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何と無く、その日は朝から不思議に思っていた。視線をチラチラと向けてきたかと思えば慌ててそらして、朝食もそこそこに立ち上がり大広間を出ようとするフレッド達が、何を企んでいるのか分からなくて慌てて立ち上がり追いかけようとすれば、セドが俺の腕を掴んだ。
「タイリー、誕生日おめでとう」
その時に、あぁ今日は俺の誕生日か、と思った。
そんな俺に気づいたのか、セドはクスリと一つ笑みをこぼすと、フレッドが座っていた場所に座り、手の中にある包みを渡した。
「そんなに良いものでもないけど、日頃の感謝の意を込めて、ね」
「開けても?」
「もちろんさ」
ニコニコとこっちを見てくるセドをちらりと見て、俺はゆっくりとその箱の梱包を剥がした。
現れたのは、漆黒の羽でできた羽ペン。
「極楽鳥って知ってるかい?神の遣いって言われてるマグルの鳥なんだけど…幸せを運ぶ鳥らしいんだ」
その鳥の羽からできた羽ペンを見つけたから、と。セドは続けた。
「タイリーの名前も刻んである。いつも後輩の心配やヒヨリの事を考えてる君に、幸せが訪れるといいなって」
そう言いながら、セドは目を細めて笑みを浮かべた。俺は彼の顔をちらりと見て、もう一度貰ったプレゼントを見る。顔付近まで上げてじっくり見れば、確かに俺の名前が、タイリアナ・シェバンと書かれてあった。
「…綺麗な羽だ…」
「だろう?僕の中で君のイメージは黒だから、一目見てこれだって思ったよ」
頬杖をつきながら、セドは手を伸ばして俺の手の中にあるペンの羽部分に触れる。ふわりと柔らかいそれは、セドの指によってひらひらと揺れる。
「ありがとう、セド。気に入ったよ」
そう言えば、セドは今日一番なんじゃないかと言うぐらいの、笑顔を見せた。
その後も、何故かセドは俺の隣にずっといた。確かに休日だから、授業はない。お嬢様もアンジー達と一緒にいるし、特にすることは無い。
「…何か、企んでるのか?」
ふぅと息をついて、廊下の窓際で足を止めれば、セドはニヤリと笑って俺を見た。
「まぁ、フレッド達に足止めを少々頼まれてね」
「やけに楽しそうだなお前」
「ふふっ、そりゃね?人気者の王様の成人祝いだ。寮の違う僕だって、友人の1人として参加したいだろ?」
そう言うセドに、俺は肩を竦ませる。
何が人気者だ、と言いたい。ハッフルパフの王子様こそ、誰にでも優しい人気者だ。
「嫌味か?」
「まさか!!」
大げさに声を上げながら、そして堪えられなかったのかぷっと吹き出すように笑ったセドを俺はジロリと睨む。
「君は人気者さ。後輩にも、僕達同い年にも。でも一番は、ヒヨリにかな」
ウィンクをしながらそういうセドをじっと見つめて、俺は視線を逸らす。ヒヨリ様に人気者だというその意味は、よくわからないけれど。それでも、少しずつじんわりと広がるように、俺の心を暖める言葉だと思った。
「さ、もうそろそろ寮に戻ったら?」
セドは意地悪そうな笑みを浮かべて、俺の肩をとんと叩くと廊下の奥へと歩き出した。フレッド達の企みにセドが大いに貢献していたと知ったのは、そこから後 5分経った後だった。
「よ、タイリー。どうだい主役の気持ちは?」
グリフィンドールの後輩も6年生も全学年中の生徒を集めて行われた、俺の誕生日パーティー(とは名ばかりのただのパーティーだった)は、夜も更ける頃には大半の生徒が寝るために部屋に戻るか床で雑魚寝をしていた。
幹事として仕切っていたのだろうフレッドとジョージ、リーはあの3人にしては珍しく食べ物や飲み物を甲斐甲斐しく俺によそったり注いだりしていた。そのせいか自分たちはあまり食べられなかったのだろう。今は隅の方や暖炉の前で話をしてる生徒達の隙を狙って、遅めのディナーをとっていた。
そのままアンジー達のいる場所に行って、彼女の持っているクッキーやマフィンを無理矢理(でも無いのかもしれないが)食べているフレッドに、その隣で笑いながらゴブレットの中の飲み物を飲んでいるリーを視線で追いかける。お嬢様も、同じように声を上げて笑っていた。
「…楽しいよ。何を企んでいるのかと思えば、まさかのこれだったからな」
肩を竦ませて談話室を眺める。もしも今この瞬間にマクゴナガル先生が来たらカンカンに怒るだろうなと思うぐらいには、談話室はあちこち、散らかっていた。
「タイリーの成人祝いだぜ?盛大に祝いたいだろ。いつもお世話になってんだからさ」
俺の隣に座りながら、ジョージはウィンクをしてそう言った。その言葉に思わず笑顔をこぼして、俺は手の中にある万年筆を何回も人差し指と親指で擦る。
それをジョージはちらりとみて、俺を見下ろすように隣で口を開いた。
「なぁ、タイリー」
その言葉が、どことなく初めて聞くようなジョージの真剣な声な気がして。少し丸めていた背中を少しピンっと張るようにそらした。
「…俺はさ、タイリーにもオジョーにも幸せになって欲しいなって思ってるんだよ」
ジョージは真っ直ぐと俺の方を向いてそう言った。俺はジョージの方をちらりと見て、肩の力を抜くために息を一つ吐く。
「日本では、俺はあと一年経てば結婚出来る歳になるんだ」
後一年で、結婚が可能な歳になる。だからと言って何かがあるわけでもないし、何かが出来るわけでもない。それでも、16歳になり成婚が可能となったお嬢様を見て、何もできない自分に腹がたつのだ。
「…今の俺じゃ、何もできない」
ジョージ達が思ってくれてる事は知っていた。もちろんだ。5年間同じ部屋で共に過ごして来たのだから。彼らが俺とお嬢様を見守っていることも知っていたし、皆の事も、分かっているつもりだ。
「なぁタイリー。それでもお前は、ちゃんとオジョーの事を想ってるんだろ?一昨年、タイリーが倒れた時、誰が一番最初に抱きしめたのか、忘れたとは言わせない」
ジョージは、俺の目を睨むように見つめていた。忘れることなんて一生ない。心配をかけてしまった負い目もあるけれど、迷う事なく俺を抱きしめてくれたお嬢様を、俺は抱きしめ返す事は出来なかった。
アンジー達と楽しそうに笑ってるお嬢様を見る。フレッドが何やら大袈裟にジェスチャーをしたせいか、ゴブレットに入っていた水が床に溢れる。それを呆れたように見つめるお嬢様とアリシアとリーに、3人の代わりに怒ってるアンジー。
大切な人たちと、大事なこの時間のために、俺はお嬢様を守り続けてきた。見守り続けてきた。支えてきた、つもりだ。
それでも彼女は、家に定められた運命を辿るしかない。そんな彼女の生きる道に、日本ではまだ未熟な自分が立てるわけがなくて。
「それでも俺は、無力だ」
何もできない自分が、何かをやろうとも思えない自分が、誰よりも弱くて無力で、吐き気がする。
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