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皆も踊り出して(ジョージはアリシアと、リーはケイティと)、私は一人壁によりかかりながらその光景を見ていた。ハーマイオニーはネビルと練習している。何回か足を踏まれてるのだろう、顔を数回しかめながらぎこちなく踊っていた。舞踏会なんて、普通に生きてたら中々経験するものじゃないし、社交ダンスも慣れてなかったらリードも大変だろう。皆の踊ってる風景をニコニコと眺めていれば、私と同じようにその光景を微笑ましそうに眺めている人がいた。

少し長くなった黒髪を耳にかけて、腕を組みながらうっすらと口角を上げているタイリーだ。

私はじっとタイリーを見る。タイリーも私の視線に気づいたのか私と目が合うと、一瞬目を見開いてそしてニッコリと笑みを浮かべた。彼の背中が壁から離れて、その足がゆっくりと動き出す。私も、背中を壁から離して前に歩き出す。皆の踊っている集団とは離れて、私たちは端の方で眺めてたから、障害物はなにもない。

私達はお互いに近づくために真っ直ぐに歩き出し、そして向かい合う。
ぐんぐんと背が高くなっていったタイリーは、私の頭2個分は大きくなってるのだろう。笑顔を浮かべて彼を見上げれば、タイリーは恭しく右手を腰の前にだして、頭を下げた。私もドレスを着てるフリをして、自分の制服のスカートの裾をすこしだけ上げて腰を曲げる。

前に差し出された右手に自分の左手を添えて、右手はタイリーの肩に置いて。
私達は部屋の隅で、流れるワルツに合わせてステップを踏んだ。



小さい頃から、私とタイリーは一緒にいた。幼馴染なんて仲ではなかったけど(使用人と主人だし)、お互いの気心は知れた仲だ。いつかは家を継ぐ運命にいた私は、昔から何回も社交界というものに出向いてはダンスを踊っていた。その練習相手は、いつもタイリーだった。未来の当主付きの使用人となるタイリーにも、お祖母様はたくさんの教育を施していて、その中の一つには当たり前のように社交ダンスも組まれていた。


だからこそ、グリフィンドールの王様は、どこまでも完璧な人なのだ。



私がもたつかないように優雅にリードするタイリーを見上げる。気づけば、私もタイリーも出会った時に比べれば大人になった。昔から端正な顔をしていたタイリーは、より一層綺麗な顔つきになっていて、切れ長な目がとてもセクシーだった。

でも、もう。そんな事を思ってはいけない身になってしまった。
正式な婚約者が決定して、私は婚約をしたのだ。ここまでくれば、もう後にも先にも逃げる事はできない。



彼を見上げていた視線を外して、タイリーの肩に置いた手に力を込める。このままでいたいと思っているのは、私だけなのだろうか。


ふと、周りを見れば、いつの間にか、私とタイリーの周りには人だかりができていたようだ。マクゴナガル先生が関心したような顔付きをしていた。こんなに注目されて踊るのも恥ずかしいもので、私が足を止めれば、タイリーも同じように足を止めて私の腰から手を離した。

「グリフィンドールには、スリザリン程の貴族の人間は多くありません。寧ろ少ない方です。さすがですね、Ms.陸奥村、Mr.シェバン。皆さんも、見てるだけではなく二人のダンスから学ぶべきものを学び取りなさい」

そんな大層なものじゃないと口を開いて思わず声を上げようとすれば、マクゴナガル先生が手をパンパンと叩いて人集りを散りばめる。私達を見ていたのだろう、アンジーとアリシアがにやにやと笑いながら、近寄って来た。

「流石ね、ヒヨリ」
「いつもの貴方らしくないぐらい綺麗だったわよ」
「アリシアひどい。これでも、小さい頃から舞踏会には出てたんだから」

と、そう言えば、二人は私の頭を優しく撫でる。まるで子供扱いのそれももう6年目にも慣れば慣れてしまうもので。私は「もう...」といいながらも、甘んじて二人の手を受け入れることにした。







グリフィンドールではこんな感じでダンスの練習があったわけだけど、他の寮がどうなのかはよくわからない。それでも、ホグワーツ中でなにやら色めき立っている事だけは分かった。図書館にいてもそわそわしてる人が沢山。女の子達も集団でくっついて男の子達を見定めるように眺めてる。

私は本の上に肘を付いて、前に座るハーマイオニーをみる。

「...なに?ヒヨリ」

私の視線に耐えられなくなったのか、ハーマイオニーが羽ペンを置いて本から顔を上げて私を見た。

「ロンに誘われた?」

頬杖をつきながらそう聞けば、ハーマイオニーはため息を一つついた。そしてゆっくりと首を横に振る。

「...あの子もまだまだ子供だからな〜...」

ツンツンばっかしてる子供のロンと、ロンより数十歩も先を歩く大人のハーマイオニーじゃ、いつ分かち合えるのかはまだまだ分からない。私は苦笑いを浮かべて手を伸ばし、ハーマイオニーの頭を優しく撫でた。
その時、こっちに近寄る人影があり、顔をあげると、そこにはなんとクラムがいた。ダームストラング校の代表選手、クラム。彼は、ハーマイオニーに近づいて、声を出す。

「Ms...あぁ〜...」
「グレンジャー」
「Ms.グレンジャー」

助け舟を出して上げようと、彼女の苗字を教えてあげれば、彼は私の方に小さく頭を下げてそしてもう一度ハーマイオニーを見た。

「ダンスパーティーに、一緒に行ってヴァくれないか」

彼はそう言って、ハーマイオニーの前に跪いて、彼女の手を取った。
まるで王子様のような誘い方に、私は思わず彼女の足を蹴る。そのお陰か、ハーマイオニーははっとして肩を上げて慌てて口を開いた。

「あ、あの...その、私...」
「いつでも、返事を待っている」

最後まで言わせずに、そう言い切ると、彼はハーマイオニーの手に口づけを落として立ち上がり図書館から出て行った。扉が閉じられるその瞬間まで見届けて、私はハーマイオニーを見る。冷静そうな態度をしておきながら、少し顔の赤いハーマイオニーが可愛らしい。

「...何よ、ヒヨリ...!!」
「しー...マダムが怒るでしょ」

ちらりと、こっちを睨んでいるマダムを見せれば、立ち上がりかけていたハーマイオニーは静かにもう一度腰を下ろして、手のひらで仰いで顔の熱を冷やしていた。

「私より...貴方は?沢山の人に誘われてるけど、もうパートナー決まってるんでしょ?」
「え?」

確かに、純血名家の後継だからか、スリザリン(私はグリフィンドールなのに、だ)の人とか、ダームストラングの人に誘われてはいる。でもたくさんってほどじゃない。2〜3人程だ。アンジーとアリシアなんてもっと多くの人に誘われてる(アンジーは待ってる人がいるからいいとして、アリシアはイケメンと踊りたいと言って選り好みしている)。

ハーマイオニーはそんな私をにやりと笑いながら見ていた。その表情に言葉をつけるなら、仕返し完了、といったところだろうか。でも、残念なことに、それは全くもって仕返しにもなっていない。

「私、ダンスパーティー行かないよ」
「....え?」

今度はハーマイオニーが目を見開く番だ。彼女にしては珍しく素っ頓狂な声を出して、私を見上げるハーマイオニーに私は苦笑をこぼす。

「どうして?折角の機会よ?タイリーといくんでしょう?」

当たり前のようにそうきいてくるハーマイオニーは、上半身をずいっと私に近づけて、そう聞いてきた。私は彼女の頭に手を置いて、優しくなで付ける。可愛いふんわりとしたパーマのかかった栗色の髪。最初に会ったあの時よりも背が伸びて、可愛らしかった目もきりっとして。きっとハーマイオニーは美人になる(今も十分美人なんだけど)。それに気づいたクラムに、私は拍手を送りたいね。

と、まぁ。若干の現実逃避をしたあとに、私は息を一つ吐く。そして、本当は黙っておこうとしていた事を、話した。






「正式に、婚約したの」





そう言えば、ハーマイオニーは更に大きく目を見開いて、唇をわなわなと震わせて言った。

「そんな...そんなのって...」

遅かれ早かれこうなることは分かっていた。それに、本来ならもう結婚している身だ。その事を忘れるぐらいに、私はどうやらホグワーツで十分に楽しい生活を送っていたようで。

「これでも遅い方なんだよ」

涙をたんまりと目に溜めたハーマイオニーの頭を何度も撫でる。こんなに私に懐いてくれる後輩ができたんだ。
別に、いい。たとえ決められた人生でも、沢山の人の縁に恵まれた事に感謝をするべきだ。

ハーマイオニーは、私の目をじっと見つめる。前にもこんな事があったなと思って、私はゆっくりと彼女の頭から手を離した。私の代わりに泣いてくれるハーマイオニーの分も、私は笑顔をうかべているべきだと、思うから。




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