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エイミーをずっと抱きしめているアンドレアさんを遠くから眺める。たった1日だったけど、仲良くしてもらった子が死んでしまう。その現実をしっかりと受け止めるにはまだ、私の心は落ち着けていないようだ。

釣りを教えてあげると言ってくれた。一緒にいろんな話をした。スーツしか持ってない私のために服を何着かくれた優しい子。

こんな世界にどうしてなってしまったのだろう。叶うと思っていた約束も叶えることができないだなんて。だって、釣りを教えるっていう約束だよ?ただそれだけの約束なのに。

気づけばゆっくりと、私は彼女達の近くへと寄っていて。地面に座り込みながらエイミーの頬を撫でているアンドレアさんの肩に手を触れた。

「...ごめんなさい」

何が、とかもわからない。彼女を守ることができなかったことか。彼女を襲うウォーカーに、すぐに気づくことができなかったことか。

アンドレアさんは、少し顔を上げて私の目を見つめた。そしてゆっくりと首を横に振り、私の手に手を重ねた。

「今日は、エイミーの誕生日なの」

"Today is her birthday."

その言葉に目を見開く。あぁ、なんて酷い現実なのだろう。神様の存在なんて信じてないし、そもそも無神論者だとか言ってたけど、これじゃああんまりだ。

最後に彼女の肩をそっと撫でて、私はその場から立ち去った。ちょうど後ろにいたデールさんが、その大きな丸い目をキラキラと輝かせながら歩き、私の肩に手を置いてアンドレアさんに近づいた。その後ろ姿をみて、今度こそ私は歩いた。

地に足がつかないとはまさしくこのことだ。どことなくふわふわとした感覚で。ほろ酔い気分とはまた違う居心地の悪いそんな気持ち。力仕事を終えてふらふらとしているグレンさんが私に近づいてきた。私より背の高い彼を見上げれば、少し顔色が悪かった。手を伸ばして彼の被っているキャップを撫でる。

「...やってられないね」

グレンさんはそういうと、重々しいため息を一つ吐いて、肩をあげた。その一言が、全ての思いを込めたもので、まさしくその通りだなと思った。

やってらんない。

私も同じように、そう呟いた。太陽がジリジリと照りつける。お天道様はみているのに、誰もこの現状に手を差し伸べよだなんて、考えないんだ。













全員を地面に埋めて(途中で地面に埋める埋めない問題が発生したけど、あいにく火葬文化の日本人である私にそれはわからなかった)、キャロルさんがジムさんを見に行くと言って車の中に入って行った。

「一緒に行く?」
「あ...はい」

ソフィアちゃんの手を繋いで、キャロルさんの後ろについて行く形で車の中に入る。そこには、荒い呼吸で横たわっているジムさんがいた。さっきまで見ていた姿とは全然違う。とても苦しそうだ。

「...アオ」
「ジムさん...大丈夫...ですか?」

汗も吹き出ている。キャロルさんがタオルで、彼の上半身を拭いた。そばに置いてあるバケツの中には、彼が吐いたのであろう血がたくさん入っていた。あぁ、きっととても辛いはずだ。

「...あぁ、まだ、大丈夫だ」

ジムさんは努めて優しくそう声をかけながら、笑顔を浮かべた。口の端がふるふると震えている。無理して笑おうとしなくてもいいのに。

「どうなった...?」

今後の予定を聞きたいのだろう。CDCに行く事にすると、リックさんは言っていた。彼の口から伝えるべきだろうと思ったから、キャロルさんにリックさんを連れてきますと一言告げて、ソフィアちゃんの手を引っ張り車をでた。

リックさんを連れてくるなんて口実だ。本当は、見ていられなかった。あんなに苦しそうな人を、ずっと見る事なんてできない。私は良い人間なんかじゃない。苦しそうな人がいたらそりゃあ助けたいと思うけれど、それでも直視して見ていられないと思う側の人間だ。

車のそばで、ローリさんと休んでいたリックさんに声をかける。ジムさんのところへ行ってあげてほしい、と。そう伝えれば、彼はローリさんを連れて車の中へと入って行った。ソフィアちゃんは、カール君の方に行こうと私の手を引っ張って、椅子で丸く囲んでいる場所に向かって行ったけど、森の奥で銃を片手に木々を眺めてる一人の後ろ姿姿が見えたため、私は彼女の手を離してそっちへ向かった。

「ダリルさん」

彼の名前をつぶやく。少し薄汚れたタンクトップ姿の彼が、ゆっくりとこっちを振り向いた。険しい顔をしていて、私に警戒でもしているのだろうかと思ったけど、きっとこの表情が彼の通常運転なのだろう。
私はゆっくりと彼に近寄り、顔を見上げた。なんていえばいいのかわからないけど、もう一度、しっかりとあの時のお礼を伝えたかった。

「ありがとうございました」
「...何がだ」
「あの時。助けてくれました」
「あぁ...もう聞いた」
「もう一度、言いたかったんです」

低い声量で言うからわからなかったけど、単語で言ってくれる彼の優しさ(なのかはわからない。もしかしたらもともと口数な人なのかも)に少しだけ安堵して、頭を下げる。きちんとお礼を言う時は、頭を下げるのが日本人の礼儀だから。

「...あんたは泣かないんだな」

ダリルさんは、銃を肩に担いで私を見下ろしながらそう言った。髭も生えてるし怖そうな顔だから少しだけ恐怖感はあったけど、声音はそうでもなかった。

「女は皆泣く。ウォーカーにも怯える。あんたはあの時、 一人でナイフを握ってた」

ローリさんとかキャロルさんが、勇猛果敢にもウォーカーに立ち向かってたらそれはそれで怖いだろう。こう言うのは若い人間もしくは男性の役割だと思っているし、ここみたいに大勢の人たちと生きていたんじゃない。モーガンさん達と三人で過ごしていたんだ。戦闘の役割だってあったのだから、当たり前でもある。

それに、ここでの私はある意味でひとりぼっちだから。

「私は、一人だから」

そう伝えれば、ダリルさんは私の目をじっと見つめながら、小さく首を縦に振って口を開いた。

「俺もだ」













もうそろそろ夕方に近づくと言う時、緊急ミーティングが開かれた。リックさんとシェーンさんが森の中から出てきて、話をする。私たちは皆椅子にすわりながら、彼の話を聞いた。

「聞いてくれ。リックの計画だが助かると言う保証はない。だが助かるかもしれない。彼とは長い付き合いだ。俺は信じる」

CDCに向かうのだ。私はもちろん賛成だった。

「賛同する者は、明日の朝出発だ」

シェーンさんがそう言い終えると、夜も近いために皆テントに入って行く、昨日みたいにたくさんの食料があるわけではなかったから、缶詰が配られた。私はジャッキーさんにそれを一つもらって、彼女と一緒にテントの中に入りたべた。エイミーからもらった服に早速着替えれば、ジャッキーさんが笑顔で「似合ってるわよ」といってくれた。なんだかそれが無性に、悲しくなった。

朝になり、私はゆっくりと寝袋からでてテントを出た。まだ朝日が昇ってる最中で周りは少しだけ薄暗かった。寝てる人達を起こさないように、ゆっくりと歩く。草むらの陰に隠れて、リックさんが座っているのが見えて、近づけば、彼が不意にこっちを振り向いた。

「モーガンに、CDCに向かう事を伝えた。入れ違いになる。メモにも書いておこう」

リックさんの言葉に頷いて、私もその場にしゃがみ込んだ。彼の持っている無線機に向かって「モーガンさん、デュエイン君」と名前を呼ぶ。彼らは無事だろうか。どうか無事でいてほしい気持ちで、私は無事ですよと、声をかけた。



皆が起きてきて、さぁ出発だという時。モラレスさん一家は親戚の家に行くという事で、お別れすることになった。そんなに話したわけではなかったけれど、屋上で助けてくれた人でもあるから、彼の近くに寄ってありがとうと伝えれば、彼は笑顔で握手をしてくれた。

リックさんと書いたモーガンさん宛のメモ用紙を、グレンさんがアトランタから乗ってきていた赤い車に貼り付けて、さぁ移動開始だと後ろを振り向けば、リックさんに肩をポンと叩かれた。

「誰の車に乗る?」

ジムさんの容態を見てあげたかったから、デールさんのキャンピングカーがいいと言いたかったのだけど、どうやらもうすでにジャッキーさんがその役割に名乗りを上げていたようだ。

「あー...」

どうしよう。リックさんにそうきかれるという事は、リックさんが運転する車はもう定員オーバーなのだろう。シェーンさん、もしくはダリルさん、それかTドッグさんの車に無理やり入れてもらう。

その選択肢が頭の中をよぎって、一つ一つ消去して行く。Tドッグさんのところは無理をしてももう乗れなさそうだ。シェーンさんとは、そこまで話したこともないし。

「ダリルさんのところに行きます」
「...大丈夫か?」

なぜかダリルさんの名前を聞いた瞬間に大丈夫かと心配してくるリックさんに、思わず笑う。昨日話したということを伝えれば、少し納得したようにこくりと首を縦に振って、リックさんは私の肩をなんどか叩いた。

「ダリルさん」

腕を組みながら車に寄りかかってるダリルさんに声をかける。彼はちらりと顔を上げて、私を見ると「なんだ」と一言言った。

「車...あー...乗りたいです」

バイクを荷台に乗せてる彼の車に指をさしてそういえば、彼は少し眉をひそめて車を振り返った。

「他のは?」
「あー...あなたの車に乗りたいです」

理由を話すのが面倒くさかったわけじゃない。なんて言えばいいのかわからなかったのだ。端的に乗せてくれと言えば、ダリルさんは首を縦に振って助手席にある荷物を荷台に置いてくれた。

案外マメな人だ。そんな感想を抱きながら、私はリュックの紐をぎゅっと握りながら、車に入った。失礼します。日本語でそう言った私を怪訝そうに見たダリルさんに、にヘラっと笑い返す。車の中は少しだけ、タバコ臭かった。


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