17

大広間で教師が見回っている中、テーブルの上で羊皮紙や教科書を広げてレポートを片付ける。アンジーとアリシアに挟まれながら、魔法薬学の教科書を開いていれば、隣の方でハーマイオニーとハリーが話してる声が聞こえた。

「まずいよ、このままじゃパートナーがいないのは僕らとネビルだけだ」
「ネビルはパートナーを見つけたそうよ」
「まじかよ...それ...ショックだ...」

ネビルは今回のクリスマスダンスパーティーになにやら力を入れているようで。部屋の中でちょくちょく踊っているらしい。4年生の部屋に近いタイリー達の部屋でも、よくどんどんと床を叩く音が聞こえるみたいだ。

斜め前に座るフレッドがなにやら羊皮紙をちぎって乱暴に走り書きして、それをロンに渡す。なにをしてるのかと、フレッドの隣に座るジョージ達が顔を上げた。私も同じように本から目を離して成り行きを見守る。

「...早くしないといい子は売れ切れちまうぞ...自分の事を心配しろよ」

ロンは小さい声で自分の兄にむかってそう怒り、渡された紙をフレッドに返す。フレッドはそれを丸めると、あろうことか私の隣にすわるアンジーの肩に向けて投げたのだ。ちょうど私にわからないことを聞こうとしていたのか、こっちを向いていたアンジーは急に何かを投げられて少しむっとしながら、原因の方を向く。

私は、アリシアの腕をちょんちょんとつつく。アリシアはその綺麗な顔に満面の笑みを浮かべて「後でからかってやろう」とでも言いそうなほどの表情で、アンジーとフレッドを交互に見た。

「アンジェリーナ」

フレッドは、アンジーをわざわざアンジェリーナと呼ぶ。

「俺と、ダンスパーティー行かないか?一緒に」

ジェスチャーをつけながら、見回りをしているスネイプ先生に怒られないように小さい声でそういうフレッドに、アンジーは一度フレッドをじっくりと見て、そして笑顔を浮かべて親指を立てた。

「あなたと?いいわよ」

その瞬間、私とアリシアとアンジーは顔を見合わせて、縮こまるように顔を付き合わせて椅子の上で小さくジャンプをした。ジョージやリー、タイリーもフレッドの事を叩いていて、ここまで長かったな、と勝手に感慨深く思った。

そんな事を思って幸せに浸かっていたのも束の間、どうやらそれを見て感化されたのかロンがハーマイオニーにダンスパーティーを誘った。それがフレッドみたいな感じなら良かったものの、あろうことか、その言い方はないだろうという言い方だったのが、ダメだった(ロンらしいっちゃロンらしいけど)。

「ハーマイオニー、君って女の子だよね?」
「...よくお気付きですこと」

そりゃ怒るわ。私ははぁ、と長くため息をついて、前に座るタイリーを見る。タイリーも、苦笑いを浮かべながらロンとハーマイオニーを見ていた。

「男は一人でも平気だけどさ、女の子で一人とか友達同士って平気とはいかないだろ?」
「お生憎様、もう申し込まれているわ!!」

ハーマイオニーは怒りながら本をパタンと閉じて羊皮紙を持って立ち上がり、前の方にいるスネイプ先生の元に行った。そしてレポートを提出すると、すぐに席に戻ってきて、ロンを睨むように顔を近づけて本を持った。

「もうイエスって返事したわ!!」

何回でもいう。そりゃ怒るわ。一体いつになったらロンは大人になるのかと私は内心呆れながら、広間をでていくハーマイオニーの背中を見届けた。










その日の夜、私とアンジーとアリシアはアンジーのベッドの上に集まっていた。例のごとく、女子会だ。しかも、アンジーが主役の。

「で...聞かせなさいよアンジー」
「どうなったの?あの後」

レポートを書き終えた後、フレッドは無理やりアンジーの手を引っ張って広間を出て行ったのだ。その時の私とアリシアの興奮は、クィディッチでグリフィンドールが優勝する時以上のものだったと思う。本当に。言い過ぎなんかじゃなくてガチで。

「...あの後ね」

アンジーは恋をする乙女のように顔を赤く染めて、枕をぎゅっと抱きしめてちょこんと座っていた。元気溌剌なところが取り柄のアンジーの、珍しいその光景に私とアリシアの盛り上がりはマックスだ。

「...フレッドに、告白されたわ...!!」
「キャーーーー!!」
「ほんと!?で、で、アンジーなんて言ったの...?」

シャワーを浴びて濡れた髪を振り回す準備は万端だ。私とアリシアは、アンジーのそばに更に近づいて、彼女の言葉を待った。アンジーは私とアリシアの目を交互に見て、そしてゆっくりと深呼吸をして口を開いた。

「...OKしたわ!!」
「「キャーーーー!!!!!!」」

思わずベッドの上に立ち上がる。アリシアがジャンプをするから中々バランスよく立つことはできないけど、それでも私達はその興奮を体で表現した。

「長かった...!!」
「やっとよ...本当にやっとだわ...!!」
「もう...!!」

照れながら私達を睨みあげるアンジーを、思わず抱きしめる。1年の頃から、なんとなーーーくそうなんだろうな、とは思っていた。フレッドは事あるごとにアンジーの名前をよんだり、アンジーにスキンシップをしていたから。
ずっと応援していた二人がやっと付き合いだした、その事が私とアリシアの胸を優しく締め付けていた。

「おめでとう、アンジー」
「嬉しいわ、とても」
「そう言ってくれる貴方達こそ、ありがとう」

ずっと一緒にいたんだ。私達は三人で抱きしめ合いながら、声を出してわらった。
アンジーの恋バナや、アリシアのお眼鏡にかなったパートナーの話をしている時、不意にアンジーが私の名前を呼んだ。もうそろそろ寝ようとしていた時だったので、私は欠伸をしながら「んー?」と答えた。

「あとは貴方達ね」
「え?」
「ヒヨリとタイリーよ」

二人はにこりと音がつくような綺麗な笑みを浮かべて私を見ていた。一瞬にして、目がさめる。どうやら私の周りにいる人は皆、そうやって私の事を応援してくれていたそうだ。

「貴方がタイリーを好きだなんて、お見通しよ、ヒヨリ」
「折角のダンスパーティーだもの、綺麗におめかしして、タイリーにあっと言わせましょうよ」

そう言って、自分のことでもないのに私のドレスの話をして盛り上がる二人を見る。きゃっきゃっと叫ぶ二人のせいで、またもやベッドが揺れた。私は、欠伸をするために口に持って行っていた手を降ろして、二人の名前を呼ぶ。

「なぁに?」
「どうしたの?」

私は眉を下げて、こっちを見た二人の目を見る。あぁ、本当は言いたくないけど。折角アンジーとフレッドが付き合い出したのに、この幸せな空気をぶち壊したくなんてないんだけど。

「あのね。私、ダンスパーティー行かないよ」
「...え?」
「どういうこと...?」

タイリーと行くと思っていたのだろう。二人は眉をひそめて、私の言葉を待った。




「この前、正式に婚約したの」





お祖母様から手紙がきた時、あまりにも急な話で年甲斐にもなく動揺したのをおぼえている。その時、私の背中をさすって何も言わない私の隣に、ずっといてくれたのはアンジーとアリシアだった。

「そんな...!!」
「でも...でもヒヨリとタイリーは!!」

二人が口を開いて言葉を紡ぐ。それでも、何を言えばいいのかわからなかったのか、中途半端なところで口を閉じると、少し青ざめた顔で、二人は私を見た。だから、いいたくなんてなかったんだ。





私は、タイリーが好きだ。大好きだ。

小さい頃から一緒にいて、ずっとずっと私を守ってくれた大切な人。

一緒になることはできない身で、こんな淡い恋心を抱いていてはいけないなんて、ずっと知っていたし、理解していた。全部、分かってる。分かってるつもりなのかもしれないけど。





「この前の練習の時に、一緒に踊れただけで、幸せだなって思ったよ」
「でも、それでいいの...?」
「貴方、タイリーが好きなんでしょ?」

アリシアとアンジーが、私の目を見ながら、震えるような声を出した。私は一度目を閉じて、そしてまたゆっくりと目を開く。





「好きだよ、タイリーが」



二人の息を呑む音がした。


「好きだよ。ずっと、ずっと前からタイリーの事が好きだもん。でもね、タイリーはきちんと身分を弁えてるから、私がそれを言っちゃだめなの。それにね、それに、一緒にいれるだけでもいいかなって、思うんだ」

でも本当は、違う。

純血主義なんて言葉がなければと、何度思っただろう。
こんな決められた道の上を歩くだけの人生だなんて、どこが幸せだというのか。
一緒にいれるだけで幸せだなんて。私はそんなにご立派な人じゃない。

本当は、連れ出して欲しい。使用人と主人の関係で終わりだなんて嫌だ。
でも、そんなことを私が言えるわけない。きちんと身分を弁えて、拾っていただいた恩義があるからと忠誠を誓ってるタイリーの身を、危うい立場にさせるのが私だなんて、嫌だ。

アンジーとアリシアの手が伸びて、私の肩を抱きしめた。

「泣かないで、ヒヨリ」
「好きな気持ちは、そのままでいいのよ、ヒヨリ」

アンジーとアリシアの胸元に顔を埋める。自然と溢れては溢れる涙が、二人の服を濡らして、そしてベッドのシーツにも染みを残した。

なんでうまくいかないんだろう。なんで、私は好きな人と一緒にいれないんだろう。

あぁ、それもこれも全部、私がこの家に生まれたからなんだけど。





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