18

フレッドとアンジーが付き合い出したらしい。1年の頃から見ていたからか、祝福というよりもやっとか、といった感想の方が大きかった。

いつも一緒にいるメンバー同士が恋人同士になったからといって、俺たちに何か変化があったわけではなかった。
清々しいほどに二人はいつも通りだ。なのに、部屋に戻ればフレッドはアンジーとの惚気話のオンパレード。もうそろそろ呆れも通り越して、いつも幸せそうで何よりだ、とむしろそれが通常営業になってきた。

「はぁい、タイリアナ。もしよかったら、その...私とダンスパーティーに行かない?」
「申し訳ないが、断るよ」

廊下を歩けば色んな寮の女子から話しかけられる。そもそも、俺はダンスパーティーに行く気は無いために、そのような誘いは断るのも申し訳ないくらいだ。
いっておくけど、別にこういった行事が嫌いなわけじゃ無い。ヒヨリ様が、俺以外の男と踊っているのを見るのが嫌なだけだ。


あぁ、はっきり言うさ。きっとあいつらにも、セドにも、ハリー達にも気づかれてる。だけどそれに、気づいていないフリをしないといけないのが、俺の役目だ。


パーティーへの誘いを断るのも面倒なため、誘われないように歩く速度を早める。ふと顔をあげると、そこには真っ暗な空虚が眼下に広がっていた。ホグワーツの気まぐれな階段の事だ、どこかに行ってしまったのだろう。いつか降りてくるのを待とうと、俺は一人で他の生徒と同じように上を見上げて待っていた。

「あれ、タイリー、どうしたの?」

聞こえた声に後ろを振り向けば、そこには黄色のネクタイを締めたセドが立っていた。ハッフルパフの寮は地下にあるから、隣に待機してる階段を降りようとしていたのだろう。彼の友人数人が「セドリック、先に行ってるぞ」と言いながら階段を降りて行った。

「あぁ...気まぐれな階段だね」

セドは笑いながらそう言うと、肩をすくませて俺の近くに寄ってきた。ちらりと隣に立つセドの顔を見て、俺は口を開く。

「いいのか?」
「ん?あぁ、大丈夫」

階段の下でこっちに向かって手を振っている友人に手を振り返して、セドは笑いながらまたこっちを向いた。

「タイリー、君はパートナー決まったのかい?」
「いや...パーティーには参加しない」
「どうして?ヒヨリと行くんじゃないの?」
「まさか...!!」

さも当たり前のようにそうきいてくるセドに、何言ってるんだこいつ、と目を細めて見る。

「じゃあ、僕がヒヨリを誘おうかな」
「...お前、チョウに申し込んだんだろ?」
「知ってたんだ?...そんな怖い顔しないで、誰も君のヒヨリを取ったりなんてしないから」
「はぁ?」

突然変なことを言い出すセドに、俺は思わず大きい声を出した。周りで同じように階段をまっていた生徒が何事かと俺たちを見る。それをちらりと見て、セドは呆れたような顔で俺を見た(俺が呆れたいぐらいだ)。

「そもそも、ヒヨリ様は誰のものでもない」
「でも自分のものにしたいんだろ?」
「セド、急に何を言うんだ」
「素直になれよ、タイリー。なんでそんなに意地を張るんだい?」

セドが俺の肩を掴む。もうすぐで階段が動き出しそうだ。階段をちらりとみて、俺の肩を掴むセドの手に自分の手を重ねて無理やり剥がした。中々離そうとしない彼に少々イラついたのはあったが、手を乱暴に放り投げるようにしてしまったのは申し訳ない。

「ヒヨリはきっと、君の言葉を待ってる」
「俺の?なんの言葉だ」
「分かってるんだろ?」
「何を」

イライラする。何もかも分かってるつもりのセドの言葉に。
諭されているこの状況に。色んな人が何だ何だと見てくるその好奇な視線にも。
どんどん語気が荒くなるセドは、まるで周りの視線など御構い無しに、俺の前に回り込みまた肩を強く掴んだ。

「君が倒れた時、誰が一番に抱きしめた?ヒヨリが石になって戻ってきた時、誰が彼女を強く抱きしめてた?全生徒が目撃してるんだよ、タイリー。皆が知ってる。君がヒヨリを、特別に思っ「セドリック」

彼が皆まで言う前に、セドの言葉を止めた。物理的にだ。
セドの口を手で覆って、俺は首を横に振る。

特別に?当たり前だ。俺は彼女の使用人なのだから、特別に思っているのは当たり前だろう。

「セドリック」
「...タイリー、どうして君は...何で本心を隠すんだ...?」
「俺はヒヨリ様の使用人だ。それ以上でも、それ以下でもないんだよ」
「だから...!!それだけじゃないだろうって言ってるんだ!!君はヒヨリを大切に思っていて、でもそれは、使用人だからとかじゃなくて、一人の男として一人の女の子が大切だから!!」

セドリックの叫び声に、周りが静まる。興味深そうに見ていた生徒も、どうやら心配そうに見ているようで。だからといって、特に殴り合いでもする雰囲気でもないからか、他の生徒はやっと戻ってきた階段に足を乗せて我先にと登って行った。

「...正直になれよタイリー...君がそんなんじゃ、ヒヨリの気持ちはどうなる...?」
「セド、お前は何も知らないだろ...!?」

知ったような口をきくセドに、俺は思わず手をあげて、肩にあったセドの手を突き放した。
パンっと音を出して弾かれたセドの手は空中を切り、その音に導かれるようにこっちを注目する生徒。わざとらしく「喧嘩か?」といったのは誰だろう。いずれにしても、知ってる声ではないのは確かだ。

「知るわけないじゃないか...!!君がヒヨリの使用人で、ヒヨリは君の主人で、ヒヨリは由緒正しい純血の子で...?それがどうした!!」
「どうしたっていう問題じゃない...わかるだろう...!?」
「分かるわけないよタイリー...!!」

ローブに光る監督生のバッチだけが、今の俺とセドの理性を繋ぎとめていた。ここでこれ以上大きな声を出したら、問答無用に寮監の部屋行きだ。ハッフルパフの寮監は優しそうだからいいが、さすがにグリフィンドールの寮監はそうはいかない。

もう話は終わりだ。少し震えた声で俺の名前を呼び「待って...」と追いかけるように俺に腕を伸ばしたセドを無視して、俺は階段を登る。

「タイリアナ!!」

階段がまたもや動き出し、階段を登っている最中だった生徒があわてて走って別の階段へ向かっていくのを横目に、離れていく階段を見上げてるセドを見下ろす。
彼の声は案外大きく、他の生徒がコソコソと話しながら俺達を見ていた。

「...ヒヨリ様は、正式に婚約したんだ」

俺の小さい声が聞こえたのか、セドは目を大きく見開いて、空中に伸ばしていた手を力なくだらりと降ろした。
彼の、じっくりと見つめてくる目から自分の目を離す。このままセドと一緒にいれば、何かがはち切れそうだった。








セドの視線から逃げるように廊下を走る勢いで、寮に戻った(もちろん走ってなんていないが)。
グリフィンドールにしては珍しく、談話室には人がまったくいなかった。恐らく他の人は、ダンスパーティーのためのパートナー探しにでも勤しんでいるのだろう。

俺は自分の部屋に戻ろうと、部屋に続く階段に足を踏み入れた。その時、いつの間にいたのか後ろから俺のローブを引っ張る人物がいた。

「待ってタイリー」
「...何の用だ、アンジー、アリシア」

それはアンジーとアリシアだった。後ろを振り向けば、二人は低い位置から、俺のことを見上げていた。
そのきつい視線から、何かを言いたいのだろうことは察したため、息を一つ吐いて腕をくみ、壁に寄りかかる。

「...手短に頼む」

虫の居所が悪いのは自分でも承知の上だ。
できれば早く頭を冷やしたかった。アンジーとアリシアを睨むように目を細めてそう言えば、二人は顔を見合わせて文字通り、俺を睨んだ。

「ねぇタイリー」
「なんだ?」
「さっきの貴方とセドリックの喧嘩が聞こえてたから、私達も簡潔に聞くわ。貴方、ヒヨリが好きなんでしょ?」

虚をつかれるとはまさしくこれか、と思った。思わず目を見開いて、二人を見下ろす。

「見てれば分かる。貴方たち二人とも、お互いが大好きで大好きで仕方ないのよ」
「違う」

どうしてこうも同じことをいってくるのだろう。
セドに続いてアンジー達までもが、俺を諭すように。いや、二人はきっと怒っているに違いなかったけれど、それでも俺を睨みながら、優しい口調で続けた。

「違くないわ。タイリー...違うわけがない」
「ヒヨリが知らない人と、偽りだとしても愛し合っても許せるの?」
「それが彼女の幸せなら、それでいいんだよ」

今も昔も変わらずに、俺はヒヨリ様の幸せだけを祈ってきた。
彼女の幸せに、俺自身が関わっていくことはきっとないんだ。いや、絶対にないと断言できる。
ヒヨリ様の幸せがなんであろうと、なかろうと、陸奥村家の後継として生きていくことの覚悟を持っている彼女の人生の、邪魔だけはしたくなかった。

俺の言葉に、二人が何をおもったのかはわからない。
だけど初めて、共に過ごして6年目にして、この二人がここまでキレるところを初めて見た。
一度ヒヨリ様が"イエロー"と差別用語を言われた時以上に、感情のままに口を滑らしそうなほどの勢いで、二人は目に涙をためて大きく口を開けた。

「私はね、タイリー!!貴方のことを親友だと思ってる、えぇ、そうよ!!だって5年も一緒にいるんだもの、貴方のことが私も、アンジーも大好きよ!!」

アリシアが俺の胸元を強く叩きながらそう言った。

「だけどね...!!ヒヨリはそれ以上に大好き...!!だって私達同室で、どんな時も一緒にいて、泣いたり笑ったり、くだらない事で喧嘩したり、本当にずっと、ずっと色んなことを共有してきたんだもの!!」

よくわからない喧嘩をしたり。三人で何がおもしろいのかずっと笑いあっていたり。アンジーの恋路をずっと見守っていたり。毎日の寝起きを一緒に、過ごしてきたんだ。きっと俺とは違う生活を、5年間彼女と共に過ごしてきたのだろう。

「ヒヨリが大好き。親友だもの。ヒヨリには幸せになってほしい」
「なんで...!!貴方が本当に思ってるヒヨリの幸せと、ヒヨリの思ってる幸せは一緒のはずでしょう!?なんで、なんで逃げるのよ!!」

アンジーが涙を頬に流しながら、俺を見上げた。
流石に、美人二人に泣かれるのは困った。特にアンジーはフレッドの彼女だから。もしもばれたら、あとで怒られるだろうな、なんて現実逃避をしながら、二人の視線から目をそらすように、俺は遠くの方を見た。

「そうやって逃げて...どうしたいのよ。自分の本心からも、ヒヨリの気持ちからも逃げて!!」
「ヒヨリの婚約が決定したそうね!!満足?知らない人と結婚を虐げられたヒヨリを、幸せそうだって思ってるなら、貴方のその優秀な脳みそには何が詰まってるのよ!!」

アンジーとアリシアは拳を握っていた。きつく握り締められたその手は、かすかに震えていて。

「そう思わないといけないのが、使用人の役目だ」

それでも、彼女の言葉に素直に「そうは思わない」だなんて言うことは許されない。
二人が怒っているのも、それこそぶちぎれているのもわかっていた。二人は俺の言葉を聞くと、目を大きく見開いて、唇をわなわなと震わせた。

この言葉が、彼女達の怒りを助長させることはわかっていた。

アンジーが握っていた拳を開いて、大きく振り上げる。そして、俺の頬に直撃するように振りかぶって、大きい音を鳴らした。ジンジンと広がる痛み。俺は俯いたまま、下唇を噛み締めた。

「この...分からず屋!!」
「頑固者!!」
「あんたがその気なら私達だってそうするわ!!」
「ヒヨリの為だなんて言っておいて、貴方全然...!!」

アンジーは途中で言葉を止めた。続きを言おうとして、それでもまだかすかに残る理性のおかげなのか、アンジーは口を両手で覆いながら俯いた。
アリシアがアンジーの背中をさする。そして俺をキッと睨むと、彼女を連れ立って談話室を出て行った。

何故こうも、俺の周りの人間は皆して言うのだろう。

彼女のそばにいれるだけで幸せなんだ。それ以上なんて求めていない。
そもそも、ヒヨリ様を守るために俺は生きているようなものだ。命を拾って頂いた身で、どうして家を裏切ることができるだろう。家の保護があれば彼女は無事に生きていける。最悪、彼女が生きてさえいれば、俺はそれだけでいい。

何故なら、それ以上を求めることは、俺には許されていないからだ。

いなくなった二人がいた場所を見つめる。床に敷いてある絨毯は、そこだけやけに黒く淀んでいた。




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