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シャッターの中に恐る恐る入れば、奥の方に人がいるのが見えた。慌ててその人にむけて銃口を向けるリックさん達。

「感染してないか?」

奥にいる男の人は、銃を持ちながらそう聞いた。

「感染した仲間は...置いてきた」
「...望みは?」
「生きたい」
「今では難しい願いだ」
「そうだが...」

奥の男の人は、ゆっくりと歩いて近づき、私たちを見渡すと「入場料代わりに血液検査を」と言って、私たちを全員中に入れてくれた。

慌てて皆で荷物を持って中に入る。

「バイ、正面玄関を封鎖し電源を落とせ」

壁に備え付けている機械にそう彼が言うと、玄関のシャッターが全て降ろされる。リックさんと自己紹介をしている彼の言葉をちらりと聞けば、彼はジェンナーさんと言うらしい。博士だそうだ。

エレベーターに乗り込み、彼によってどこか広い部屋に連れられた。皆がぞろぞろと歩いて行く姿を、ダリルさんと二人で最後尾について眺めた。

「バイ、照明をつけろ」

ジェンナーさんがそう声をかけるとゾーン5と言うらしいその部屋に電気がつく。

「...おぉ」

小さい声で感嘆の声をあげれば、ダリルさんに肘で頭を小突かれた。

「他の職員はどこにいるんだ?」
「いない。俺一人だけ」
「...バイは?」

誰もいないというジェンナーさんに、アンドレアさんがバイという人物がいるのではと疑問の言葉をかける。

「...バイ、彼らに挨拶を」
「ようこそ、お客様」

すごい、AIだ。スタジアムのように響く機械の声。ジェンナーさんは私をちらりと見ると「日本人かい?」と話しかけた。それにたいして首を縦に振れば、「バイ、日本語でも」と声を少しだけ大きくあげて言った。

「いらっしゃいませ、お客様」

本当に久しぶりにきいた日本語に、目を見開く。一気に駆け巡るホームシックにも似た何かに少しだけ感動をして入れば、ジェンナーさんが優しく笑いかけてくれた。











最初に言われた通りに血液検査を終れば、ジェンナーさんがお酒やご飯やお菓子を振舞ってくれた。何日振りだろうか、こんな美味しいご飯は。それにお酒も随分と久しい。椅子に座っているジャッキーさんからワインをもらって、グレンさんとおなじようにカウンターに腰を預けて飲んだ。隣のカウンターではダリルさんも体を寄りかけてワイン瓶にそのまま口をつけて飲んでいた。

「グレンさん、飲まない?」

隣でワインのラベルを眺めてるグレンさんに声をかける。彼は少し肩をあげて、苦手なんだと言った。

「美味しいですよ」
「アオはお酒が好きなんだね」
「はい。美味しいですし」
「そういえば、そんなに丁寧な英語使わなくてもいいよ」

カール君にワインをのませう飲ませないなどで盛り上がってる大人達を見ながら、グレンさんが私にそう言った。
丁寧な英語と言われても、受験英語みたいな回りくどい英語しか言えないからなんだけどと思いながらも、とりあえずこくりと首を縦に振って同意して置いた。

「おい、グレン、アオは飲め」
「...なぜ?」

その時、ダリルさんが笑いながらこっちを見て言った。もうすでに飲んでた私とは違って、グレンはお酒が苦手だから苦笑を浮かべている。

「どこまで赤くなるのか見てみたい。お前もな」

グレンにそう言った後、私ににやりとした笑みを浮かべて言ったダリルさんに、両肩をあげてみる。どうだろう、すこしは彼らのジェスチャーとかにも慣れてきたんじゃないだろうか。

皆でわいわいしながら、飲んでいる時、シェーンさんが重々しく口を開いてジェンナーさんに話しかけた。

「一体何が起きたんだ?ここで他の博士達と一緒に研究してたんだろ?彼らは?」
「祝いの席だぞ。今はよせ」

空気読めよ。

もしも日本語が使えて、皆も日本語が理解できてたら絶対こう言ってたはずだ。リックさんとシェーンさんの言い合いも、ジェンナーさんの話しも難しい英語でよくわからない。私は彼らの話してる事を右から左に受け流しながら、ワインを喉に押し込んだ。

しんと静まるその場に、グレンの「すっかりしらけちまった」という言葉がひびいて、終わったのかなと思ってぐらすから口を離して彼に声をかけた。でも実はまだ終わってなくて、皆もこっちをみてしまった時に「やっちまった」と少し後悔。でも構わず、話を続けた。

「金剛先生をご存知ですか?」

研究者なら、知らないだろうか?今回私が参加した学会にも、CDCの研究者も参加していたし。ウイルス関連なら知っていてもおかしくないはずなのだけど。

「その名前を知ってはいる」
「私の指導員です。ここにきてはいませんか?」
「いや..来ていないよ」

ゆっくり首を横に振って言った彼の言葉に、首を何度か縦に振って頷く。さぁどうする。先生は一体どこにいるのか。

私個人の話だからか、他の人たちは気づけばお酒を飲んだりご飯を食べたりとしていた。集中して聞かれるのも嫌なものだから、その気遣いは嬉しかった。

「君は?Mr.金剛の生徒なら、研究員かい?」
「私は大学院生です。学会で来てました」
「そうだったのか...」

グラスを持って、ジェンナーさんの近くによる。どことなく研究者らしい硬い口調を聞きながら、グラスを同時に鳴らした。

「この事態がアメリカで起きた時、日本はすぐに空港を閉鎖した。最初に確認した情報だから今の詳細はわからないが...」
「あ...それを聞けて、よかったです」

とりあえずはまだ、日本は無事なのだろう。連絡の仕様もないけど、家族と友達は無事だろうか。わからないけど、少しだけ希望は持てそうだ。






宴も終わり、ジェンナーさんに部屋を案内された。ホテルみたいに並んでる部屋を見て、すごいなと思いながら後ろを歩く。どうやらお湯が使えるそうで、一番前にいるグレンさんが「アオ、お湯だ!!」と私を振り返ってそう言った。

各々荷物を抱えて部屋に入っていく。私も近くの部屋に入ろうと扉に手を掛けた時、おなじようにその部屋を選んだ人がいたらしくて、その人と手が重なった。

「ダリルさん」

顔をあげれば、その手の持ち主はダリルさん。彼は荷物とボウガンを持ちながらもう片方の手にはお酒の瓶を持っていた。
それをじっと見つめてしまったのがバレたのか、ダリルさんはにやりと人の悪そうな笑みを浮かべて扉を開き、部屋の中を顎で指した。

「飲むか?」

もともとお酒好きの私にお酒の誘いなんて、断らないわけがなかった。
ダリルさんと部屋の中に入り、背負っていたリュックをベッドの近くに置き、ベッドにダイブした。ふわふわだ。

扉を後ろ手で閉じ、おなじように荷物を置いて、ベッドの端に腰を預けたダリルさんは、瓶に直直に口をつけて飲み、私をじっと見ていた。
うつ伏せから仰向けになり、天井をじっと見る。薄暗いオレンジ色の間接照明がぼんやりと部屋を照らしていて、なんだか今までの事が全て嘘のようにゆったりとした空間だった。

ギシリ。

ベッドが重みに耐えられなくて悲鳴をあげる。ダリルさんがベッドに手をついて体重をかけたらしい。
目線を下げて見れば、彼の手がゆっくりと私の顔の横についていて、私の顔を彼の影が覆った。ふむ、なるほど。

にやりと笑ってる彼に合わせるように、私もにやりと笑いながら、近づく彼の唇に備えて目を閉じた。




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