一人で背追い込ませないように、ただゆるりと動く刻。

日本から連れてきた少女がいた。悲劇ともいえる出来事の被害者である1人の子供。助けてあげたかった。誰もが不安と絶望にひしがれるこんな世の中で、彼女はただただ、大切な人を守っただけなのだ。勇気を持って、1人を守った勇気あふれる優しい行為。

それは必ずしも、讃えられるべき行為ではなかった。

禁じられた呪文はどの国にも言い伝えられている。必ず罰せられるようにできている。
それがどうしてもしなければいけない事だったとしても。それが、どれだけ大切な人を守ることだったとしても。それが、自分の身を守ることだったとしても。

例えば、今目の前で殺されるという時に、自分を守る為にその人を殺すなと言えるだろうか。
正義を持った行為が悪になることは、あってはいけない。

「ほっほっ、ホグワーツでの生活ももう2年が経つのぅ…どうじゃ、楽しいかね?」

目の前の少女にそう声をかけた。
暖かい湯気が立ち込めたココアの入ったマグカップを両手で包みながら、彼女は少しずつそのココアを飲み込んだ。

「はい、とても楽しいですダンブルドア先生」

にこりと笑ったリンは、初めてこの目に収めたあの姿からは想像もできないほどに、笑顔に溢れる良い子になった。

「友達も増えたようじゃのぅ。ハッフルパフではいつも和気藹々としてるのが見て取れる」

そう言えば、リンは小さく笑みを浮かべた。

「さて、今日ここに呼んだのは訳があるのじゃ」

今、世界は闇に包まれようとしている。
どこにも危険が訪れ得る状況で、彼女は半ば国に追われる様に日本を出てきた。そんな彼女に政府の目が光らないわけがない。

「闇の魔法使いが台頭してきた今、他国からの物を受け取るわけにはいかなくなってきたのじゃ…」

手紙のやり取りは一度中断する。
そう安易に伝えようとすれば、何を言わんとしていたのかがわかったらしい、賢明な彼女。
口を真一文字に引き締めて、コクリと首を縦に振った。

「わかっていました。覚悟はもう、できているんです」

また齢15にも満たないはずの少女が、なぜ一人でここまで背負わなければいけないのか。長い間生きてきた自分でさえ、彼女が不憫でならない。

「……政府と内通している貴族が気にしておる。誰とも隔たりなく繋がっているお主には酷かもしれんが…貴族の多いスリザリンとは、迂闊に話さないように気をつけるのじゃ」

誰とでも話すこの子の長所を捨てろとはいいたくない。それでも、保護者であるミネルバの気持ちや、連れ出してきた本人の気持ちとして、この子を守らねばならぬ義務がある。

彼女が部屋を出る。背中を見届けておやすみと一言告げれば、彼女先ほどまでの出来事を一切感じさせない綺麗な笑顔を浮かべて、おやすみなさいと言った。

「…ミネルバや」
「ええ、アルバス」

リンの隣で深刻な表情を浮かべていたミネルバに声をかける。当事者のあの子が必死に我慢しているというのに、年寄り二人が我慢できなくてどうする。
ミネルバは瞳に膜を張ったまま、彼女が閉じて行った部屋の扉を一人見つめていた。

「残酷な、世界ですね」

その一言に尽きるのだ。

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