せめてもと、君への想いを伝えたかった



三年生になると、周りの人たちの見た目が少しずつ変わっていることに気づいた。背が高くなったもの、いくらか顔つきが大人に近づいたもの。自分はどうだろう。いくらか精悍な顔つきになっただろうか。

新学期が始まり、いつものように列車に乗る。
遠くの方で兄さんのうるさい騒がしい声が聞こえが、耳を閉ざして俺は空いているコンパートメントに手を伸ばした。
窓側に腰を下ろして外を眺める。その時、窓に反射して映ったのは、空いている席がないか探しているリンだった。

キョロキョロとしながら首を動かしている彼女は、長期休暇に入る前に比べて少し背が高くなっていた。長くなった黒い髪を両肩から垂れ流して、首を振るたびにそれがさらりと流れている。
ああ、彼女も大人へ近づいているのかと、なんとなく思った。

コンパートメントの扉を開けて、リンの手を握る。細い指が折れないようにそっと力を込めて引っ張れば、リンは倒れそうになりながら俺のところへときた。

「お久しぶり、レギュ」

その言葉に、なんだかじんわりと心が暖かくなった。帰ってきた、とすら思える。長期休暇中も手紙のやり取りはしていたけれど、声は聞けない。リンの声が聞きたいと何度も思った。学校にいても毎日聞ける訳ではないけれど、それでも、俺が彼女を探せば彼女もまた同じように俺を探しているその事実のおかげで、学校での生活は些か過ごしやすいものへと変わっていた。

「...リン?」

名前を呼んでも彼女の返事がない。どうしたのだろう、リンは顔を俯かせて唇を噛みしめていた。膝においている手がキツく握り締められている。若干震えているその手の上に自分の手をおいて蹲み込んだ。覗き込むようにそっと、彼女に近づいてもう一度声をかける。

「リン、どうかしたかい?」
「あ...」

リンの名前を呼ぶと、彼女は少し肩を震わせた。
目を見開いて、俺の目を見るリンに心がざわつく。どうしたのだろう、何かあったのだろうか、いつものリンなら笑顔で、暖かい目つきで、俺の名前を呼んでくれるのに。

俺は静かに彼女の隣に座って、リンの背中に腕を回した。肩に手をおいて、そっと、俺の肩に彼女の頭を載せる。
少し驚いたのか息を飲む音が隣から聞こえる。肩から手を離して、優しく数回背中と腕を撫でて、最後に頭を撫でる。落ち着くだろうか、落ち着いてくれるといい。俺が何かをすることで彼女が安心するかはわからない。それでも、俺はいつでもリンをみていると安心するから。きっと、彼女もそうだといい。

「...あのね、レギュ」
「うん」
「この前...いつか、レギュには話すといったこと、覚えてる?」

顔に髪を流した状態で、俺の肩に頭を預けたリンの小さな声が聞こえた。反対の手で、彼女の髪をどけてみる。長くなった前髪を止めているピンが、きらりと太陽の光で輝いて見えた。

「あの時のことかい?」

一度、過呼吸で倒れたことのあるリン。泣きながら俺の胸元のシャツを握り締めていたリン。何があったのかはわからない。何がきっかけでこうなってしまったのかも分からない。それでもリンは、いつか、絶対に話すからと。そう、俺に約束をした。

「いつでもいい」

俺はきっぱりとそう言い切った。
目を開いて、少しだけ頭をあげたリンが俺の顔を覗き込んだ。近い距離に少し顔をのけぞれば、リンは少し前のめりになりながら俺の肩部分を掴んだ。

「今じゃなくていい。何があったかは聞かないけれど、君が苦しいなら無理には聞かない。だけど、君のことを知りたいと言ったことは本音だ」

どうやって日本で暮らしていたのか。姉の話や孤児院の話、魔法処に通っていた時の話。今の里親とはどうなのか。全て知りたいと思った。
キツく俺の肩を掴むリンの手に自分の手を乗せて、優しくその指を解く。何が彼女にそうさせているのかわからない。今、どのようなことを考えているのかも、わからない。それでもリンのことが、俺は無性に離せなかった。

「無理しなくていい。俺といることで無理をしてしまうなら...寂しいけれど、少し距離を置くよ」

無理をさせているなら、俺は身を引くしかない。ハッフルパフとスリザリンという時点で、目立っていたのは仕方ない。グリフィンドールじゃないだけこっちでは話題にも上がらないけれど(きっとハッフルパフでは何も言われてないだろう。あそこは寛大と見せかけた無関心の人が集まるところでもあるから)、それでも、純血と東洋人というだけで、リンが嫌な思いをしたことだってきっとあるはずだった。

「違うの、そんなことないの...!」

拳を解いた手が、俺の手を握った。何かをキツく握りしめて彼女の手が痛くならないのなら、俺の手を貸すのもまたいいかもしれない。
いく手がなくなったもう片方の手に、自分の手を合わせてみた。指の間に指を絡めて、握れば、リンも優しく握りかえしてくれた。

「それならよかった」

そう声をかければ、リンはまた顔をあげてその目を見開いた。薄らと膜の張った目が、俺の目に合わさる。
左手だけを離して、彼女の目に指を合わせた。



以前は、無意識でやっていた。太陽のように笑うリンに、涙は似合わないと思っていたから。そんな彼女の涙を、俺が掬ってあげたかったから。

だけど今は、自分の意思で動いた。
泣いて欲しくなくて、何が辛いのか何が苦しいのかわからなくても、きっと何かと戦っているリンの辛さを、少しでも分けて欲しかった。

「...泣かないで、リン」



君にはきっと、笑顔が似合っているから。




「あのね、レギュ...」
「なんだい?」

リンが、頬に沿われた俺の手を優しく両手で包みこんだ。
少し冷たい指先が心地良い。手が冷たい人は、心が暖かいとは誰に聞いたのだったか。多分、リンから聞いたのだろう。

「私、レギュが大好きみたい」

目を細めて、リンは笑った。ああ、俺の好きな笑顔だ。この笑顔がみたくて、俺は彼女のそばにいるのだから。

「俺も、リンが大好きだよ」

二人で顔を見合わせて、そして吹き出すように笑った。



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