私は明日、貴方に会える

闇の魔法使いが台頭してきた、とはダンブルドア先生から教えてもらっていた。実際にそれがどれぐらいなのかはわかっていない。どんな状況からそう結論したのかも、わからない。

日刊予言新聞が頭上から降ってきた。隣に座ってる友達の物らしいそれに手を伸ばして、読んでもいい?と許可を得て、私はそれを読み進めた。

『闇の帝王、マグルの家を数十軒破壊』
『死喰い人現る』
『あちこちに現れるあの紋章』

書かれているのは闇の魔法使いのことばかり。鳥肌がたった。この紋章も、死喰い人の写真も、私はこの目に収めたことがある。至近距離で、外道な呪文を使うこいつらを、見たことがある。



磔の呪文を浴びたお姉ちゃんを、石になって固まったまま私は見続けた。目の前で何度も犯されていたお姉ちゃんを、私は何もできずに見ることしかできなかった。無力の私が、そこにいたじゃないか。


「……っ!」

新聞を思わず放り投げた。どうかした?と友達が問いかける。私は慌てて首を横に振って、虫がいた、と嘘をついた。

腕をさする。寒い。あの雨の降った夜の日が脳裏にこびりついて離れない。ずっと私にしがみついて離れない。
寒い。痛い。熱い。
あの時叫んだ呪文が、初めて成功させた呪文が、喉の奥から私を切りつけるように、熱いマグマを投げつけてくるように。痛くて痛くて痛い。

「ごめん、先行ってるね」

私は椅子から立ち上がり、廊下に出た。次はミネルバの授業だ。もう彼女はいるだろうか。今すぐにでもミネルバに会いたかった。お母さんと呼んだことはないけれど、彼女は私の母親だ。暖かくて、優しくて、時に厳しいけど、それでもいつも私のことを守ってくれる。

今はただ、守ってほしかった。

「…ミネルバっ…!」

変身術を行う部屋の扉を開けた。ミネルバは、机に向かってペンを動かしていて、私の勢い良くでた大きな音に顔をあげた。

「…リン?」
「ミネルバ…!」

私は駆け寄った。扉を閉じて、まだ誰も生徒のいない部屋を走ってミネルバに思い切り抱きつく。ミネルバは私を受け止めて、頭を撫でてくれた。

「どうかしたのですか、リン」

何かがあったわけじゃない。ただ、過去を思い出してしまっただけ。決して無くなることのない、自分の引き起こした悲劇を思い出してしまっただけ。

私はミネルバに抱きつきながらゆっくりと深呼吸をした。ミネルバは、私の頭を撫でながらゆっくり背中をポンポンと叩いてくれる。気持ちのいいリズムで、何だか寝てしまいそうだ。

「ミネルバ、あのね」
「えぇ、どうしましたか?」

私、怖いの。

不意に出た言葉に、ミネルバが手を止めた。背中の真ん中で止まるその手が、少しだけ震えている。怖いなんて言ったことない。ここにきて3年目。楽しいことの方が多かった。色んな人に出会って、刺激を受けて。犯罪を犯してしまった私でも、こうやって生きてもいいんだよって教えてくれた。幸せなことだって、わかっているのに。

それでも私は、怖かった。

あの夜が忘れられない。あの日の光景が忘れられない。

いつまでも、忘れるなと囁いてくるあの仮面をかぶった男が。

「怖い…っ…私、私はっ…」
「リン…」

涙が出てきた。こうやって新聞にも載るほどに、イギリスでも闇の魔法使いが台頭してきた。もう時代は、闇の時代。ハッフルパフの人達でさえスリザリンを遠巻きに見るようになった。嫌なのだ。大好きな人たちに闇がすぐそこまできていることが。同室の子たちや、ミネルバ、ダンブルドア先生、リリー。そして、レギュに。闇が近づいていることが。

私はどうしても、それが怖かった。

「私がいるせい…?私がいるせいで、こんなにも闇が深くなっちゃったのかな…」

そんな事はない。もう1人の自分が心の中で否定した。そんな事はない。私だって、ある意味ではその闇の被害者なのだから。私が今ここにいるのは、禁じられた呪文を使ったから。

だけど使ったのは、私が弱かったから。

「違います…!」

ミネルバが、きつく私を抱きしめた。

「違います…貴方のせいではありません…!貴方が弱いからではありません…!」

むしろ貴方は、とても強い女の子ではありませんか。

ミネルバは、声を震わせてそう叫んだ。私のことをぎゅうっと、きつく抱きしめて。苦しくなるほどに、私の背中に腕を回して。ミネルバは、何度も否定してくれた。

私が悪いのではない。私が弱いのではない。

「リンが自分を否定する必要は無いのです…貴方の優しさや、慈しみは、皆に伝わっています。貴方は…優しい人なのだから…!」

ミネルバが私の頭ごと包むように、抱きしめた。耳元にミネルバの声が聞こえる。あぁ、優しい。聖母のようだ。ミネルバに大丈夫だと言われたら、きっと大丈夫なんだろうなと思えるくらいに。

ミネルバの背中に回していた服をキツく握りしめて、私は彼女の胸の中でありがとう、とつぶやいた。




その日の夜。皆が寝静まった静かな部屋の中、私は1人で窓辺に座りいつだかもらったスズランを眺めていた。
スズランは未だに枯れる事なくそこに佇んでいる。一つの蕾が開いて、中から硝子が落ちてきた。涙のような、雫のような形をしている。私はそれを月の光に当ててみた。その時、フクロウがやってきた。

「…こんな夜に?ありがとう」

窓を開けて、私に手紙を一つ渡したフクロウの頭を優しく撫でる。一度満足したのか目を細めたフクロウがまた空へと飛び立った。

手紙にはこう書かれていた。


明日の夜、会いたい。
RAB


その一言が、私の胸を暖かくした。何かが広がるようなそんな感覚。手紙を抱きしめて、深呼吸をする。レギュがいるだけでこんなに癒されるなんて、私はどれだけ彼を好きなのだろう。

月の光が部屋に差し込む。少し明るくなり過ぎたのか、同室の子が身動ぎをした。カーテンを閉じてベッドに戻ろう。何だか今日は、ぐっすり寝れる気がした。

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