好きよ、多分きっと。

レギュとの秘密の逢瀬は続いた。週に一回程度。私発信のものだったけど、レギュは良く私のことを見てくれていた。いつも見てるわけじゃなくて、何となくレギュの方をチラリと見たら、レギュも私の視線に気づく感じでこっちを見てくるのだ。

通じ合ってるのかな、なんて。心のどこかでそう思っていた。

いつものように前髪のピンを右手で撫でる。レギュは小さく口角を上げて、また隣の席の子と談笑を始めた。

「リンってば、そのピンお気に入りなのね」
「え?」
「可愛いわよねそれ」
「ホグズミードで買ったの?」

隣に座る同室の子達が、こぞって話しかけてくる。レギュとの合言葉のためにいつも触ってるから、見られていたのか。少し恥ずかしいけれど、お気に入りなのは変わらない。レギュにもらったヘアピンと、ミネルバにもらったヘアピンが私を着飾ってくれるものなのだ、

「うん、そうだよ」
「いいわね、リンにとっても似合ってる」
「この前一緒に行った人と?そう言えば一体どこの寮なのよ?」
「そうよ、リン。いつ彼氏できたの?」
「えぇ?彼氏なんて出来てないよ」
「嘘仰い!白状しなさいー!」

同室の子達は皆声を高く笑いながら、私の髪をぐしゃぐしゃにしたり、脇腹を小突いてくる。彼氏なんてものじゃない。レギュはそんなんじゃない。だけど、彼氏と思われてることが少しだけ、ほんの少しだけ嬉しかった。

「誰と行ったのかぐらい教えなさいよ」
「秘密ですー」

言えるわけがない。スリザリンの、レギュラス・ブラックだよ、なんて。
去年までなら言えたかもしれない。でも、今のこの雰囲気でスリザリンの名前を言う事は少しだけ憚られる。

「リン、久しぶりね」
「…あ、リリー…!」

その時、肩をトンと叩かれた。後ろを振り向くと、そこにいたのはリリー。彼女と話すのも随分久しぶりな気がする。ホグズミードに行く時、座らせてくれた以来かもしれない。

リリーは私ににこりと微笑むと、今度のホグズミード一緒に行かないか、と誘ってきた。隣に立っているのはスネイプさん。道理で、他の子達が少しよそよそしくなったわけだ。

「私と?」
「ええ、一回ぐらい、良いでしょう?」

リリーはそう言うと、私に手を振った。それじゃあ今度お返事聞かせてね。スネイプさんと歩いていくリリーの後ろ姿を見届ける。あぁ、すごいなぁと純粋に思った。

「リン、あの先輩と知り合いだったの?」
「あの人、グリフィンドールなのにスリザリンと一緒にいる人よね」
「スリザリンの中でもスネイプ先輩とね…ちょっと、普通と違うわよねスネイプ先輩って」

陰口とも取れるその言葉を聞き流す。何を言われても、構わないんだろうな。リリーはスネイプさんといる事が、大切な時間なんだ。それだけスネイプさんが、大事な人なんだ。スネイプさんも、リリーが大事なんだって視線の節々から分かる。リリーを見る目が、リリーと話す時の言葉が、優しさに溢れているから。

ひそひそと、小さい声でリリー達について話す友達を見やる。この子達だって、別に間違ってるわけじゃない。関係のない人達だし、どう思ったって自由だ。何を言ったって、それこそ自由。
だから、私は何も感じちゃいけない。ムカついたり、苛立ったり、違うんだよと反論する事だって、よろしくない。

私はスプーンを握りしめて、かぼちゃスープを口に運んだ。少しだけ震える指先が、ぽたりとスープをお皿にこぼす。

あぁ、ダメだな。

私もリリーみたいに強かったら、レギュと堂々と会えたのだろうか。

たらればの話なんて、美味しくも何もないというのに。








「クッキー?」
「あぁ、家からきたんだ」

その日の夜、誰にも会わないように私とレギュは2人きりで会っていた。スリザリンとハッフルパフを繋ぐ長い廊下のど真ん中。少し寒いけれど、厚着をして、保温魔法までつけながら。廊下の床に私とレギュは座り込んで、肩をくっつけてお話をしていた。

「良いの?」
「もちろん」

レギュからもらったクッキーは、高価そうな見た目をしていた。恐る恐るそれを一口食べる。途端に広がる紅茶の香りと、甘い味。美味しい、と思わず出た言葉にレギュが笑った。

「クリーチャーがくれるんだ、いつも」
「クリーチャーって?」
「しもべ妖精だ。知ってるかい?」
「ううん、初めて聞いた。召使いみたいな?」
「うん、家のことをしてくれてる。クリーチャーとは昔から一緒なんだ」
「仲良しなんだね」
「ああ、そうだね」

体を前に向かせたまま、私はクッキーを食べ進めた。初めて聞いた、クリーチャー。しもべ妖精というのも、日本ではいなかっただけで実はメジャーなのかもしれない。だけど、懐かしむようにその名前を告げたレギュを見て、少しだけ私も嬉しかった。

「そういえばね、今度のホグズミードにリリーと一緒に行くことになったんだ」
「グリフィンドールの?」
「そう。行ってきていい?」
「行って来な。俺の許可、必要だったか…?」
「あれ、たしかに」

まるで親みたいだな、と思った。笑いながら、私はレギュの方を見る。レギュが少し困ったように眉を下げて、頬を掻いていた。
レギュは貴族らしからぬ格好で、いつも床に座っている。片膝を立てて、そこに腕を置きながら私と話すのだ。私はその姿が、好きだった。いつも澄ましてるのに、私の前でだけはその顔が子供っぽくなる所が。

もうそろそろ就寝時間が迫ってきた。帰らないと怒られてしまう。レギュが立ち上がり、私に手を差し伸ばした。

「帰ろうか」
「そうだね」

私は手を伸ばして、彼の手に自分の手を重ねた。ゆっくり引き上げられる。近くなったらレギュの胸板にドキリとする。

地下廊下は窓がない。月の光だって空の星の光だって入り込む隙間はない。ただ、廊下の壁に付いているキャンドルの揺らめきだけが光ってる。

その炎を背後にして、レギュがにこりと微笑んだ。そんな姿さえ、まるで王子様のように思えて仕方ないのだ。

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