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あの出来事から、僕の頭にはどうしても、彼女の姿が離れなかった。
一瞬見えた青色のネクタイと、黒い髪、そして東洋人なのだろう顔。確か東洋人はホグワーツにも少なかったはずだし、すぐに見つかるだろうと僕は思っていた。


「最近君はいつも何を探しているんだい?リーマス」
「え?」


だけど案外見つからないもので。そりゃそうだ。ここには何人の生徒がいると思っているのか。そもそも何年生なのかもわからないわけだし。ぱっと見は1年生に見えたけれど、東洋人は年齢よりも幼く見えると聞いていたから、もしかしたら同い年、いや先輩だってあり得るわけで。

大変な人探しをしているな、と他人事のように思った。


「いつもキョロキョロしてねーか?お前」
「あぁ、まるで僕がリリーを探してる時のように!!」
「そこまでじゃねーだろ」
「さすがにそこまでだったら僕改めるよ...」
「なんだい二人して」
「で、でも...人探しは...して...るんだね...」


ピーターがそう言い、シリウスとジェームズがあぁ、そういえばといったような顔をしてこっちを向いた。まずったなとは少し思ったけれど、否定をしなかった自分も悪い。


「ちょっとね...」
「なんだいなんだいリーマス、ついに君にも...?」
「おいおいまじかよリーマス」


途端に騒ぎ始めるジェームズとシリウスに僕は慌てて否定をする。この二人が思ってるようなものとは違うのだ。ただ、なんとなく気になって人探しをしているだけで。そう言っても納得いかないのか、ジトーとした目を向ける二人に、僕は苦笑をこぼして逃げるように歩き始めた。授業に遅れるよ、その言葉を忘れずに。





でも、その瞬間はやっぱりまた唐突に現れたのだ。

あれから一回も医務室で彼女を見ることはなかったけれど、ついに満月になった今日、僕は耐え切れない苦しみを一人で我慢して、夜明けとともに医務室へ向かった。そこには、前と同じように先客がいて。


「...君は...」
「...Mr.ルーピン?」


マダムが奥で包帯や薬の準備をしている中、一人ベッドに座ってぼーっとしている女子生徒がいた。シャツを脱いで、上半身裸になっている。白い背中がこっちを向いていて、顔だけをこっちに振り向かせていた。


「...こんばんは」


もっと声をかけるべき言葉があっただろうと後悔したのは、彼女が少し笑ったからだろうか。彼女はシャツを着てボタンを閉めて、こちらに体を向けた。また、ボタンは第二ボタンまでしか閉められていなくて、その手にはネクタイが握り締められていた。


「おはようの時間じゃない?」
「...確かに、そうかも」


そういえば、その子はまたおかしそうに笑って。こっちにこないの?といった顔で自分の横をぽんぽんと叩いた。僕はゆっくりと足を進めて、彼女の座っているベッドに近づく。さすがにさっきまで上半身だけだとは言っても裸だった女性の隣に座るのは緊張したので、少し距離を開けて、座ることにした。


「君は...えっと、レイブンクロー生?」
「うん。アオバ・木ノ上だよ。あなたは...?」
「僕はリーマス・ルーピン。グリフィンドールだ」
「よろしくね、リーマスって呼んでもいい?」
「もちろん、こちらこそ、アオバって呼んでも大丈夫かい?」
「うん、是非」


ニコニコと笑いながらそう言った彼女、アオバの印象は想像していたものと少し違った。夜の月あかりで見た彼女の儚い印象はどこへやら、とてもよく笑う明るい子のようだった。


「アオバは何年生?」
「3年生だよ」
「同じ学年だ」
「うん、知ってる。悪戯仕掛け人って人たちとよくいるもんね?」
「あぁ...そうか」


アオバは僕のことを一方的に知っていたそうだ。必死に探していたのは僕だけだったみたいで、なんだか少し恥ずかしくなった。


「いつも医務室に来てるの?」
「...そう、かも」
「私もいつも医務室に来てるよ。マダムとは仲良し」
「仲良しって...マダムと?」


驚いて彼女の方を向けば、アオバは面白おかしく笑いながらこっちを見ていて。あぁ、からかわれたんだなとすぐに思った。アオバはネクタイを締めながら足をぶらぶらと揺らしていて。どうして医務室に来ているのだろうかと不思議に思った僕は、アオバに質問するか考えていた。


「リーマス、すごい傷だらけだけど。大丈夫?」
「あ...うん、大丈夫」
「そう?」


だけど、僕がもしそう聞かれてもきっと答えられないだろうから。聞くのはやめた。傷だらけな僕の体を見て、アオバが今と変わらないように笑顔を見せて話してくれる保証なんてないわけだし。


「私も傷たくさんだから、お揃いだね」
「傷が?」
「うん」


そういって袖を捲って見せた二の腕や内側の腕には何重にも巻かれた包帯があって。その手が次にスカートをめくって、あらわになった白い太ももに少し頭がクラりとしたけれど、そこにも包帯が巻かれていた。


「...女の子なんだから」
「ごめんごめん」

たしなめるように、スカートをめくっているその手を握ってスカートを下させる。ニヤニヤ笑いながらそう謝るアオバに、あぁまたからかわれた、と思った。


「Mr.ルーピン、こちらに来なさい」
「あ、はい」
「Ms.木ノ上は寮に戻りなさい」
「はい。ありがとうございました、マダム」


ベッドに近づいてきたマダムに頭を下げて、アオバは僕の方を振り返り、またねと一言言ってから医務室を出て行った。
僕はその姿を見送って、傷だらけの背中や腕を見せるために、彼女と同じようにシャツを脱ぐ。


「あの...」
「なんです?」


しみる薬を塗ってくれているマダムに話しかける。


「彼女は...アオバは、よく医務室にくるんですか?」
「えぇ。よく来ていますよ」
「そうなんですか...今まであったことなかったから驚きました」


そういえば、マダムは少し笑いながら、僕の腕を上げて包帯を巻いた。


「彼女の場合は、不定期ですから」
「不定期...?」


そう聞き返せば、処置は終わりだと、肩をポンポンと叩いてマダムは立ち上がった。


「この薬を飲んだら、寮に戻って結構です」
「はい。ありがとうございました」


ぽっぽっと煙の上がっている毒々しい薬の入ったゴブレットを渡し、マダムは奥へと消える。言われた通りに飲まなければ、僕は意を決してそのゴブレットに口をつけた。

苦い味がした。




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