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このままだと、 明らかにダメだという事はわかってた。
喧嘩に発展したのも、俺が悪いのだろうこともわかってる。いや...何が悪いのかは分からないが、あいつらが怒っているのは、全て俺に対してだろうという事は。

一度ベッドに座り、はぁと長いため息をつく。今日は厄日かと思うほどに、セドにつづいて、アンジー、アリシア、そしてフレッドとジョージにまで責められた。考えても考えても、どうしたらいいのか分からない。なんで急にあんなに一気に攻められたのか、こうも立て続けにされれば流石に気も滅入る。
それでも、なんとか足を奮い立たせて談話室に降りるために部屋をでる。階段に足を踏み入れて、談話室まであと一歩というところで、フレッド達の声が聞こえて、足を止めた。どうやらまだ、生徒達は戻ってきていないようだ。

「あいつ、本当に頑固だ」
「タイリーの頑固なんて今に始まったことじゃないわ」
「それは...わかってるんだけどよ...」

しょんぼりとしているのだろう、フレッドの声が震えていた。
アンジーはフレッドの前に立ち、フレッドの背中をさするように腕をのばして彼の頭を包んだ。よしよしとまるで赤ん坊のようにあやしているアンジーをちらりと見たジョージが、肘掛に肘をついて口を開いたようだ。

「タイリーは、ヒヨリが好きなんだ」

五人に見えないように、俺は壁にできるかぎり体をくっつけて耳を澄ました。

「ヒヨリもタイリーのことが好きよ」

ジョージの後に、アリシアがそういった。
どうしてこうも、こいつらは同じことを何回も何回も繰り返すのか。

「家ってそんなに大事か?」
「さぁ...貴族の事は私たちには分からないし...」
「そんなに、家のことを考えないといけないのか?あの二人の気持ちは?あの二人の人生はあの二人のものだろ」

皆が、俺達を心配してくれてるだなんてわかってた。もちろん、わかってた。
俺が弱いってことも分かってた。誰よりも無力であることは間違いなかったから。
だからあの二人に、臆病者だと言われた時否定ができなかった。その通りだと思ったのだ。
ヒヨリ様は貴族だから、と言っていたのも、確実に自分の気持ちを言うことができない自分を肯定するためのいいわけにすぎなかった。ただ、それを認めたくなかったんだ。

「どうにかして、あの二人に最高の思い出作って欲しいんだけどなー」
「もう来年は卒業する年だもの」
「今回のパーティーなんてうってつけだろ...絶対一緒に行くべきだ」
「婚約が決定したなら...尚更よ」

ヒヨリ様は、ついに正式に婚約が決まった。お相手は日本の純血名家のご子息だ。

人生をかけて守りたいと思った彼女が、結婚をする。でもそれは、ヒヨリ様が心からその方を愛しているわけではないことぐらい、知っていた。ヒヨリ様が家の為に結婚をするということも、もちろん全部わかってる。

わかってるのに、フレッド達に言われた「ヒヨリ様のことを分かってはいない」といったその言葉が、頭から離れなかった。分かっているのは陸奥村家の内情だけで、 ヒヨリ様自身の気持ちや考えもなにも分かっていないと。
そんなことを言われたとしても、俺になにができるというのか。

自分の前髪をくしゃりと握る。五人の話し声がどんどん遠くになっていく感覚に落ちていった。

生涯孤独の身で、命を拾っていただきながらも身を置かせてもらってる自分が、当主に逆らってヒヨリ様を幸せにできるのかと聞かれて、どう答えろと。何度だって自問した。俺が、彼女を守りたいと。俺だけが、彼女のそばにいたいと。だけどそう問いかけるたびに、俺には一つの答えしか導き出せない。

俺にはなにも力がない。彼女を守れるだけのネームバリューも、力も、頼れるような家族も。





なに一つ、ない。




「ヒヨリはさ...タイリーと付き合いたいって思ってるのかな」
「愛してるわよ、あの子は」
「あーあ...幸せってなんなんだろうなー...」
「少なくとも、ヒヨリの婚約は幸せなんかじゃないわ」

アンジーがフレッドから離れて、ソファに座る。
彼女のその言葉に、俺は何かがはち切れそうな気持ちになった。胸が締め付けられて、昼に食べたかぼちゃジュースが逆流してきそうだ。

ヒヨリ様が知らない人と結婚する。家の為に、誇り高い純血名家の血を守るために、自分の人生を投げ打ってでも当主になる。それが、ヒヨリ様の幸せかって?

そんなの、火を見るよりも明らかだ。

彼女が無事ならそれでいい。彼女が生きているなら、彼女を守れるなら。そうやって、俺はずっと逃げてきた。

「無理だ...」

彼女が自分以外の男と一緒になる。それを素直に受け止められるほど、俺は利口な人間じゃない。

思わず出た言葉は静かな談話室では思いの外に響き渡り、五人があわててこっちを振りむいた。
壁からはなれて、後一歩の階段を降りる。五人の顔を見れば、皆罰の悪そうな顔で俺を見ていた。言い合いをしたんだ、アンジーとアリシアは間接的にでも泣かせてしまったのだから、俺もじっくりとは見ることができない。
それでも心配をしてくれているって、不器用なあいつらの本心を理解できたから、俺は顔を上げて全員の目を見つめた。全員が目を見開いているのが分かった。

きっと、俺の頬に流れる涙が見えたからだろう。

「俺だって、嫌に決まってるだろ...どうして好きな人に、好きだと言ってはいけないんだ...。ただ好きなだけなのに、何故隠さないといけない?」




出会って10数年初めて会ったあの瞬間から今迄、俺はヒヨリ様だけを愛してた。




「できるなら俺だって、ヒヨリ様に好きだと伝えたいさ!!でも、できるわけないだろう!?お前達が思ってる以上に、陸奥村家の純血主義は重い枷なんだよ!!一介の使用人である俺がヒヨリ様に告白をしたとして、その後どうする...!!俺に何が出来る...!!俺に、彼女を守れるだけの力なんてないのに!!」

息継ぎもせずに言い切れば、酸素がどんどんなくなっていった。大きく肩を揺らしながら、呼吸をする。
ようやく通常に戻ってきた時、頭が冴えわたり、周りをよく見ることができた。五人はいつの間にかソファから立ち上がっていた。じっと俺の目を見つめて、そして同じように涙を流すアンジーとアリシアが見れなくて、床に視線をおとす。

頬から落ちる涙が、徐々に絨毯を濡らしていき、そして大きな島を作った。



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