このまま大好きな人でいてほしい

「リン、こんなのはどう?」

レギュがヘアピンを手に取っていくつかわたしの前髪に乗せた。蝶の形をしたもの、星の形をしたもの、一番かわいいなと思ったのは、薔薇の花びらが散りばめられているものだった。赤色じゃなくて、青色の。私はハッフルパフだけど、青でも全然良いんじゃないかな、何て思いながらレギュが渡してくるピンを手に取って鏡で確認した。

「レギュ、センスいいなぁ…全部可愛いよ」
「そう?」
「どれにするか迷っちゃう…どれがいいかな」
「君が良いと思うものにしなよ。買ってあげる」
「え!?いいのに!」

慌ててレギュにピンを戻した。レギュは笑いながらそれをまた私に戻して、首を傾げた。やけに様になっている。彼は口角を少しだけ上げて、その切長な瞳を細めながら私に言った。

「リンが欲しいものをあげたいんだよ。誕生日も近いから、買わせてくれないか?」

そんな風に言われたら断れないじゃないか。私は大人しく、レギュからヘアピンを受け取って、可愛いなと思った薔薇のそれだけを手にして、他を戻した。

「じゃあ、これが欲しいな」
「一つでいいの?」
「うん、レギュに買ってもらえるだけで嬉しいよ」

これが彼からの誕生日プレゼントになるなら、これ以上に嬉しいものなんてない。私はレギュにそれを渡して、笑いかけた。
アンティークショップは人が少ない。店員さんでさえ寝ているのか、ほぼほぼ人が見当たらない。私とレギュは誰にもバレないようにこっそりと動く必要もなくて、堂々とお話をしながら買い物をしていた。

レギュに渡した時、不意に指先が触れ合った。あ、と思ったと同時に、レギュが私の手を握った。ぎゅっ。冷たい手と、私の少し温かい手が交わった。

ふふ。小さく笑えば、レギュも同じように小さく微笑んで、私を引っ張りながらレジへと向かう。隣に立って会計の終わったそのヘアピンを、レギュがそっと私の前髪につけてくれた。

「似合う?」
「うん、可愛いよ」

私の頭をポンッと撫でて、レギュがニコリと笑った。店員のおじいさんの生暖かい視線が少しだけ恥ずかしくなるけど、私も構わずに笑顔を浮かべてありがとう、と声に出した。




「え、シーカー?」
「あぁ、シーカーになった」

2人で色んなお店を巡った後、人気のいない湖の近くで腰を下ろしてココアを飲んだ。私が大好きなのを知ってるから、レギュが買ってきてくれたのだ。隣に座りながら、天気の良い空と太陽の反射する湖の湖面を眺めて、2人ともがいろいろな話をしていた。

その時に聞いた。
レギュは、シーカーになったらしい。

クィディッチのチームに入ってることは知っていた。一緒の授業を受けたことはないから彼の箒の実力がどの程度なのかは、わからないけれど。シーカーに選ばれるほどなのだ、申し分ないのだろうな。

「凄いじゃん、レギュ!お祝いしないと!」
「そんな、いいよ。ただ、少し嬉しいからリンには伝えときたかったんだ」
「レギュって頭も良くて運動神経もいいの?凄くない?」
「そんなことないさ」

謙遜も上手とは。いやはや、貴族とは凄い。恐れ多い存在だ。
私は目を丸く見開いて、レギュの方に前のめりがちだった体をゆっくり戻した。
両手で抱えたココアをゆっくりと飲む。甘い口当たり、マシュマロが溶けた味が喉に流される。

「凄いなぁ…」

皆、凄いなぁ。

私の周りにいる人達は、秀でてるものが多い。お姉ちゃんも、美人で頭も良くてしっかり者の、皆の中心になる人だった。
リリーも、美人で頭が良くて、頼りがいのある素敵な人。レギュだって、そう。

同室の友達だって。母親となってくれたミネルバだって。

私の周りの人達はこんなにも、凄いのに。凄くて、凄くて、凄くて、尊敬できる人達なのに。

肝心の私はどうだろう。

湯気の立ち込めるココアを覗き込んだ。真っ黒なその飲み物には、どろどろとした粉が溶かされているから何も映らない。

まるで私のようだった。

「リン?」

レギュが私の名前を呼ぶ。顔を上げて、何?と首を傾げて笑ってみた。うまく笑えているかはわからないけど。レギュはそっと手を伸ばして、私の頬に手を添えた。親指の腹が、私の目元を、優しく撫でる。

「…泣いてる?」

レギュの小さい声が風に乗って聞こえる。泣いてる?私が?まさか。泣いてるわけがない。レギュの手に自分の手を乗せて、彼の指を骨格に沿って撫でてみた。

ゴツゴツとした男らしい手。去年までは私と同じような小さい手だったはずなのに。

「泣いてないよ?」

私よりも年下のはずのレギュが、なんだか大人に見えてくる。

「レギュの方が、年上みたいだね」
「君のことを年上だと思ったことはあまりないよ」
「ひっどい、それどう言うこと?」

顔を合わせて笑った。誰もいない2人きりの湖デート。私たちの笑い声が木霊して、湖面が揺れた。風に沿ってゆっくりと同じように流れていく様子が、なんだかとても羨ましく思った。

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