君が君で僕が僕だという事

あの時、僕は自分でも自分が何をしたのかわからなかった。涙を流しながら日本に戻りたいと言っていたリンの頬に、気づけば指をのばしていたんだ。指先に伝わる彼女の涙をひとつだけ掬って、震えている彼女の頭を気づけば撫でていた。

孤児院から里親に引き取ってもらったリンには、姉がいたらしい。血は繋がっていないようだが、それでもとても可愛がってもらっていたのだろう。手紙を大切そうに撫でながら写真を見せてくれたリンの顔を見れば、わかった。

「レギュの家は、どういう家なの?」
「どういうって?」
「寮の友達は皆して、レギュと友達だって言うとびっくりするよ」

さっきまでの涙はどこに行ったのか、リンは目を細めておかしそうに笑った。なんと話せばいいのだろうか。日本にいたリンに、イギリスの魔法界についてまずは話していくべきか?

「...日本には、純血主義という言葉はあったか?」
「んー...聞いた事はある。歴史でならったかな」

その一言で、日本には血の差別などはないのだということがわかる。なんて説明したらいいのか。ある程度の知識はあるだろう事はわかったが、そこにどうやって話をつけ加えたらいい?

「ブラック家は、純血主義なの?」
「...君が賢い人でよかったよ」
「これでも2歳上だからね」

得意げに笑ってそう言ったリンはそのあとすぐにその目を垂らした。その表情で、なぜだか申し訳ない気持ちにいっぱいになる。

「そうかー...だから、皆びっくりしてたんだね...」

純血主義を重く掲げているブラック家の人間と、日本人の魔女が繋がっている。誰だってそんな事、思うはずがないのが当り前だろう。それに、きっと彼女は周りから見られたらマグルだと思われてるだろうから。

「レギュも、純血主義?」

学校に入るまでは、純血主義だった。マグルに対して穢れた血だなんだとは思っていなかったが、純血主義に疑問を感じた事はなかった。それは、今もだ。けれどリンに出会って、彼女と話すようになって、当り前のように彼女が隣にいるようになって。リンといるときは純血主義という枷に縛られる事もなく生きていけている自分が、実は一番好きなのかもしれないと思うようになった。

「...どうだろう。純血主義に反対をしているわけでは、ない。家も純血主義を掲げているし、それが嫌なわけでもない」
「そっか」

純血主義だという事に嘘はない。それでもリンがマグルだろうとなんだろうと、このつながりを消したいとは思わない。そう思えないほどの時間を彼女とともに過ごしてきた実感があるし、彼女のおかげで少しだけでも僕は変われた気がする。

「リン」
「ん?」
「僕が純血主義でも、変わらずにいてくれるかい?」
「私は親を知らないから、マグルなのかどうかはわからないけど、それでもいいの?」

この感情に言葉をつけるなら、何だろう。まだ12歳の自分に言える事はない。彼女のような人生を送ってきたわけでも、彼女のように暖かい感情を持ち合わせているわけでもないから。それでも、今の自分に言える事はただ一つだった。

「もちろん、僕からもお願いするよ」

どんな過去だろうとどんな生き方をしていようと、そんな事は僕とリンには関係ないのだろう、という事。



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