可愛いのね、随分と
今日はホグズミードの日だった。同室の子にバイバイと手を振った後、リリーが私のことを迎えにきてくれて、一緒に列車に乗った。彼女の隣にはスネイプさんもいたけど、変わらず彼は顰めっ面を崩さずに、せっかくのホグズミードだというのに本を片手に窓の外を眺めていた。
冬も終わって暖かい春に近づいてきた。レギュとの秘密の逢瀬は続けたまま、お姉ちゃんへの届かない手紙を書き続けて幾日経っただろう。お姉ちゃんへ渡したいお手紙は、20通を超えていた。
レギュとの話、義母のミネルバとの話、ホグワーツのお話、ここでできた友達や、リリーや、ハッフルパフのお話。文字だけじゃ伝わらない多くの事を、手紙でなんとか伝えたくて。
もう2度と私の話は彼女には伝わらなくなってしまったけれど。それでも、伝えたいことは山のようにあった。
「リン、どこに行きたいとかある?」
「んー…本屋さん行きたいな」
「ええ、いいわよ。セブもいいわね?」
「あぁ…僕は特に」
リリーは変わらずにスネイプさんと一緒にいた。
スリザリンとは話すな。そんな雰囲気がホグワーツ中を囲っているにも関わらず、リリーは変わらずにその明るい笑顔を浮かべて、いつもスネイプさんと一緒にいたのだ。
すごいな、と思った。
強いな、と思った。
格好いいな、と思った。
私は、リリーみたいに強くない。リリーみたいに、自信を持って彼の名前を呼べない。だから私とレギュは、隠れるように顔を合わせて、二人だけの時間を皆にバレないよう大切にしてる。
裏でリリーが陰口を言われてる事だって知ってる。それでもリリーは、スネイプさんを大切にしていた。そんな二人は見ていて、とても眩しい存在だったのだ。
「おやおやおや、そこにいるのは見目麗しい僕のリリー!」
コンパートメントの扉を開けられる。入ってきたのはグリフィンドールのあのうるさい人、ポッターさん。その隣にはニヤニヤと笑いながらこっちを見ているレギュのお兄さんがいた。
面倒だな。リリーに隠れて、彼らに見られないように縮こまった。一度この人達の前で過呼吸を起こしてるからあまりジロジロ見られたくない。
「うるさいわよ、ポッター。ノックもしないでよく入ってこれるわね」
まったくだ。リリーが怒るのも無理はない。
ポッターさんはそんなリリーの態度もなんのその。饒舌なその言葉を止めることもせずにベラベラと何かを話している。時たまスネイプさんを馬鹿にする言葉も出てくるから居心地が悪い。はぁ、とため息が出そうになるのを堪えれば、そんな私を見ていたのがシリウスさん。レギュのお兄さんだった。
なんだろう。何か変だろうか。彼は私をじっと見つめると、私に向かって口を開いた。
「お前、レギュラスとは最近会ってないのか」
「え…?」
「君、弟君とのつながり切りたいんじゃないのかい?」
「は?そういうわけじゃねーよ」
レギュと私が昔はよく話していたのを見ていたのだろうか。レギュはあまり、家の話はしたがらないから、シリウスさんとレギュがどのような関係性なのかは詳しくはわからない。
シリウスさんは肩を掴んできたポッターさんを離して、さらに私に聞いてきた。ポッターさんは拗ねながら、その場を譲る。リリーとスネイプさんは、少し嫌な顔をしていた。
「レギュ、とは…」
「…まぁ、スリザリンとハッフルパフだもんな。そんなもんか」
馬鹿にされた気がした。レギュと私の関係を。リリーやスネイプさんみたいに、堂々と会ってるわけじゃないけど、私とレギュは貴方が勝手に思うような関係ではないのに。
「レギュとは…たまに」
「…ふーん」
なんだよその反応。レギュと会ってる事がダメだとでも。少しだけイラッとする。私は年上だ、この人たちより年上なんだから落ち着け。一度深呼吸をバレないようにすれば、シリウスさんはもう私に興味がなくなったのか、視線を外してドアを閉じた。いまだに何か言いたげに騒いでいるポッターさんを引っ張り、向こう側に歩いて行った。
「…騒がしすぎるわ」
リリーの呆れたような声に、スネイプさんと同じように首を縦に振って肯定する。あの人はいつも煩い。周りの事を考えないで、アプローチできるのは素晴らしいことかもしれないけれど、自分のことを過信し過ぎでは?
まぁ、そんな事は言えないのだけど。
「今日リリーとホグズミード行ったでしょ?」
「ああ」
いつものように、私はレギュと会っていた。週末に会うのはいつもより少し難しい。寮の違う私達は顔を合わせる頻度が圧倒的に低いし、声をかけに行くのも難しい立場になってしまったから。
レギュは私の隣に座り、体育座りをした私の顔を覗き込んだ。
「お兄さんに会ったよ」
「…兄さん?」
「そう。レギュとは会ってないのか?って聞かれた」
なぜあの人に聞かれたのかはわからないけど。レギュと、シリウスさんの関係は未だによくわかってない。レギュの顔を見る限りじゃ、あまりいい関係を築けているわけではないらしい。
「なんの意図があって…」
「さぁ…」
なんの意図があって、なんて。私が聞きたい。
隣に座るレギュの肩に、頭を乗せてみた。どうかしたか?と、レギュが聞く。
「ううん…私、あの人たちちょっと苦手なんだよね」
「リンが苦手なんて、珍しいな」
体に近づけた膝を両腕で抱き締めた。ローブで体を包むように、小さく丸まりながらレギュの肩に頭を置いて、そっとつぶやく。
シリウスさんのあの探るような視線とか、ポッターさんのうるさい声、止まらない言葉が、実はずっと苦手だった。日本にいた時もああいう人は周りにはいなかったし、ハッフルパフにもいないから。よく関わる人達も、レギュを筆頭に落ち着きのある人達ばかり。
どうしても、好く事のできる人達ではなかった。
レギュは、左腕をそっと伸ばして、私の背中に回した。ゆっくりと肩を抱かれてさらに距離が近づく。
レギュ?と。彼の名前を呼んだ。レギュは一度息を吐いて、弱々しく乾いた笑い声をあげたのだ。
「…俺も、苦手だよ」
「レギュもなんだ」
「あぁ…考え方も、価値観も、多分何もかも違う人種だ」
「すっごい言い草」
結構ズバズバいうレギュに、思わず笑った。レギュは私の方を見下ろして、だってそうだろう?と続ける。
「…正直いうと、リンにもあまり関わってほしくないんだ」
顔を見上げた。レギュはうっすらと、その頬を赤く染めている。私の隣にいる時だけは、子どもらしくなるレギュのその顔が、私は大好きで。
「笑うなよ…」
「嫉妬?」
「まぁ…リンが色んな人と仲良くできるのはわかってるけど…あそこの人達とはあまり…」
「うん?」
「できれば、話さないで欲しい」
恥ずかしそうに、自分の口元を手の甲で押さえながら、私の視線から逸れるようにそっぽを向いたレギュ。なんだろう、少しだけ心がきゅっとキツくなって、そこから温かいお湯が溢れるように、身体全体がぽかぽかとしてきた。
自分で立てた膝の上で頬杖をついて、私の方を見ようとしないくせに、私の肩に回ってる手は強く肩を握っている。そのチグハグなところがなんだか面白くて、私は肩を震わせて笑った。
「…レギュ、可愛い」
思わず出た言葉に、レギュは耳で真っ赤にしてしまった。年相応らしいその反応は、やっぱり可愛いの言葉に尽きるのかもしれない。