君のためなら、とさえ思うよ

闇の魔法使いが増えた。スリザリン出身の多い闇の魔法使いの活躍ぶりは、現役でスリザリンにいる人達にとってもよく聞かされるものだった。

デスイーターにならないか。闇の帝王と共に戦わないか。魔法使いを、表舞台に立たせたいと思わないか。

その考えや風潮は、いつからかスリザリン全体に広まった。談話室で話してる時も、部屋で休んでいる時も、大広間でご飯を食べている時も、その思想は付き纏った。

「スリザリンは高貴な者のみが入る場所」

気づけば全体的に、そんな動きが見受けられていた。授業中だろうとなんだろうと、他の寮生は見て見ぬふり。スリザリンは、スリザリンのみと関わる。上級生だけでなく下級生まで、ほぼ全ての学年が、そんな考えに染まっていた。

「レギュラス、あの東洋人とはもう話さない方がいいぞ」

同室のバーティが、夜ご飯のグラタンを口に運びながらそう言った。小さい声で、俺達は慎重に言葉を選んで話を進める。

「間接的に危害が来たら可哀想だろ」
「…そうだな」

向こうの机で、友達数人と笑いながらご飯を食べているリンをみた。伸びた黒い髪を今日は一つに結んでいる。

リンは、綺麗になった。初めて会ったあの時のミステリアスな雰囲気はどこへやら、よく笑いよく話しよく配慮ができる彼女は、密かに男子生徒の注目の的だった。

なんせ僕たちより実は2歳も上なのだから。大人っぽい印象と、東洋人特有の可愛らしい顔は確かによく、話題に上がった。

「…人前では話さないようにするよ」

リンに危害が及ぶのは避けたい。彼女にはいつまでも笑っていてほしいから。幸せになってほしいから。儚げに笑うあの笑みや、たまに見せる空虚な瞳を、できれば払拭してやりたいのだ。彼女には、何も思わずに生きていてほしいと思うから。

俺は立ち上がり、大広間を出た。ハッフルパフのいるところは通らずに、人混みを縫うように素早く。廊下に出る時、ちらりと後ろを振り向いた。リンはまだ友達と談笑していた。あの太陽のような笑顔が、俺はずっと好きだった。そのままでいてほしい。できることなら、ずっと彼女には、ハッフルパフの黄色が似合うような女性でいて欲しいのだ。


その夜、俺はフクロウを飛ばした。宛先はリン。ただ一言、明日の夜、会いたい。それだけを書いた手紙をフクロウに乗せて。

満月の夜空を飛んで行くフクロウの後ろを見届けた。届いてくれるだろうか。それを見て、彼女は来てくれるだろうか。スリザリンの、他を排他しようとする考えが嫌いなわけではないけれど、今となってはそれが煩わしいのも確かで。

リンに会いたいと。話したいと思う気持ちだけが募っていく。こっそりと会う事でさえ罪悪感は付き纏う。俺はスリザリン。いつか死喰い人になるのが夢。闇の魔法使いとは言えども、魔法使いを表舞台に立たせるための活動なのだから、ある意味では光側の存在なのではとすら思うのに。

それなのに、他の寮生はスリザリンを批判する。

歯痒い気持ちだ。それでも俺は、リンのそばにいたいと思うのだから、不思議なものだ。いつかは別れる道だと思っていた。思っているだけで、現実は違う。

「…リンはもう、寝てるかな」

満月にそう、1人でつぶやいた。月が綺麗だ。もしもフクロウからの手紙を受け取っていたら、同じ月を見ているのだろうか。それさえも、君との繋がりを感じるようで、些か心地が良かった。






「リン…!」

大広間での夕食を食べている時、ハッフルパフの場所を見れば、リンが俺を見ていた。にこりと笑いながら、自分の前髪を触ったリン。その手の下にあるヘアピンは、いつか俺が買ってあげたもの。

昨日の手紙を受け取ったのだろう。彼女が先に大広間を出た。まだ殆どの人が食べている中だ、俺も後を追うように広間を出て、彼女の後ろについて行った。

曲がり角を曲がればリンがそこで俺を待っていた。

「レギュ、なんか久しぶりだね」
「あぁ、そうだね…」

変わらない笑顔。彼女は俺を見上げて、微笑んだ。会いたいとは告げたものの何か話したいことがあったわけじゃない。少しだけ沈黙が走る。それでも、その空気が懐かしくて。また前みたいにお昼に会えたりしたら良いのにと。どこかそう思ってしまう自分がいた。

「また前みたいに、会えないかな?」
「…俺も、そう思ってるよ」

リンは、少しだけ目を伏せた。彼女の頭を撫でて、俺も同じことを思っていたよと告げる。

「…何か、合言葉でも作るかい?」
「合言葉…?」
「あぁ。例えば…今日みたいに、リンが前髪を撫でたら…」
「あ、気づいてくれた?」
「もちろん、わかったさ」

嬉しそうに、ヘアピンを撫でるリンに笑う。

「じゃあ私がヘアピンを撫でたら、会える?」
「うん、いいよ。就寝30分前とかなら、人もそんなにいないだろう」
「そうだね…そうしよっか」

逢引きのようだ。
約束ね、とリンが小指を出す。自分も小指を出して、絡め合った。約束だ、と。

「ハッフルパフもスリザリンも地下にあるし、地下廊下で会おっか」
「廊下の真ん中ぐらいかな」
「うん、スリザリンに向かって歩くね」
「じゃあ俺は、ハッフルパフに向かって歩いていくよ」

毎日は無理だとしても。こうやって君とまた会えるなら。

彼女にあげた青い薔薇の花びらがついたヘアピンが光って見えた。手を伸ばして優しく撫でる。嬉しそうに目を細めて笑うリンが、愛おしい。

大広間から人が出てきた。廊下は少し煩くなる。彼女と一緒にいる所を見られたら、彼女も居心地が悪くなるだろう。俺は最後に、リンの頭にキスを落として離れた。

「それじゃあ、サイン待ってる」
「…うん、待っててね」

手をひらひらと振って、リンは踵を返し歩いていく。彼女の後ろ姿を見届けて、俺も違う方向へと歩き始めた。自分の口元に指先をやる。今俺は、何を?無意識とは言え、柄にもないことをしてしまった気がする。
リンは何とも思っていなかっただろうか。最後はいつものように笑って、歩いていたし。おそらく何も思っていない。

それが少し、胸を痛くした。

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