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「第一の課題ってどんな物なんだろう...」
「過去のものはあまり頼りにはならないからな」
「何せ100年も前だしね」

代表選手に選ばれた時から、俺は何度かセドリックの練習相手になっていた。先日お嬢様に茶化された事もあって、確かに学年トップが一緒にタッグを組むのはやや反則気味なのかもしれないとは思ったが、友人であるセドを優勝に導くためだ。なんだって手伝ってやりたいとは思った。

「...タイリー」
「なんだ?」

今日の練習もおわり、俺とタイリーはローブを着直して教室を出る。杖を懐に仕舞い込み、ついでに監督生の仕事として見回りもやってしまおうとセドが言ったため、二人並んで廊下を歩いた。

その時、セドが不意に口を開いて俺の名前を呼んだ。

「君、僕なら大丈夫だと言ってくれただろう?」

セドはゴブレットに名前をいれるかどうかを迷っていた。王子様と呼ばれていなくたって、品行方正な勤勉なセドリック・ディゴリーの名前が、選ばれないわけがない。

「僕、君のこと尊敬してるんだよ。タイリー」
「俺を...?何故」

思ってもみなかった言葉を投げかけられて、俺は思わず足を止める。

「どうかした?」
「お前がいきなり変なことを言い出すからだろう」
「変かな?ずっと思ってたよ」

足を止めた俺を不思議そうに見てくるセド(原因でもあるくせにその態度は解せない)が、その口元をほんのりとあげて、また歩き出す。俺も彼の背中を追うために足を動かした。

「ずっとって?」
「ずっとはずっと。君と友達になれた時から、少しずつ。一番は、O.W.Lで全科目受けるって聞いた時かな」

セドは何かを思い出すかのように、静かに言葉を紡ぎ出した。俺は黙って、彼の話を聞く。

「最初は、同じようなあだ名で呼ばれてる人が気になって話しかけたんだ。言ったと思うけど」
「あぁ」
「君と仲良くなっていく内に、タイリアナ・シェバンはニックネーム以上の人だって思うようになっていったよ」

セドは俺の顔をじっと見つめる。俺も、彼の目を見返した。

「秘密の部屋の噂が回った時も、君の寮が大量に失点した時も、去年も、O.W.L以外でなんだか忙しそうにしてたよね。その全部に、ヒヨリや後輩のハリー達が関わってるだろ?」

今まであったことを思い出す。ハリー達が非難されて居心地悪そうに過ごしていた時。お嬢様が石にされた時。去年の、ヒッポグリフの裁判問題の時。その全てに確かにハリー達が関わっているが、一番はお嬢様の為だった。
お嬢様が大切に思ってるハーマイオニー達を助けるために。お嬢様を守る為に。俺はただ、手を貸しただけに過ぎない。

「俺はお嬢様の使用人だから当たり前だ」
「それでも、君は人の為に動ける人だよ。ヒヨリを大事に思ってるのもすごく伝わるし、君にはヒヨリっていう強い芯があるじゃないか。僕も、君みたいに動けるような人になりたいと思ってさ」

セドはそう言うと、笑顔を浮かべて俺を見る。セドのその笑顔がやけに眩しくて、俺は思わず視線を逸らした。
俺は、セドが言うほどに強い人間なんかではない。俺に言わせれば、今回の試合に挑戦しようとしたセドの方が、その言葉は似合っているんだ。







セドと別れて、グリフィンドールの談話室に入る。中には、ロンとハリーの間に挟まれてうんざりとした顔をしているハーマイオニーがいて。彼女は俺に気づくと慌ててソファーから立ち上がり、俺に近づく。

「...?どうかしたか、ハーマイオニー」
「タイリー、ヒヨリが...」

彼女の口が紡いだ名前に慌てて俺は周囲に目をやれば、暖炉のそばでぼーっと地べたに座っているお嬢様がいた。その隣にはアンジーとアリシアが座っていて。困ったようにお嬢様の背中をさすっていた。
足を動かして近寄れば、俺に気づいたアンジーとアリシアが俺と目を合わせて、何かをうったえるように首を縦に振って立ち上がり部屋へ向かう。あとは任せた、といったかんじだろうか。

「...お嬢様、どうかしましたか...?」

彼女の背中に言葉を投げる。こういうとき、東洋の人間が俺とお嬢様しかいないのはとても役に立つ。変に呪文をかけてわざとらしく秘密の話をするよりも、日本語で話した方がいい。俺は母国語でもある日本語で呼びかけて、お嬢様の背中に手を添えた。

お嬢様はゆるりと俺の顔を見上げると、目尻を下げて何かを懇願するかのように俺の名前を呼んだ。

「...タイリー。これ、見て」

そう言って、お嬢様はある1通の封筒を差し出した。
陸奥村家の家紋が角に書かれた封筒から、手紙を一枚取り出す。中には、墨で書かれた現当主であるコトヨ様の字で書かれた、日本語が連ねられていた。








『最終候補の中から、正式な婚約者を、決定』








その文字を見た途端、俺は思わず手からその紙を落とした。ひらりと舞いながらゆっくりと絨毯の上に落ちていく手紙。それを、視線を追って見届けたお嬢様が、俺の顔をもう一度見上げる。その目には、キラリと輝くものが浮かんでいて。思わず俺は手を伸ばした。

だけど、その手で何をすればいいというのか。親指を添えて、涙を掬えと?その白い頬に手を添えろと?

ただの、一介の使用人に過ぎない俺が、彼女に何ができるというのか。

俺は何かが出てきそうになるのを抑えて、手を元に戻してゆっくりと口を開く。こういうとき、彼女付きの俺が言うことは、ただ一つだ。

こうなることは、ずっと前から分かっていた。16歳になれば、彼女は陸奥村家を継ぐ運命にあったのだから。
日本の魔法学校に通っていれば、16歳を迎えたあの瞬間に、彼女は結婚をしていたのだ。それが少し遅れて、やってきただけ。

それでもホグワーツを卒業するまでは結婚はしないという約束をしていると、一度前に聞いていた。
だから、まだするわけじゃない。分かっている。たとえ結婚をしたとしても、俺はずっと彼女付きの使用人だ。この命が尽きるまで、彼女を守る人間だ。変わりはない。変わりっこない。




だから俺は。一度ゆっくりと深呼吸をして、そして、できる限りの笑顔を浮かべて口を開いた。



「...ご婚約、おめでとうございます、ヒヨリ様」



陸奥村家を継ぐことになった彼女を、お嬢様とはもう呼べない。
俺は、ヒヨリ様の目をじっと見つめる。彼女はその目を一度閉じて、そしてゆっくりと言葉を紡いだ。




「ありがとう、タイリー」



その声が震えているだなんて、俺は一切気づいてなんていない。


気づいては、いけないのだ。





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