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車に揺られること何分ぐらい経っただろうか。窓から流れる緑の風景に視線をやりながら、何を思うでもなくぼーっとしていれば、不意にダリルさんに話しかけられた。

「あんた、名前は?」

窓際に腕を置きながら、適当に運転する彼をちらりと見て、そう言えば自己紹介してなかったかも、と思った。

「アオです」
「中国人か?」
「日本人です」

アジア人を見ると必ず中国人かって聞いてくるのってアメリカ人の特徴だよね。そう考えると、メルルさんが私を見てジャップって言ったのはある意味すごい。アジア人経験したことあるとかなんとか言ってたからだろうか。

とかすごくどうでもいいことを考えてる時、不意に車が急ブレーキをかけて止まった。ぼけっとしていたせいで、前のめりになる。

「何やってんだ」
「...ひどい」

じとっとした目でこっちを見てくるダリルさんに、日本語で返事をして置いた。

急に車が止まった理由は、デールさんの運転する車が故障したかららしい。
ボウガンを片手に車を降りるダリルさんを見習い、一緒に車を出る。荷物は車の中に置いていいだろう。前の方で集まってる皆のところに行けば、よくわからないけど車から煙が出ていて、何か応急処置をしないといけないようだ。

双眼鏡を覗いてるシェーンさんが、向こう側にガソリンスタンドがあると言った。その時、キャンピングカーからジャッキーさんが慌てて降りて来た。

「ジムの容態が悪化したわ。これ以上無理よ」

その言葉を聞いたリックさんが、ジャッキーさんの後ろをついて行く形で車の中に入って行く。

ジムさんの容態が悪化。とても苦しそうにしていた彼の姿を思い出す。まだ大丈夫だと辛そうに笑顔を見せていたジムさん。もう、ダメなのか。

ダリルさんの隣で、車の入り口をじっと見つめていれば、リックさんが少し強張った顔をして車から出て来た。

そして、リックさんは車の外で待っていた私たちを見ると、言った。ジムが、ここで降ろして欲しいらしい、と。

「彼の望みだ」
「正気で言ってた...?」
「そうみえた」
「キャンプでダリルは正しいと言ったがあんたは誤解した。俺は決して殺せときたかったわけじゃない。提案しようとしたんだ。ジムの意思を聞こうとな。これで答えが出た」

デールさんの言葉が遠くに聞こえる。いくら彼の望みだからと言って、彼自身が選んだからと言って、わかったと納得することはできるか?

「そんな...」

思わず出た日本語に気づいたリックさんが、私の肩をポンと叩いた。彼の望みなのだから、叶えてあげよう。そう言っているのはわかったけれど、必ずしも正しいと行いだとは、とてもじゃないけど思えなかった。










もう動けそうにないジムさんを背負って、森の中に通じる斜面を上がって行く。一番大きい木を見つけて、シェーンさんがそこにジムさんを降ろした。

「考え直せよ、ジム」
「いや。ここで十分だ、風が気持ちいい」
「...そうか」

シェーンさんがジムさんから離れて、ジャッキーさんが近づく。ジャッキーさんはジムさんの頬を両手で優しく掴んで頬にキスを落とした。

リックさんやデールさんもジムさんに最後の話しかけて、そして、他の皆も同じように彼の肩をポンと叩いたりして、斜面を降りていった。

「...アオ」

どうしようか。どうしたらいいんのだろうか。こういう時、私は彼になんて話しかければいい。

皆が歩いて降りて行くのを眺めて、私とダリルさんだけが、その場にとどまっていた。ダリルさんは運転手だから、私が降りようと動くのを待っているのだろうけれど。

ジムさんが、目を細めて。私の名前を呼んだ。ゆっくりと、彼の元に歩いて、私は彼の前でしゃがんだ。

「大丈夫だ。...きっと、日本に戻れる」

もう息をするのも難しいのだろう。ジムさんは呼吸を粗く繰り返して、言葉を紡いだ。

「日本に戻れたら、教えてくれるかい...?」
「もちろん...もちろんです」

苦しいだろうに、辛いだろうに、口角を無理やりあげて笑顔を作っているジムさんの前で、泣いては行けない。ツーンと痛くなる鼻筋を無視して、こぼれないようにと空を見上げながら、私は小さく、自分の英語力で言えるぐらいの単語で、言った。

「約束します」

この約束をどうやって守ればいいのか私にはわからない。それでも、青い空には太陽がぽつんと浮んでいて。お天道様は、どんな時でも見ているんだなと思った。

最後に、彼の手に自分の手を重ねて、ぎゅっと強く握る。ありがとうございました。一番言いたかった言葉は、震えずに彼の耳に届いただろうか。










「...まだ、生きてるのに」

車に乗り込み、CDCへと向かう。早く行かないと、日が暮れてしまう。窓を開けて、風に髪を揺らしながら口を開いた。独り言のつもりだったそれは、隣で運転をしているダリルさんの耳にも届いてしまったらしい。

「じきにウォーカーになる」
「...わかってますけど...」

わかってはいるけど。それだけで納得できるものだろうか。窓から目を離して左を見れば、ダリルさんは前を向きながら、髭を揺らして口を開いた。

「見られたくなかったんだろ。ウォーカーになる所を」

彼の最後の望みなのだから仕方ない。首をこくこくと何度も縦に振って、私は目に溜めた涙を手の甲で拭った。


日が暮れる前の夕方になった頃、全車が止まった。道端に倒れこんでるウォーカーの大群を避けながら歩いて、大きい建物の入り口に向かう。

キャロルさんがソフィアちゃんを抱きしめながら歩いていたのを見て、慌てて二人の近くに走り寄った。

「大丈夫ですよ」

太ももからナイフを抜き取ってそれを見せれば、ソフィアちゃんが少しだけ笑顔を見せてくれた。

「固まれ」

前を歩くリックさんのその言葉に皆で固まって、入り口に行く。そこはシャッターが閉じられていて、リックさんが何回か叩いたり、シェーンさんがシャッターを持ち上げたりとしたけれど開く気配はない。

「ウォーカーだ」

Tドッグさんの言葉に後ろを振り向けば、ゆっくりとこっちに歩いてきているウォーカーが一体。ダリルさんがボウガンを的確にウォーカーの頭に突き刺して倒した。

「ここは墓場だ!!失敗だ!!」
「うるさい黙ってろ!!」

ダリルさんの言葉にシェーンさんが叫び、リックさんにフォートべニングへ行こうと言った。もはや皆パニック状態だ。実質リーダーでもあるリックさんを皆攻め立てる。

「食料もガソリンもないわよ」
「125マイルも先だ!!」
「今、どうのりきるかよ」
「少し考えさせてくれ...!!」

各々好き放題言っている。シェーンさんがリックさんの言葉を無視して逃げるぞと皆を駆り立てた。それでもリックさんは未だにシャッター前に立ちふさがっていて。私の隣にいたダリルさんに「急げ」と腕を取られた私は、どうしようと地団駄を踏んでいた。その時、シャッターの上にある監視カメラがゆっくりと下に動いたのを見た。

「...動いた」
「あぁ...カメラが動いた」
「あ?」

私の小さい声にリックさんが気づき、慌てたようにその監視カメラに向かって叫びだした。

「ダリルさん、カメラ...!!」
「気のせいだ、行くぞ!!」
「でも...!!」

ダリルさんに無理やり腕を引っ張られる。足を引きずるように彼の力に逆らえずに歩く。でも確かに、カメラが動いたのに。暴れてるリックさんのことを後ろから抱えるように引きずろうとしてるシェーンさんを見て、仕方なくダリルさんの力に身を任せようとした時。

「殺さないでくれ...殺すな...!!助けてくれ...!!」

リックさんの悲痛な叫びが中にいるだろう人に届いたのか、無機質な音を鳴らしながらシャッターが開き、まばゆい白い光が、私たちを照らした。


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