覚悟はとうに決めていたはずなのに

幸せなんてない。全てを捨ててこの土地に来た私は、本当にそうやって思って生きてきた。私にとっての幸せなんて、この世にはないと。自分が原因で、私は私を不幸にさせた。もちろん、人の縁での幸せはたくさんあるし、毎日が楽しい。同室の子や、こんな犯罪者を娘にしてくれたミネルバ、ダンブルドア先生、優しくしてくれるリリー、そして、レギュ。

皆に出会えた事が私の幸せだと思ってる。それでも、こんな犯罪者が幸せになっていいのか、と。私は時折考えてしまう。


レギュにもらったスズランを、部屋の窓側に飾った。同室の子達には「誰からもらったの?」と茶化されることも多いけれど。私はそれを無言の微笑で、押し返していた。

少し揺らせば鳴るのではないかと言うぐらいの可愛い小さなその蕾を指先で触れて、私は頬杖を付いた。ダンブルドア先生からもらったお姉ちゃんからの手紙には一言、こう書かれていたのだ。


『結婚を、しました』


おめでたい事だ。きっと彼女のウエディングドレスは綺麗なものだろう。この世で一番素敵なお姉ちゃん。この世で一番大好きなお姉ちゃん。お姉ちゃんの結婚式に、私も参加したかった。ウエディングドレス姿、見たかった。

まん丸い大きな月が空に浮かんでいる。同室の子達は皆寝静まっていて、私は一人窓越しに遠い国、日本を見ていた。手紙に入っていた動く写真には、お姉ちゃんがこっちに手を振っている。隣にいる男の人が旦那さんなのだろう。見に行くことのできない私のために、わざわざ撮ってくれたのだ。



写真の中のお姉ちゃんは、とても美しかった。


『あなたの無罪を訴えるのも、諦めてないわ。あと少し、待っていてね。』


その最後の一文を読み直す。
結婚してもまだそう言ってくれるお姉ちゃんに、嬉しい思いも半分。それと同時に、もういい、と言う諦めも半分。


結婚をしたんだ。幸せになってほしい。
こんな犯罪者の妹を持ってしまった姉には、私のことを忘れて、幸せになって欲しい。
温かい家庭を築いて、幸せになって欲しい。

私はその手紙をベッド近くの引き出しの中に入れたあと、ベッドの中に潜った。

覚悟は決めていた。もう、私から彼女に関わるのはやめようと。

手紙を出す事も、もうやめよう。
さようならを、告げよう。






「おはよう、リン」

朝になり、大広間でご飯を食べた後にゆったりと廊下を歩いていれば、後ろから声をかけられた。
振り向けばそこに居たのはレギュ。彼は教科書を片手に持ちながら、優雅にこちらに歩いてきた。

「おはよ、レギュ」

同じように挨拶を返せば、レギュはじっと私の顔を見つめると、その凛々しい瞳をわずかに下げて首を傾げた。

「どうかした?」
「いや……昨日は、よく眠れなかったかい…?」

彼がそう言うには理由があるようだ。伸ばされた指先が、私の目の下に触れた。

「クマ、ある?」
「あぁ…何かあったのなら…」
「ううん、何もないよ大丈夫」

首を横に振って、笑顔を見せる。
本当に、何もないから。依然として心配の表情を浮かべるレギュに、元気な姿を見せる。
にこりと笑えば、彼もまた少し微笑んで、大丈夫ならいいんだ、といった。

「昨日寝るの遅かったからかな」
「そうなのか?」
「うん、本読んでたの」

彼に嘘をつくのは忍びない。
本当は全てをさらけ出したい。1から10まで全ての事を。それでも、そんな事ができたら今頃私はここには居ないだろう。

誰にも言えない秘密を自分で作り、そんな秘密を抱えながらでも、生きていて良いと言ってくれた人達のためにも、私は責任持ってこの秘密を守り抜く必要があるんだ。

唇を噛み締めて、もう笑顔を顔に浮かべる。
私の頭よりも高くなったレギュを見上げて、授業行こうか、と声をかければ、彼もまた首を一つ縦に振り足を動かした。

コツコツ、とゆっくり鳴る靴音に自分の靴音を合わせる。

歩幅を合わせてくれるレギュが、今は無性に嬉しかった。


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