体どうやってお返しをしたら...」

シリウスはヒヨリの手を強く握りながら、何度も何度もありがとうと繰り返し言っていた。そんなシリウスを苦笑いをこぼしながらも、「いいえ、気にしないでください」と言うヒヨリにタイリー。

「それでは、私の気が済まない...!!」

二人の言葉に目を見開きながらそう言うシリウスに、顔を見合わせたヒヨリとタイリーは一度笑顔を浮かべたまま、目を閉じて、そしてシリウスと僕の顔をお互いに見た。

もう裁判処は閉じられていて、夜に近づいていた。ダイアゴン横丁は未だに賑やかなまま、その喧騒をあらわにしていて、僕たちは行き通う人達の多い中お礼を言って謙遜をする、という不可思議な連中に見られていたと思う。

「それなら、1日でも早くハリーを迎えに行ってあげてくださいね」

そう笑顔で言ったヒヨリに、次は僕が目を見開く番だった。いつだって二人は、僕のことを考えてくれていた。いや、僕だけじゃないハーマイオニーやロンのことも。いつだって二人は、自分たちのことを考えてくれていた。

こんな時にまで、ヒヨリとタイリーは僕を第一に考えてくれていて。

僕は涙の出る目頭を押さえるためにメガネを押し上げて、指を押し付ける。そんな僕を見たシリウスが、ガシガシと僕の髪をなでつけて、そしてタイリーも、僕の頭をゆっくりと優しく撫でた。

「それじゃあ、私とタイリーはダンブルドア先生に話があるから...夏休み明けにね、ハリー」
「あ...二人はクィディッチの世界大会いかないの?」

二人で手を上げて、踵を返そうとした二人に慌ててそう聞けば、ヒヨリとタイリーはとても残念そうな顔をして、口を開いた。

「本当はすごく行きたかったんだけどね」
「お嬢様は今年から忙しくなるから、俺もお嬢様もいけないんだ。俺たちの分も楽しんできてくれ、ハリー」

二人はそう言うと、今度こそ頭を下げて、奥の道へと消えていった。
クィディッチバカとも言えるほどの二人だから、きっと今回の大会は泣く泣く諦めたのだろう。僕は、何かお土産でも買っておかないと、と心に決めて、シリウスと一緒にダイアゴン横丁の道を歩いた。

道中、シリウスはずっと、あの二人に何を渡そう、成人になるんだからやはり懐中時計だろうか、何てずっと言っていたけど、僕はそれに対して笑顔で、「選ぶのなら一緒に選びたい」と答えておいた。



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