許して欲しい、私はまだ子供のままです
「ホグズミード、一緒に行かないか?」
ある日の休み。友達とお昼を食べ終わり、皆が部屋に戻る中一人で図書館で勉強しようと向かっていた時だった。向こう側からスリザリンの生徒数名と歩いていたレギュが、クィディッチの練習に向かうところだったのか、箒を持ってこちらに近寄ってきた。他の人たちは物珍しそうに私を見た後、先に向かっているとレギュに声をかけて消えていった。その姿を見送り、レギュは改めて私の方を向いて、そう言ってきたのだ。
「ぇ…私と?」
「ダメ、かい?もう行く予定の人がいる?」
「あ、ううん、違うの。レギュこそ、他に一緒に行く人いるんじゃないの…?」
ブラック家というだけでもかなりの注目を浴びる人なのに、さらにレギュは細身の長身で顔つきも端正だった。お兄さんのシリウスさんとはまた違う切長な瞳に、たしかに同年代からの支持は圧倒的なものなのに。
「いや、いない」
「うっそだ〜沢山お誘い受けてるの見てたよ?」
いないと断言して首を横に振るレギュに、笑ってしまう。お昼休みや授業の合間、レギュに一緒にホグズミードに行こうと誘う女子の数は多く見受けられていた。それこそスリザリン生だけじゃなくて、レイブンクローの女子生徒でさえレギュのことを誘っていたというのに。
「あれは全て断ってるから。俺が一緒に行きたいと思うのはリンだけだよ」
レギュはそう言って目を細めた。にこやかな微笑みを浮かべてる。全く、彼は当たり前のようにそんな事を言うんだもんな。いつからこんな色男になってしまったのか。そういえば、彼のお兄さんもよく女の人をとっかえひっかえしてる。そこは血筋だったりして。なんて失礼なことを考えてしまった。
「…レギュってば、年上を揶揄うものじゃないよ?」
「からかってなんていないさ。…それで?一緒に行ってくれるかい?」
スリザリンとはあまり話すな、と言われていた。ダンブルドア先生にもミネルバにも、私が、私として守られるためには、出来る限り闇の魔法使いとの関係は切った方がいいから。
それでも、仲良しの友人として、レギュと関係を続けることは罪に問われるのだろうか?
…それは、今の私にはよくわからない。
「うん、もちろん。楽しみにしてるね」
だから私は、笑顔で答えた。
ホグズミード当日。同室の友達は皆してお洒落をして部屋を出て行った。彼氏との初めてのデートみたいなものだ。ウキウキしながらまるでスキップでもしてるかのような足取りを見て、思わず笑ってしまった。
「リン、貴方は結局誰と行くの?」
「ん?秘密〜」
「えー教えてよ!」
「今度ね」
かく言う私も少し、楽しみにしてる。ちょっとだけ、色付きのリップなんて塗ってみた。
皆が列車に乗るまでの道すがら彼氏と腕を取り合って歩く様子を見送って、私は一人列車へと乗り込む。あまりバレたくないし、スリザリンとハッフルパフというのは不思議な関係でもあるから、街に着いたら人目のつかない場所で落ち合おうとレギュと約束していたから。
どこか座る場所はないかと一人ウロウロする。皆友達や恋人と一緒に座ってる。どうしようかな、と思っていると、リリーに名前を呼ばれた。
「リン、こっちあいてるわよ」
コンパートメントに、スネイプさんと向かい合いながら座ってるリリーが私に片手を振りながら笑顔で言った。せっかくの二人の時間を邪魔するのも申し訳ないなと思いつつ、立ったままなのも嫌なので結局その中へと入った。
「こっちにどうぞ」
「ありがとうリリー。スネイプさんも、ごめんなさい」
「気にするな」
リリーが横にずれた。コンパートメントの扉側に座り、私はゆっくりと扉を閉じる。
スネイプさんは私の向かい側に座っていて、相変わらずの無表情のまま本を読んでいた。
「リン一人なの?一緒にホグズミード歩かない?」
「あ、ううん、違うの。あとで待ち合わせしてるんだ」
「そう…?」
たしかにホグズミード行きの列車で一人でいたら、一人で行くと思われるか。ちょっとそれも恥ずかしい。私はわざとらしくごほん!と咳払いをして、スネイプさんとリリーの顔を交互に見た。
「二人は?デート?」
「なっ、違う…!」
スネイプさんが直ぐに否定して来た。
なんだ、いつも二人でいるしそういうことなのかなってずっと思ってたのに。
「男と女二人で一緒にお出かけはデートだと思ってました」
「ふふ、たしかにそうね」
リリーがいたずらっ子の笑みを浮かべてスネイプさんをチラリと見た。スネイプさんは頬を赤く染めて、その視線を遮るように本を顔の前に持っていく。なんだか微笑ましいな。私は気づけばにこにこと笑っていて、そんな私をリリーが不思議そうに見てきた。
「リンは誰と行くの?もしかして、ブラックの弟?」
「うん、そうだよ」
そう答えれば、リリーが少しびっくりした顔をした。続けて言う言葉が、貴女こそデートじゃない!
私は思わず、え?と素っ頓狂な声をあげてしまった。
「君の理論で言うなら、男と女二人で出かけるのだからそうだろう」
馬鹿馬鹿しい、とまるで興味のないようにそう言い切ったスネイプさんをみる。もっと優しくいえないのセブルス、なんて、リリーの説教が横から聞こえてくる。
そっか、私とレギュは男と女だからデートになるのか。なんだか、ちょっとだけびっくりしたのに、そう思ったと同時に嬉しさも出てきた。
同室の皆みたいに、デートなのかもしれない。そう思うと、こんな服装で良かったのかなと少し焦ってきた。カバンの中にしまっていたコンパクトミラーを取り出して顔と服を一緒に確認してみる。
「そんなことしなくても、リンは可愛いわよ」
私のそんな姿を見て、リリーが口を手で覆って笑った。そのまま、私の髪に手を通してサラサラと抜いていく。
「そのワンピース、とっても可愛いわ。少し大人っぽいあなたにぴったりね」
ミネルバが買ってくれた服だ。
ミネルバはお淑やかな女性だから、私への教育もそう言った類のものが多かった。日本にいたときはパンツばっか履いてたのに、イギリスに渡ってからはいつもロングワンピース。
可愛いけど、ちょっとだけ老けて見えないかな、なんて思ってたのが少し恥ずかしい。
リリーは私の頭をポンと叩いて、目線を合わせるように背中をかがめた。
「デート、楽しんできてね」
優しく言ったリリーの言葉に、私ははにかむように頷いた。
ホグズミードについて、私はリリー達二人に手を振って人混みから離れた。革のリュックの紐を手で掴み、待ち合わせ場所へ向かう。
私もレギュも、これが初めてのホグズミードなわけではない。列車から降りたら右に歩いて、一本向こうの通りのポスト前。初めてくる人にしたらわからないだろう場所だし、郵便局に用のある人なんて学生にはいないだろう。
レギュらしい、気を使った待ち合わせ場所だなと思った。
「…レギュ!」
早めに向かったと思ったのに、レギュはもうそこにいた。ポストに寄りかかるように、空を見上げていたレギュが、私の言葉に振り返った。秋も始まる少し肌寒い季節。風がひとつ吹いて、私の髪が横に流れた。慌てて下を向いて埃が目に入らないように目を瞑っていれば、レギュが私の近くに歩いて来たらしい。彼の靴先が視界に入った。
「大丈夫かい、目にゴミは入ってない?」
幾分か背の高くなったレギュが屈みながら私の顔を覗き込んだ。近くなる顔に少しだけびっくりしながら、私はにこりと微笑む。大丈夫だよ、そういえばレギュがまた笑い返してくれた。
「どこか行きたいところはある?」
「ピン買いたいの」
「ヘアピン?」
「そう。色々買いたいなぁって」
自身の前髪に留めてあるヘアピンに手をやった。それを見たレギュが、同じようにその手を私の手の上にそっと乗せた。
ゆっくり撫でるように、指筋に合わせてピンを撫でるレギュの動きが、なんだか柔らかい。
「…探しに行こうか」
レギュはそのまま、私の手を下に下ろして握ってきた。指先を包むように、優しく。私も同じように、彼の指先を包み込むように握り返して、そして二人とも顔を見合わせながら指を絡めあった。
何も言わなくても、なんとなく、手を繋ぎたいなと思ったのだ。
「男女二人でお出掛けだから、これはデート?」
足を動かして向かい始める。レギュの行き先はなんとなくわかった。アンティーク調の骨董品がたくさん並ぶ通りの風景を見て、なんだか好みまで一緒なんだなと心が揺れた。
隣に並ぶレギュにそう聞いてみれば、彼はチラリと私のことを見下ろして、そして照れ臭そうに笑いながらこう言った。
「俺はデートだと思って来たよ」
あぁ、何でだろう。今、すっごく幸せな気分だ。