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何故かはわからないが、俺とお嬢様が廊下を歩いていると、人に見られているという事に気付いた。周囲をめぐらせればこっちを見ている人がたくさんいて、すこし居心地の悪そうな顔をしているお嬢様を気遣う様に、俺は彼女の後ろから視線を尖らせてその好奇の視線を殺した。

「オジョーとタイリーは今や俺たちの学年の注目株だからな」

そう笑いながらいうのは双子のどちらか。(話し方からして恐らくジョージか)
その言葉に肩を竦ませて無視すれば、アンジーとアリシアまでもが笑いながら口を開いた。

「全科目パスした人間が二人もいるのよ?」
「気にならないわけがないわよね」

チラリと俺を振り向きながらそういう二人に、俺ははぁと大きく溜息をこぼす。それにまた二人は笑いを大きくして、お嬢様の隣を優雅に歩いていた。

「私はともかくタイリーは全科目Oだもん。自慢だよ、本当に」

未だに笑い続けているアンジーやフレッド達をたしなめる様にそう言うお嬢様が、俺を振り向いてそう言う。彼女は優しい笑顔を浮かべていて。思わず俺は目を見開いた。

自慢だと思っていただけている事がとても嬉しくて。それと同時に、これだけが彼女の側にいれられる唯一の存在意義だなと、俺は思わず心の中で自嘲をした。






新しくきた闇の魔術に対する防衛術の先生は、いろんな意味で強烈だった。見た目のインパクトもさることながら、その授業内容も。目の前で禁じられた呪文を唱えられたときは、思わず吐き気を催した。

それは俺だけじゃなく、俺と同じ様に死喰い人によってご両親を殺されたお嬢様も、そうだっただろう。キーキーと甲高い悲痛の叫びをあげながら苦しむ蜘蛛は、先生が一つ死の呪文を浴びせると、途端にその声を止めて、目の前でことりと息絶えた。

それを目の当たりにして、真っ青な顔をしたお嬢様を、俺だけじゃなく他の人も心配そうにみつめていた。

「大丈夫かよ、オジョー...顔真っ青だぞ」
「大丈夫大丈夫、ありがとうジョージ」

授業が終わり、すかさず俺は立ち上がりお嬢様の近くへと寄った。同じように、ジョージもすぐに立ち上がりお嬢様へ心配の言葉をなげかける。

お嬢様は笑顔をうかべながら手をひらひらとふってそう言った。明らかに空元気だというのは見ててわかったので、医務室に行きましょうとそういえば、彼女は俺の目をじっと見つめて眉を下げた。

「そう言うタイリーも、顔が青いよ」

そう言われて、思わず自分の顔を片手で覆う。

「本当だ...おいタイリー、お前も大丈夫か...?」
「医務室に行きましょう二人とも」
「それとも少しここで落ち着いてから行くか?」

俺たち二人より、他の5人の方が青ざめているようにも見えるが、心配からきてるそれだろうともちろんわかっている。
そのとき、授業の後片付けを手伝っていたセドが近くにきて、「どうかしたのかい?」と聞いてきた。

そして、俺たち2人を見た瞬間にその目を大きく見開いた。

「二人とも、顔真っ青じゃないか..!!」
「そうなんだよセドリック!!」
「僕が先生呼んでくるよ、少しまってて」

大げさにもセドにどうしようと答えるフレッド達を落ち着かせて、セドは慌てて前にいるムーディ先生を呼ぶために走って行った。
何度かお嬢様の背中をさすっていたとき、ようやく先生は義足の足を歩きにくそうに引きずって俺たちの前にやってきた。

「大丈夫か?気分が悪いか?」

俺とお嬢様の目を合わせるその義眼に少し目をそらして、俺とお嬢様はこくりと頷く。

「少しここで休んで行け。お前達は次の授業にさっさと行け」

俺たち二人を囲むように立っていたフレッド達に向かってそういう先生に、ジョージがむっとした顔で「でも」と言った。だけど、ギロリと睨まれてはぐーの音も出ないのだろう。「わかりました」と大人しくそういうと、俺とお嬢様の頭をぽんと叩いて、彼らは口々に「後で」と言って荷物をまとめる。

「あとでね、ヒヨリ」
「次の授業これなさそうならマクゴナガル先生に言っておくわ」
「ごめん、ありがとうアンジー、アリシア」

お嬢様の頭をそっと撫でて、俺にもそれじゃあと手を挙げて立ち上がるアンジーたちと同様に、フレッドたちも立ち上がる。

「ちゃんと休んで行けよ、相棒」
「あぁ、オジョーだけじゃなくてお前も結構やばいんだからな」
「あまり無理するなよ、タイリー」

リーの心配そうに見上げてくるその顔にむけて笑顔をこぼし、俺は首を縦にふる。
去っていく5人の背中を見届けて、セドがちらりと俺たち二人をみると、眉をさげて苦笑いをこぼした。

「...あまり無理しないで、二人とも。タイリー、古代ルーン文字学ならきちんとノートとっておくから、しっかり休んでね」
「悪い、セド」
「いいんだ」

セドはムーディ先生に頭をさげて、俺とお嬢様に手を振ると、教科書の入ったカバンを肩にさげて教室を出て行った。
ようやく、教室には俺たち二人、そして先生だけとなった時、ムーディ先生が口を開いて俺たちの名前を呼ぶ。

「すまなかったな。君たち二人は全科目をパスした優等生だと聞いていたが...そうか、日本の魔法使いだったな...茶でもやろう」

先生はのっしりのっしりとゆっくり歩き出した。俺も席から立ち上がり、手伝いますと声をかければ、振り向いて一瞬眉をひそめた先生が苦笑いをうかべながら先生は口を開く。

「気を使うな。まずは体をしっかり休ませろ」

そして、自室に消えていく先生の姿を俺とお嬢様は黙って見続けた。



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